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是正すべき「格差」は何か

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2016.2.24

政策・経済研究センター酒井博司

経済・社会・技術
 ピケティ「21世紀の資本」やアトキンソン「21世紀の不平等」などをはじめとして、格差問題への関心が高まっている。ピケティは、格差の固定化・拡大を防ぐため、累進的な富裕税を創設する提言を行った。またアトキンソンも、所得税の最高税率を高め、さらに国民保険への拠出金上限を引き上げるべきとの提言を行っている。いずれも、是正すべき格差として「所得」に焦点を当てているが、個人の多様性を考慮に入れた場合、それは果たして適切なのか。

 格差を考える視点は複数ある。社会全体の「効用」を最大化する功利主義の考え方は、各人の限界効用(所得一単位の増分がもたらす効用の増分)を均等化することを意味する。社会が代表的な(画一的)個人の集まりとして近似できるのであれば、平等な所得分配が最適となる。しかし、個人は多様であるため、所得を有効に活用できる人への配分が多くなり、結果として所得面の格差は拡大してしまう可能性もある。

 また、ジョン・ロールズの「格差原理」は、社会で最も不遇な人々に「社会的基本財(自由、社会的機会、収入、富など)」を配分することで彼らの生活を改善すべきとしている。しかし、ここにおいても、不遇な人々に所得などをはじめとする「基本財」が配分されさえすれば事足りる。実際は「基本財」を用いてできることは、各人の能力や置かれている状況などに依存するが、それら多様性は考察の対象外とされている。

 それでは、個人の多様性を考慮した場合、是正すべき格差はどこに求めるか。一つのアイデアがアマルティア・センの潜在能力アプローチである。センはロールズの「社会的基本財」を、「潜在能力」に変換する力(与えられた手段や機会を実際に機能させ、基本的な事柄をなしうる力)を重視する。多様性の下では、所得や基本財保有の格差がなくても、それらを潜在能力に変換した結果が平等とはかけ離れることもある。
 内閣府「国民生活に関する世論調査」をみると、年齢層が高くなるに従い、「物の豊かさ」よりも「心の豊かさ」を重視する割合が増え、50歳台~60歳台にかけては7割程度にまで達する。「心の豊かさ」を希求するのであれば、所得や財の保有という到達面における格差是正よりも、教育や研修などのプログラムの充実と幅広い機会の提供により、「潜在能力」の格差を是正していくことこそが今後必要な方向であろう。
これからは心の豊かさか、まだ物の豊かさか
これからは心の豊かさか、まだ物の豊かさか
図 年齢別
出所:内閣府「平成26年度 国民生活に関する世論調査」