ブレインテックが切り拓く5兆円の世界市場 第2回 ブレインテックビジネスの今後

脳神経科学を応用した新事業創出

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2018.7.24

経営イノベーション本部藤本敦也

では、今後ブレインテックを活用したビジネスはどのように進んでいくのだろうか。前述したブレインテックのカオスマップの中の主領域ごとに見ていこう。 

1.人間拡張系(BMIなど)の今後

社会を劇的に変える可能性があるのが、人間拡張系(BMI)である。この分野では、脳をコンピューターに直接つなげ、考えているイメージそのものを使ってコミュニケーションをとったり、言語として出力したりすることを目指している。実用化まで数年以上かかると言われてきたが、日々研究開発が進んでおり、思っているよりも早く実現される可能性がある。これまで主に言語を通じて行われてきたコミュニケーションが一変する可能性がある。

例えば、京都大学大学院情報学研究科の神谷之康教授の研究成果の一つとして、fMRIという機器で測定された人の脳活動パターンのみから、その人が何を見ていたか(またはイメージしていたか)を再現する技術がある。実用化には至っていないが、ある程度の精度まで再現できるようになっている。

図1 脳活動パターンからのイメージ再現
図1 脳活動パターンからのイメージ再現

出所:Seamless Vitrual Reality News “ATRと京都大学、fMRIで測定した人間の脳活動のみから、その人が見ている画像を機械学習を用いて再構成する提案を発表。心の中でイメージした内容の画像化にも成功” (閲覧日 2018.6.1)
https://shiropen.com/2018/01/14/31458

この研究成果が応用されると短期的には、今まで手や音声でコンピューターや携帯電話へ入力してきた言語を、脳から直接入力できるようになる。Amazon社やGoogle社などのプラットフォームビジネスはインターフェースの変更を余儀なくされ、次世代のプラットフォーム企業が交代する可能性がある。つまり、脳活動からのストレスフリーな入力を実現した企業が次世代の中心的な存在となっていくことは十分考えられる。

中期的には、頭の中に浮かべたイメージをそのままテレパシーのように伝え合うことが可能になると思われる。ビジネスへの応用としては、顧客ニーズを容易に高精度で把握することができるようになる。

例えば、旅行代理店で顧客が思い描く旅行先やホテルのイメージを把握し、最適な商品を提案することが可能になる。婚活ビジネスでは、顧客の理想の異性像(雰囲気まで含んだ)を把握することでマッチング精度が向上し、成婚率や顧客満足度も増加するだろう。仕事における会議や指示の方法も、アウトプットイメージを容易に共有することで、業務が効率的になるなど、幅広い分野へ影響を与えると予想される。
図2 ブレインテックが切り拓く新しいサービス例
図2 ブレインテックが切り拓く新しいサービス例
出所:三菱総合研究所

2.医療/ヘルスケア領域の今後

医療領域においては、現在でもTMSに代表されるような脳卒中後のリハビリテーションや、ALSやパーキンソン患者への補助器具などの分野で一層進んでいくと思われる。その際、脳卒中やALS、パーキンソン病の患者の社会生活が充実し、企業などで勤務することもさらに容易になると想定される。

また、2025年には患者数が国内で1400万人程度にまで増えると予想されている認知症に関しても、「予防・診断・治療・リハビリ」の全ての分野において、より多くの製品やサービスが生まれると思われる。

例えば現状の一般的な健康診断メニューには認知症に関する検査は入っていないが、今後認知症メカニズムの詳細が明らかになるのに伴い早期発見が可能になれば、健康診断のメニューとして一般的に組み込まれ、40代などの若いうちから対応することができるだろう。

認知症の予防には、規則正しい生活や良質な睡眠が必要であるため、現状の特定健康保健指導のような形で、企業の健康経営の一環として導入されることも考えられる。既に米国などでは、認知症の予防や治療を行うための携帯アプリがリリースされており、国内でも同様のサービスを行うベスプラ社などのベンチャー企業が出てきている。

また現在、日本国内で増加しているうつ病に関しても、mindstrong社などが開発している技術を使えば、携帯電話の使い方や声からうつ病の早期発見や再発防止が可能になるため、導入を検討する企業も徐々に出てくると思われる。
図3 スマートフォンを活用した脳機能診断サービス
図3 スマートフォンを活用した脳機能診断サービス
出所:mindstrong “The Science Behind Mindstrong” (閲覧日 2018.6.22)

https://mindstronghealth.com/science/

なお、この場合、個人の同意が必要となるケースが想定されるため、まずは早期発見よりも再発防止という観点から、産業医と連携した導入が進んでいくと思われる。

3.生産性向上領域の今後

生産性向上領域では、脳神経科学を応用した社内会議室の構成や新しいファシリテーション方法の開発、さらには業務中の各人の集中力を計測するサービスなどが出てきている。米国のBrainCO社は学習塾で受講生の脳波を計測することにより、先生側から受講生の集中度合いの「見える化」を把握するサービスを試行している。このような技術は今後、各領域に応用可能だと思われる。
図4 受講生の集中力リアルタイムモニタリング
図4 受講生の集中力リアルタイムモニタリング
出所:三菱総合研究所
例えば、大規模カンファレンスなどで、どのプレゼンテーションが最も参加者の興味を引いたかの客観的な指標として、あるいは学習塾でどのコンテンツが生徒の好奇心を刺激するかを判断する指標として使うなど、商品やサービス開発の分野での活用が考えられる。また生産性向上や職場環境改善用のモニタリング指標として、企業が従業員の集中度合いを調べることも可能になるだろう。

ただし、このような集中力の見える化サービスを企業が導入する際には、見える化だけでなく、見える化した後の打ち手とセットで行うことが必要である。先端的なブレインテックベンチャー企業と人事系コンサルティング会社が提携したサービス開発が理想的だ。なお、この領域で企業がサービスを購入する場合は、一般的に人事部の予算から支払われることになるだろうが、議論の活性化や集中力向上と業績は必ずしも直接的に関連するとは言えないため、予算の規模は経営トップ層の興味の度合いに左右されてしまう傾向にある。よって、他の領域と比べ経営トップへのアプローチがより重要になってくると思われる。

4.ニューロマーケティング領域の今後

「ニューロマーケティング領域」とは、今まで企業がアンケートやヒアリングで取得していた顧客ニーズなどを、脳波などの脳活動計測からダイレクトに把握できるサービスである。この領域は、ビジネスに活用しやすいこともあり、現在もすでに多くの企業で試験的に実施され、市場からも興味をもたれている。

例えばNTTデータ経営研究所は、ニューロサイエンステクノロジーに基づいたマーケティングソリューションとしてDONUTsというサービスを提供している。これは、CMなどの動画広告を視聴している消費者の脳活動をfMRI で計測し、広告主の意図が伝わっているかどうかを測定するサービスである。アウディジャパン社はこのサービスを活用して、テレビCMの効果を測定し、クリエイティブの改善につなげている。

まだ一般的に使われているとは言えないが、今後効果が生まれ、かつ単価が安価になれば、マーケティングや商品開発支援の分野で使われていくと思われる。今まで以上に効率的にマーケティング戦略や商品開発を立案し行っていくことが可能になる。逆に、マーケティングを支援するコンサルティング会社や広告代理店には、このような知見やエビデンスをクライアントに提供しながら業務を行うスタイルが求められてくると思われる。
ブレインテックが切り拓く5兆円の世界市場 ─脳神経科学を応用した新事業創出─