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世界の消費二極化と日本の新型コロナ危機対応への示唆

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2021.9.6

政策・経済センター森重彰浩

田中康就

綿谷謙吾

消費回復の二極化 コロナ危機前に回復した米国と、低迷続く日本・欧州

新型コロナ危機発生(2020年1-3月期)から1年半の消費を振り返ると、2020年7-9月までは、米国、日本、欧州ともに大差のない動きとなっていたが、10-12月以降、米国は回復を続け、2021年に入って以降後はコロナ危機前の水準を上回っている。一方、日本と欧州は再び悪化に転じており、二極化が顕著になった(図表1)。
図表1 日米欧の消費支出
図表1 日米欧の消費支出
注:欧州4カ国はドイツ・フランス・英国・イタリア。横軸は四半期を示す。

出所:Bloombergを基に、三菱総合研究所作成
一方で、米国の新型コロナウイルス感染者の人口全体に対する比率は日本や欧州を上回ってきた。労働参加率に至っては、日本がほぼコロナ危機前の水準を回復しているが、米国は2021年1-3月期でもコロナ危機前(2019年10-12月期)を未だ2%近く下回っており、欧州よりも労働市場の戻りが鈍い状況だ(図表2)。ではなぜ、米国と日本・欧州の間で消費の二極化が生まれたのか。
図表2 日米欧の消費を取り巻く環境(感染状況、雇用市場)
図表2 日米欧の消費を取り巻く環境(感染状況、雇用市場)
注:欧州4カ国はドイツ・フランス・英国・イタリア。横軸は四半期を示す。

出所:CEIC、ECDCを基に、三菱総合研究所作成

ワクチン接種が、買い物・娯楽への外出行動の回復を後押し

消費回復が二極化した理由として、第1に、米国でワクチンの接種が2021年1月以降に急ピッチで進んだことがある(図表3)。3月末時点で、ワクチン接種者(少なくとも1回以上)は米人口の30%程度に達した。同時点での欧州4カ国の20%程度、日本の1%程度を大きく上回っていた。
図表3 日米欧のワクチンの接種率
図表3 日米欧のワクチンの接種率
注:欧州4カ国はドイツ・フランス・英国・イタリア。

出所:Our World in Dataを基に、三菱総合研究所作成
こうした米国での新型コロナ感染症に対する免疫形成率の高まりは、買い物・娯楽への外出行動の回復につながっている(図表4)。米国では、2021年6月の外出行動(買い物・娯楽)がコロナ危機前とほぼ同水準に戻っており、飲食・宿泊や娯楽サービスなど外出関連消費も持ち直していることが示唆される。
図表4 日米欧の外出行動(買い物・娯楽)
図表4 日米欧の外出行動(買い物・娯楽)
注:欧州4カ国はドイツ・フランス・英国・イタリア。

出所:Googleを基に、三菱総合研究所作成

ワクチン接種加速のタイミングで実施された大規模な追加経済対策

第2に、米政府による大規模な財政措置である。米国の新型コロナ対策向けの財政規模は、他国よりも大きい。IMF「DATABASE OF FISCAL POLICY RESPONSES TO COVID-19(2021年4月版)」によると、個人向け・企業向けを含む給付・減税(医療分野以外)は名目GDP比で22%に上り、日本や欧州を大きく上回る(図表5)。
図表5 日米欧の新型コロナ対策の財政規模
(医療分野以外の個人向け・企業向けの給付・減税など)
図表5 日米欧の新型コロナ対策の財政規模 (医療分野以外の個人向け・企業向けの給付・減税など)
注:欧州4カ国はドイツ・フランス・英国・イタリア。

