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集合知によるソーシャルイノベーション

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2016.2.26

政策・経済研究センター川崎祐史

経済・社会・技術

● AppleのResearchKit数週間で6万人がユーザー登録

 2015年4月14日、Appleは医学研究者向けに、モバイルデバイスを使って被験者モニターの生活や健康状態の情報を継続的に収集するためのソフトウェアフレームワークResearchKitの提供を開始した。 
 これを利用して、ぜんそく、乳がん、心臓血管疾患、糖尿病、パーキンソン病の研究用アプリを医療研究者が開発した。アプリ提供から数週間で6万人以上のモニターが登録された。従来はこういった被験者モニターを数百人集めるだけでも、多くの医療機関に協力を依頼するなど手間も時間もかかっていた。桁違いのデータ数が短時間で安価に収集することができる破壊的イノベーションである。どういった新たな知見が得られるかは未知数であるが、大いに期待できるのではないだろうか。

● カーナビ情報を活用して災害対応や交通事故削減

 集合知を活用した社会課題解決としては、東日本大震災の際に、トヨタ、日産、ホンダ、パイオニアがカーナビのGPSデータを持ち寄り、被災地の道路通行可否情報を提供した取り組みも有名だ。また、ホンダは自社カーナビ情報から急ブレーキをかける頻度が高い場所を抽出し、埼玉県警からは交通事故情報、地域住民からは「見通しが悪い」「飛び出しが多い」といった情報を提供してもらい、これらを地図上にマッピングした「Safety Map」を公開している。埼玉県は危険箇所の道路標識の改善などに活用している。

● 集合知によるソーシャルイノベーションの可能性

 このようにセンサーやソフトウェアが安価に提供されるようになると、従来の発想では考えられなかったようなアイデアで社会課題を解決する可能性が開ける。
 例えば、首都直下地震、南海トラフ地震など今後巨大地震リスクが危惧されるわが国では、住宅の耐震化率を2020年までに95%とする目標を掲げるが、住宅の耐震診断の費用負担がネックとなっている。この課題解決のために「スマホユーザー10万人が参加する簡易住宅耐震診断」なるものの可能性を考えてみよう。スマートフォンには3次元加速度センサーが付いている。スマートフォンは地震直前に緊急地震速報を受信する。緊急地震速報の受信をトリガーとして加速度データを記録しGPS位置情報をつけてサーバーにデータを送付するアプリがあれば、さまざまな場所での揺れデータが収集できるだろう。もし10万人がこの運動に参加したとしたら、近所に複数の参加者がいる可能性が高くなる。Aさんは自宅の1階に居た、Bさんは自宅の2階に居たとしよう。Aさんは1階なので地面の揺れに近いが、2階にいるBさんの振れはBさんの住宅の構造などにより揺れが変化する。構造以外の要因も影響することは当然ではあるが、AさんとBさんの振れの差を解析すれば、Bさんの住宅の耐震性をラフなレベルながら推定できるのではないか。アイデア考案の一例である。
 従来は社会課題の解決手段として集合知を活用しようという発想はなかった。IoT(モノのインターネット)の動きは急である。どんどん新しいセンサーが開発されている。時間が豊富にあるシニア層もどんどん増える。デッドロックに陥っている社会課題に対して、集合知を活用したイノベーション・アイデア発想は一考に値するのではないだろうか。
10万人の参加が実現するスマホによる住宅の簡易耐震診断