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コロナで試された未来の想定力

「想定外」を「想定内」に

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2020.6.11

政策・経済研究センター森重彰浩

「賢者」はひと握り

新型コロナウイルスは経済・社会に甚大な被害をもたらしている。特に4月からの緊急事態宣言下では、外出できない、出社できない、営業できないという強い制約が突如加わったことで、そのなかでどう生活・仕事・営業を継続していくか、従来の既成概念の枠を取り払って柔軟に考える力が試されている。

19世紀後半のドイツの宰相ビスマルクは「賢者は歴史に学ぶ」との名言を残したが、実際には、筆者も含めて「自分が生きてきた時間軸内での経験」にしか学べていない、という面が往々にしてある。今回の新型コロナ危機でそれを痛感している。ひとつ例を紹介しよう。図1は米国における雇用者数の前月からの変化である。米国はまだ人口が増加しており、経済も2%程度の成長を続けていることから、平均すると毎月20万人くらいずつ雇用者数が増加している。しかし、米証券大手のリーマン・ブラザーズが破綻した2008~2009年の世界金融危機時には雇用者数が減少に転じた。その時期の減少幅は、最大で80万人程度であった。
図1 米国の雇用者数(非農業部門、季節調整済み前月差)
図1 米国の雇用者数(非農業部門、季節調整済み前月差)
出所:米国労働省公表資料より三菱総合研究所作成
このグラフの時間軸の先に待っていたのが、新型コロナ危機だ。米国では感染者数が3月半ば以降に爆発的に増加、全国的に外出・営業規制が実施され、経済が甚大な損失を受けた。ニューヨークでの感染爆発など深刻な米国の状況は報道などでも伝わってきており、労働市場の流動性が高い米国では、雇用者数が大幅な減少になることは容易に予想ができた。しかし、実際に発表された4月の減少幅は、予想をはるかに上回る2,000万人であった(図2)。過去の世界金融危機時の状況が頭に入っていると、悪くても世界金融危機時の2倍の200万人くらい、といった思い込みによる下限が設定される。何もよりどころがないよりはよいが、「自分が生きてきた時間軸内での経験」から悪くてもこれくらいとタカをくくることは危険だ。対応が後手後手に回る可能性がある。
図2 米国の雇用者数(非農業部門、季節調整済み前月差)
図2 米国の雇用者数(非農業部門、季節調整済み前月差)
出所:米国労働省公表資料より三菱総合研究所作成

振り返れば小さかった

今回の新型コロナ危機に関連して、同様な感覚を覚えたデータがもうひとつある。COVID-19の新規感染者数の推移だ。図3の左は2月末までの世界の新規感染者数であるが、当時は中国武漢を中心に感染が拡大している段階であり、中国あるいはその周辺の極東アジア諸国が大変なことになったという認識であった。しかしながら、その後、欧米で感染が爆発的に拡大しており、5月末までの推移を振り返ってみると、中国の感染は比較的小規模であったという認識に改めざるを得なくなる(図3の右)。

2月の時点で、来る欧米での爆発的な感染拡大を予測すべきだった、というのは結果論で、当時の状況下では疫学の専門家でなければ難しかっただろう。仮に、専門家がそう予測していても、一般には信じられなかった可能性が高い。ただし、今回の新型コロナ危機を踏まえた教訓は、今見ているデータの軸を一気に10倍、100倍といったスケールで拡大しなければ表せないような状況が、すぐ先の未来に潜んでいてもおかしくないという点だ。

新型コロナの感染拡大の中心地域は、ブラジルなど新興国に移りつつある。医療体制が脆弱(ぜいじゃく)な新興国では、欧米先進国を大幅に上回るペースで感染が拡大する可能性がある。このグラフをさらに3カ月伸ばした時に、欧米での感染拡大も相対的には小さかったと、もう1段階、認識を改めざるを得ない状況は、何としても回避しなければならない。
図3 COVID-19の新規感染者数
図3 COVID-19の新規感染者数
出所:European Centre for Disease Prevention and Controlの公表資料より三菱総合研究所作成

「想定外」を「想定内」にするために

本稿では、われわれは、無意識的に限られた時間軸の経験をもとに、将来起こりうる事態の範囲を決め打ちしてしまいがちである点を、自戒も込めて指摘した。筆者が業務上触れる機会の多い、経済・社会統計を例に挙げたが、今回の新型コロナの感染拡大の局面では、日常生活あるいは仕事において、同様な経験をされた読者も多いのではないだろうか。この気づきをウィズ/ポストコロナの政策形成や企業経営、生活設計にどう活かしていけばよいか。以下に、三つの視点を提示する。

第一に、冒頭の記述と矛盾するようだが、やはり「歴史に学ぶ」ことは重要だ。特に、歴史の時間軸を伸ばしてみることが、「想定外」を「想定内」にする助けとなる。感染症を例にとると、過去15年で最大のものは2009年の新型インフルエンザであったが、過去70年ではアジアインフルエンザ、過去100年ではスペイン風邪、過去200年ではコレラとなる。流行初期の段階では、今回の感染症がどれに近いものとなるか判別は難しいものの、最悪の事態として何を想定するかで初動が変わってくる。幸いなことに、歴史に学ぶハードルも低下している。世界的にWebへの知識蓄積が進み、検索や自動翻訳機能を介してそれらに容易にアクセスできるようになっている。目的意識を持ち、時間軸を伸ばして歴史をひもとけば、一寸先の闇も少しは明るくなるだろう。

第二に、時間軸に加えて、幅広く他者の知見から学ぶことも、「想定内」の範囲を広げることに役立つ。特に危機時こそ、限られたリソースを最大限有効に活用する必要があり、他人や他社、他国の経験に学ぶことが重要になる。自分には見えていない世界が他人には見えている可能性がある。自分の見えている世界を共有することで他人の世界の見え方が変わる可能性もある。例えば、今回のパンデミック(世界的大流行)への政策対応においては、防疫と経済・社会機能の両立という観点から、科学知見と経済知見の融合が必要となった。いみじくも社会的距離確保の観点からオンライン会議が一気になじみ深いものになったことで、物理的な距離や移動時間の制約が外れ、より多様な知見を吸収、融合できる機会が広がった。

第三に、想定外の事態への対応力を平時から高めることだ。在庫や貯金といったストックを厚くするというよりは、オプションを増やすことで対応力を高めるスタンスが重要だと考える。この点は、個人、企業、政府のいずれの立場にも当てはまる。デジタル技術を活用したオンライン化はその手段のひとつだ。コロナ危機下での試行錯誤を経て、オンラインは不完全ながらもリアルの代替手段となることは多くの読者も認識したのではないだろうか。今後、オンラインとリアルの最適なバランスを個人・企業がおのおの探りつつ、何かあった場合には片方のウエートを高められる体制を整備しておくことが、想定外の事態への対応力を高める。オンラインが機能しなくなる危機の到来も十分にありうる。