出所:IMF「DATABASE OF FISCAL POLICY RESPONSES TO COVID-19(2021年4月版)」を基に、三菱総合研究所作成
財政措置の規模の大きさに加えて、発動されたタイミングにも注目だ。欧州や日本の財政支出は、コロナ危機による経済の落ち込みが最も大きかった2020年4-6月にピークを迎え、その後は減少傾向にある。一方、米国は、2020年4-6月期に加え、ワクチン接種が加速した2021年1-3月期に、2020年4-6月期を上回る財政出動が実施された(図表6)。2021年1-3月期の可処分所得は、コロナ危機前の水準を20%程度上回り、消費の回復を促す要素となった。
図表6 日米欧の可処分所得
図表6 日米欧の可処分所得
注:欧州(ユーロ圏)は移転所得のデータがないため、可処分所得と雇用者報酬の差を「給付金・その他」とした。横軸は四半期を示す。

出所:内閣府、米国商務省、Eurostatを基に、三菱総合研究所作成
また、米国で2021年3月に実施された1人当たり最大1,400ドルの追加現金給付は、デジタル化が進んでいることで数日で完了できたほか(日本の特別定額給付金は完了まで約4カ月)、コロナ危機による失業などの影響が大きいとみられる低中所得階層を重点的に支援している。現金給付を受け取った低所得層ではコロナ危機前の水準を大きく上回る支出を行っている(図表7)。
図表7 米国の所得階層別の消費
図表7 米国の所得階層別の消費
注:破線は給付開始日。クレジット・デビットカードの日次支出額。直近は2021年4月25日。

出所:Opportunity Insights を基に、三菱総合研究所作成

コロナ危機への対応を振り返り、次なる危機へ生かす

本コラムは、消費の回復ぶりについて日米欧の差に着目し、その背景を探った。

要約すると、米国で消費の回復が早かった要因は、①ワクチンの普及、②大規模な財政措置の2つである。米国は、国を挙げてワクチン開発を行うとともに、現金給付や手厚い失業給付を実施し、一時2,000万人に達した失業者の生活を支えた。ワクチン接種が加速するタイミングでも、第2弾、第3弾の現金給付を行い、消費は1年あまりでコロナ危機前の水準を回復した。大規模な財政措置には、①財政赤字の大幅な拡大につながった点や、②失業時の所得増加を背景とする失業の長期化により人的資本が陳腐化し構造失業が増加した可能性がある点など、負の面もあるが、消費に関してはプラスに働いた。

今回の消費二極化分析から示唆される日本の危機対応への政策的な教訓は、大きく2つある。

第1に、財政面での備えである。今回のような危機時には大規模な財政出動が必要になる。日本は、コロナ対策費を主に国債で賄っているが、今後、債務が持続不可能な水準に達し、国債による安定的な資金調達がままならない状況に陥ってしまえば、危機時に必要な財政出動も行えないどころか、財政不安から長期金利が急騰する事態にもなりかねない。IMFによれば、日本の政府債務残高はコロナ危機前の2019年時点でもGDP比230%程度と、コロナ危機による大規模な財政出動後である2020年の米国の130%程度を、大きく上回っている。東日本大震災や度重なる豪雨被害、そして今回のパンデミックと、定期的に大規模な災害に見舞われることを前提として、「平時」に財政健全化を着実に進める仕組みをビルトインしていくことが重要だ。

第2に、行政のデジタル化の推進である。行政のデジタル化の目的のひとつは、今回のような大規模な災害時に、真に困っている人・企業に重点的かつ機動的に給付を行う体制を整えることである。財政がひっ迫している日本だからこそ、限られた財源を最大限有効に活用することが求められる。米国では、確定申告時の所得や口座情報など既存のインフラを活用し、現金給付は迅速に行われた。次の危機に備え、行政のデジタル化を進めることが求められる。

感染症は世界各地で比較的頻繁に発生しており、今後も新型コロナのようなパンデミックが起こる可能性は残る。本コラムでは消費行動からみた日米欧の違いに絞って議論してきた。世界各国が実施した手探りでのコロナ対応に対するレビューをしっかりと行い、そこから得られた教訓を、将来起こりうるパンデミックなど次なる危機への対応に生かしていくことが大切である。