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イノベーションと競争政策

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2017.2.15

政策・経済研究センター酒井博司

経済・社会・技術
 2016年は、世界で保護主義的な動きが出始めた年であった。確かに保護主義的な政策等により、国や産業の置かれる競争状況を保護することは、経済成長や雇用にプラスの効果を与える場合がある。一方、経済における競争圧力が、イノベーションを促進し、経済の効率性や生産性の向上をもたらすとの見方もある。実際、競争環境と経済成長の関係はどのようにみれば良いのか。

 ここで参考になるのが、経済学者のAghionらによる実証研究※1である。それによれば、競争の強さと、成長の源泉であるイノベーションの間には逆U字型の関係があり、両者の関係は線形ではない。競争の程度が強まるに従い、「イノベーション後の期待利潤は減少し、研究開発投資意欲を削ぐ」効果(シュンペーター効果)と、「イノベーションにより競争から抜け出すインセンティブが強まる」効果(escape competition effect)という、二つの相反する効果が生じる。競争が弱い状況にあれば、後者の効果が前者の効果を凌ぐ。その過程で、新規参入等も活発化する。しかし、競争が厳しい状況になると、逆に前者の効果が上回る。これが逆U字型の関係が生じる理由である。その見方によれば、イノベーションの促進には、「適度」な競争が保たれることが好ましい、との結論になる。

 ただし、競争の強さとイノベーションの間の逆U字型の関係は、国や産業の置かれている状況により異なる。先のAghionらの研究対象である1973~1994年の英国企業のように、「技術水準の差が小さい複数の企業から産業が構成され、技術漏出(スピルオーバー)が強い」場合は、後発企業のキャッチアップが容易であり、イノベーションの専有可能性が低くなるためシュンペーター効果は生じやすく、逆U字型の関係は明瞭となる。一方、「産業が市場支配力を持つ少数の企業が中心となって構成」されている状況にあれば、競争は弱い状況にありスピルオーバーは起こりにくい。そのような場合、市場支配力を持つ企業はその地位(および置かれている競争環境)を維持しようとするため、研究開発や合併等を通じてイノベーションを促進する方向が考えられる(逆U字型の関係は希薄となる)。その観点からは、昨今の保護主義的な動きは、後者のような状況を創出し、維持することを前提としていると見ることができる。

 イノベーションが経済成長の源泉の一つであることには異論がない。だが、イノベーションを促進する方策は、競争環境により異なる。各産業の置かれている競争環境を認識した上で、産業ごとに一律ではないきめ細かな競争政策が求められる。
図 競争の強さとイノベーションの促進との関係
図 競争の強さとイノベーションの促進との関係
出所:三菱総合研究所

※1Aghion, P., N. Bloom, R. Blundell, R. Griffith, and P. Howitt (2005), Competition and Innovation: An Inverted-U Relationship, Quarterly Journal of Economics, 120(2), 701-728.