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起業を応援する社会

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2016.2.8

政策・経済研究センター川崎祐史

経営コンサルティング

ハングリー精神では説明できない起業率の違い

世界各国の起業活動を定点観測しているGlobal Entrepreneurship Monitor(GEM)の2014年報告書から日本・スウェーデン・米国・中国の4カ国の起業活動指数を比較したグラフが図1である。日本は3.83%とGEMが分類したイノベーション主導型経済国のカテゴリー、いわゆる先進国29カ国の中で最下位となっている(29カ国平均は6.74%)。

さて、当社が2012年に実施した同4カ国の若者の意識調査より、自己肯定感に関する設問“自分は周りの人よりも優秀である”への回答結果が図2である。また、所得の不平等を表す尺度の一つであるジニ係数の4カ国比較を示したのが図3である。

3つのグラフを見比べていただきたい。日本と米国・中国の比較についてはなるほどと思われる一方、日本とスウェーデンを比較すると意外だなと感じる方も多いのではないか。

社会保障の先進国であるスウェーデンは所得格差が小さく、自信満々の若者が日本よりも少ないのに、起業活動は日本よりも盛んである。なぜだろうか。高い経済成長を続ける中国や、移民を積極的に受け入れ競争環境の緊張感を持ち続ける米国よりも、これからの日本を考える際のヒントがスウェーデンにあるかもしれない。
図 1 総合起業活動指数(TEA) 4カ国比較
図 1 総合起業活動指数(TEA) 4カ国比較
出所:Global Entrepreneurship Monitor, 2014 Global Reportより三菱総合研究所作成 。TEAとは平たく言えば、成人人口に占める起業活動者の比率。
図 2 自分は周りの人よりも優れていると考える若者比率 4カ国比較
図 2 自分は周りの人よりも優れていると考える若者比率 4カ国比較
出所: 三菱総合研究所が2012年8月に実施したインターネット調査「4カ国若者意識調査」(日本・米国・中国・スウェーデンの若者(18歳~29歳)計5900人を対象とした意識調査)より作成
図 3 ジニ係数 4カ国比較
図 3 ジニ係数 4カ国比較
出所:日本、スウェーデン、米国はOECD Factbook 2014よりaround2010s値、中国は中国国家統計局発表(2015/1/20)の2014年値より三菱総合研究所作成

スウェーデンの切れ目のない起業家教育

スウェーデンの基本政策理念は、「企業は救わず人を救う」である。競争力を失った企業を公的支援で救済することはしないが、職を失った人たちが新しい職に就くために、職業訓練や人材育成に重点的に投資を行う。スウェーデンは高福祉国家であるが、その本質は弱者救済というよりも、競争のための福祉なのである。雇用機会が潤沢にあるわけではないので、必然的に自ら起業するという人生の選択肢が社会として必要となる。起業はそうたやすいものではないが、誰もが新しいことに挑戦するマインドを持てる社会環境は、社会の活力を生み出している。

スウェーデンでは小学校から社会人まで切れ目ない起業教育が行われている。プログラムとして一律に義務化されているのではなく、各学校・各教師の判断で起業教育のプログラムが実施される。Ung ForetagsamhetというNPOは、さまざまな起業教育プログラムを提供する。小学校1~5年生向けには社会の成り立ちと仕事の意味を考えるプログラム、小学校6年~9年向けには新しいアイデアを考える練習プログラム、高校生向けには仮想起業を行い、その企業を1年間運営するというプログラム(UF-foretagande)などが提供されている。高校生向けの仮想起業では、起業経験者や現役経営者から助言を受けながら、実際に法人登記を行い、事業を実施するというように、ロールプレーイングではなくリアルな事業運営を体験する。このプログラムに参加する学生は図4のように年々増加し26,000人に達している。これは全高校生の8%に相当する。また、大学での起業家教育も盛んである。リンネ大学では、学生の半数がイノベーティブな考え方を醸成する「起業家精神の大学」と称するプログラムを受講している。また、在学中での起業を支援するプログラム「ドライブハウスDrivhuset」も提供されている。大学の隣接地には、社会人が起業の準備を行うインキュベーションセンターがあり、審査に合格した起業家が施設内で起業に向けた準備作業を行うことができる。

このように小学生から社会人までの切れ目のない起業家教育が、経済格差が小さく、若者の自己肯定感が高くない社会にもかかわらず、日本の倍近い起業活動率を実現している一因となっているのは間違いないだろう。

起業で成功することはたやすくはない。しかし、失敗しても挑戦できる社会であることが、自分たちの幸福の実現には必要であるという国民全体のコンセンサスがスウェーデンでは共有されている。起業は自分とは関係のない一部の人たちの話と多くの日本人が思っているかぎり、抜本的な解決策は見いだせない。日本では“社会保障”は、増え続ける高齢者人口問題として考える人が多い。しかし、起業家教育、職業訓練など働く人たちを応援する社会保障とはどうあるべきかを考えることが必要である。
図 4 スウェーデンにおいて仮想起業に参加した高校生数
図 4 スウェーデンにおいて仮想起業に参加した高校生数
出所:http://www.ungforetagsamhet.se/om-oss/vara-resultat