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FTA・EPAの経済効果に関する分析手法の発展

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2017.4.25

政策・経済研究センター東暁子

海外戦略

FTA・EPAによる経済効果の内容

近年、世界各地域で自由貿易協定(FTA)・経済連携協定(EPA)の形成が進められており、その経済効果に関しても数多くの定性的な分析に加え、定量的な分析が実施されてきている。貿易と投資の自由化に関する協定は、FTAとEPAの二つに分けられる。FTAは物品の関税やサービス貿易の障壁等を削減・撤廃することを目的とする。一方、EPAはFTAよりもさらに進み、投資・人の移動・知的財産の保護・競争政策におけるルール作り・さまざまな分野での協力等が含まれ、幅広い経済関係の強化を目的としている※1。

 FTAやEPAで締結される項目において、最も経済に与える効果を把握しやすいものは関税削減・撤廃である。関税の存在による輸入品の価格の上昇は、明確な事実としてとらえることができ、関税の削減や撤廃による輸入品の価格の低下が経済に与える影響の経路も、定量分析においては具体的にモデル内に取り込むことができる。そしてある品目の関税率を「~%にまで削減」「現在の関税率から~%削減」、さらには撤廃といった内容は、定量分析において具体的な設定を行いやすい。

 しかし、FTAの内容には関税の削減や撤廃ばかりでなく、サービス貿易の障壁の削減・撤廃に関するものも含まれている。また、前述のように、EPAがカバーする内容は、FTAよりも多岐にわたっている。FTAやEPAが経済に与える影響は関税の面だけでは把握できないことから、多角的な分析がこれまで加えられてきた。

新しい貿易理論に基づく分析手法の発展

貿易政策に関する評価には、多地域を扱うCGEモデル(応用一般均衡モデル)が用いられることが多い。2017年1月の米国の離脱により12カ国での発効はほぼ不可能となったが、表1は環太平洋パートナーシップ(TPP)が発効され日本が参加した場合、日本の実質GDPにどの程度の影響が出るかについて、これまでCGEモデルを用いて実施されてきた複数の分析事例を示したものである。分析対象やモデルのタイプなどの前提次第で分析結果は異なっているものの、TPP参加が日本の実質GDPに与える影響は0.1~2.0%の範囲内に収まっている。

 表1に示されるいずれの研究事例も、世界全地域の経済データが取得できるGTAPデータベースを用いているが、モデルのタイプには静学CGEモデルと、生産要素の時系列変化や投資と資本蓄積の動学的効果を明示的に扱うダイナミック(動学)CGEモデルの双方が見られる。さらに静学CGEモデルにおいても、その設定は通常の比較静学分析によるもの、直接投資フローをモデル化したもの、資本蓄積効果・内生的生産性向上をモデル化したものなど、事例によって異なる。そして通常の比較静学分析の場合も、関税撤廃に限定していたり、関税撤廃に加えて物品の非関税障壁削減効果も考慮するなど、対象はさまざまである※2。

 このように、モデルに動学的効果を入れるかどうか、また関税撤廃以外の効果も考慮するかどうかで、試算結果の規模には差が生じてくる。分析の対象が多くなるほど試算結果の規模も大きくなるが、その前提条件となる数値については十分に精査し、明確に根拠を示すことが重要になる。
表1 TPPが日本の実質GDPに与える影響に関する分析事例
表1 TPPが日本の実質GDPに与える影響に関する分析事例
出所:内閣官房TPP政府対策本部(2015)「TPP協定の経済効果分析」
表1から、静学CGEモデルでTPPに参加した場合の日本のGDPへの影響を測定する場合、関税撤廃の効果に限定した場合の影響は0.1%強、関税撤廃に7%程度の物品の非関税障壁削減の効果を加えた場合では0.2%強であり、動学分析で関税撤廃の効果に限定して分析を行った場合の影響は約0.2%となっている。これらの試算結果が示すように、既に多くの分野で関税率が低下している日本では、関税撤廃がマクロ経済に与える影響は0.1~0.2%程度と小幅にとどまることが示される。このため、日本はFTAよりもさらに進んだ内容を包括するEPAを進めてきており、現在では合計15のEPAが発効している。

 表1が示すように関税撤廃・削減以外にも対象を拡大している分析では、TPPに参加した場合の日本の実質GDPへの影響は2%前後と、さらに大きなものとなると計測されている。このような分析では、生産性の上昇や直接投資の増加などの経路をモデル内に取り入れている。特に生産性の上昇の効果のモデル内への導入には、2000年代前半に米ハーバード大学のマーク・メリッツ教授が提唱した貿易理論が大きく貢献した。メリッツの貿易理論によると、国内の生産性の高い企業ほど輸出を行うため、貿易の自由化が進められれば、輸出を行う企業が増える。その結果として、貿易自由化を行った国全体の生産性も上昇する方向に向かい、経済連携の効果はより大きなものとなる。

 企業の生産性の差が重要となるメリッツ効果のCGEモデルへの導入により、既に関税率が低くなっている先進国の経済連携の効果についてより詳細な分析が行われることが期待される。しかし、関税率や非関税障壁が比較的高い国や、全体としては関税率が下がっていても一部に関税率が高い分野が残っている国では、関税の撤廃や非関税障壁の削減がマクロ経済や各産業に与える影響は依然として大きい。経済連携の効果測定を行う場合には、対象となる各国の状況を考慮して分析を進めていくことが重要だろう。

※1FTA、EPAの定義については、外務省HP を参照した。

※22015年12月に内閣府が公表したCGEモデルによる試算は、関税撤廃や非関税障壁削減の効果だけでなく、貿易の拡大による生産性上昇や投資増などの各種の効果を織り込んだ結果、日本の実質GDPへの影響はさらに大きく2.6%に達するとしている。