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アジア地域における津波対策の構築に向けて

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2016.2.10

政策・経済研究センター東暁子

経済・社会・技術

● 日本における津波の被害想定

 国連国際防災戦略事務局(UNISDR)が公表している“Global Assessment Report on Disaster Risk Reduction 2015”では、主な自然災害として地震、台風、津波、洪水、火山噴火を取り上げ、世界各地域の自然災害のリスク評価を行っている。そして日本はいずれの災害においてもリスクの高い地域となっており、世界でも最も自然災害のリスクの高い国の一つとして位置付けられている。
 中でも地震に関しては、南海トラフ地震や首都直下地震などの非常に大規模な地震の発生が想定されており、政府はそれぞれの地震に対応して検討会や協議会を設置している。2012(平成24)年8月には、「最大クラスの地震・津波」への対応を基本的な目的として、南海トラフ巨大地震の被害想定※1が内閣府から公表され、2014(平成26)年3月には「南海トラフ地震防災対策推進基本計画※2」が策定された。
 南海トラフ沿いの巨大地震は、図1に示されるように過去にもたびたび発生しており、今世紀前半にも発生する可能性が高いとされている。内閣府から公表された南海トラフ沿いの巨大地震の被害想定は、前年の2011(平成23)年に発生した東日本大震災で得られたデータを含めて推計を行い、「最大クラスの地震・津波」の発生の頻度は極めて低いとした。その一方で、地震動・津波の規模のケースに応じて、建物被害・人的被害について比較的被害の小さいケースから最大規模のケースまで、幅をもたせた推計を行っている。被害が最も大きい「東海地方が大きく被災するケース」では、想定される全壊および焼失棟数は約95万4千棟~約238万2千棟、死者は約8万人~約32万3千人と、非常に深刻な被害が推計されている。また、2015(平成27)年12月には「南海トラフの巨大地震モデル検討会」と「首都直下地震モデル検討会」が共同で、「南海トラフ沿いの巨大地震による長周期地震動に関する報告※3」を公表し、常時推計手法に関する検討も行われている。
 首都直下地震についても、2013(平成25)年12月に公表された中央防災会議・検討ワーキンググループによる報告書※4では、首都直下のM7クラスの地震に従来は含まれていなかった相模トラフ沿いの大規模な地震を加えて被害の想定を行い、防災対策の検討対象としている。首都直下のM7クラスの地震では、東京湾内での津波高は1m以下と想定されているが、相模トラフ沿いの最大クラスの地震では、東京湾内では3m程度あるいはそれ以下、東京湾を除く神奈川県、千葉県では10mを超す場合もあると想定されている。
図1 南海トラフ沿いで発生した過去の巨大地震
図1 南海トラフ沿いで発生した過去の巨大地震
出所:「南海トラフ沿いの巨大地震による長周期地震動に関する報告 図表集」。
 このように日本では、特に東日本大震災後、最大クラスの地震への対応を意識すると同時に、地震の際に発生する津波に対する警戒を強め、ソフト面での対策とハード面での対策の双方を重視することを課題として、具体的な対策を推進している。「南海トラフ地震防災対策推進基本計画」の参考資料では、津波対策の主な施策として、ソフト・ハード両面にわたる以下の3つをあげている。
表1 「南海トラフ地震防災対策推進基本計画」における津波対策
表1 「南海トラフ地震防災対策推進基本計画」における津波対策
出所:「南海トラフ地震防災対策推進基本計画(参考)主な施策」より三菱総合研究所作成

● アジア地域における津波対策の強化

 2015(平成27)年12月4日に、11月5日を「世界津波の日」とする決議が、国連総会第二委員会において全会一致で採択された。日本では2011(平成23)年6月に制定された「津波対策の推進に関する法律」において、11月5日は「津波防災の日」として設定されている。11月5日を「世界津波の日」とすることは、国際的な津波防災の日の制定は世界中の防災意識向上に資するとして、日本政府が提案したものである。最終的には日本を含む142カ国が共同提案国となり、津波対策における日本の知見や経験を各国と共有していくことが期待されている。
 アジア・太平洋地域では津波のリスクの高い国が多く、2004年12月にインドネシアのスマトラ島アチェ州沖で発生したスマトラ島沖大地震における甚大な被害は記憶にも新しいところである。スマトラ島沖大地震はマグニチュード9.1に達したと推定され、インド洋大津波も発生し、死者・行方不明者数は22万2,600人と推定されるほどの大災害となった。この時に発生した津波は、インドネシアからタイ、 マレーシア、スリランカ、インド、ミャンマー、モルディブ、バングラデシュ、さらにはセイシェル、ソマリア、タンザニア、ケニアといったアフリカ諸国にも達するという、極めて広範囲にわたる災害となった。
 津波対策にはインフラ整備などのハード面での対策は不可欠であるが、ハザードマップの作成、避難訓練、警報や情報の発信、防災意識の向上などのソフト面での対策を徹底することにより、その人的被害は大きく削減できると考えられる。日本は既に、インド洋大津波の発生後にインドネシア政府の津波警報システム構築への技術支援、各種研修への講師派遣を行うなど、インド洋における津波警報体制構築に積極的に支援を行ってきている。このような支援をさらに推進していくと同時に、日本において実施されているソフト面での津波対策の知見を提供していくことにより、アジア地域における津波被害を削減することに大きく貢献できるだろう。

※1「南海トラフの巨大地震による津波高・浸水域等(第二次報告)及び被害想定(第一次報告)について」
http://www.bousai.go.jp/jishin/nankai/taisaku_wg/pdf/shiryo.pdf

※2http://www.bousai.go.jp/jishin/nankai/pdf/nankaitrough_keikaku.pdf

※3http://www.bousai.go.jp/jishin/nankai/pdf/jishinnankai20151217_01.pdf

※4「首都直下地震の被害想定と対策について(最終報告)」 http://www.bousai.go.jp/jishin/syuto/taisaku_wg/pdf/syuto_wg_report.pdf