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ウクライナ危機で存在感増す「グローバルサウス」①

変わる国際秩序

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2023.5.16

政策・経済センター田中嵩大

POINT

  • ウクライナ危機を通じてグローバルサウスへの注目が高まる
  • 国際秩序・企業活動・経済安保の観点から重要な存在
  • 各国の関与深まる中、日本も関係構築のあり方を考え直す時期に

経済・政治両面で力を持つ第三極に

ウクライナ情勢をめぐって国際社会の分断が深まる中、「グローバルサウス(Global South)」と呼ばれる国々への注目が高まっている。2023年1月に実施されたダボス会議では「世界の分断」が一つのテーマであったが、その中でグローバルサウスの立ち位置が焦点となった。また同月、岸田首相は施政方針演説で、グローバルサウスへの関与を強化していく必要性に言及したほか、アフリカ歴訪後の記者会見では、5月に開催のG7広島サミットでも、グローバルサウスとの協力がテーマの一つになると述べている※1

グローバルサウスとはどのような国々か。明確な定義はないが、概念が広まった1950~60年代は、「支援されるべき対象」「発展途上国」としての意味合いで使われることが多かった。例えば米バージニア大学のアン・コカス教授は、①冷戦後の「第三世界」に代わる呼称②南半球に存在するかどうかに関わらず相対的に貧しい国々を指す呼称③立場の弱い南の国々の政治的連帯を指す呼称の3つの側面があるとしている。

今、グローバルサウスに再びスポットライトが当たっているのは、これまでの途上国という枠組みを超え、経済的にも政治的にも国際社会の中で無視できない存在となっているからだ。本コラムでは、G77現加盟国(国連における途上国の協力グループ)のうち、中国を除いた国々をグローバルサウスとし※2、世界・日本にとってどのように重要か、そして日本がどのように関係構築すべきかを示したい。

存在感の高まるグローバルサウス。まず経済面では、2050年にかけて名目GDPの合計が米国や中国を上回る規模にまで急拡大すると見込まれる(図表1)。人口で見ると、2023年にインドが中国を上回って世界一となり、2050年にはグローバルサウスで全世界の3分の2を占める予測だ(図表2)。
図表1 名目GDPシェアの予測
名目GDPシェアの予測
注:データが入手可能な国で集計。
出所:実績はIMF、世界銀行、予測は三菱総合研究所
図表2 人口の予測
人口の予測
出所:国際連合の統計を基に三菱総合研究所作成
さらに、ウクライナ危機への対応では国際政治面でも存在感を示している。ウクライナ危機を受けて数回実施された対露非難決議では、主権や領土などの根本理念に関する投票でグローバルサウスの過半数が「賛成」する一方、「棄権」や「無投票」の国も多い。さらに資格停止や賠償といった面に一歩踏み込んだ決議では「賛成」の割合は半分を割っている(図表3)。一国一票を原則とする国連投票において、グローバルサウスの意見は無視できない。

加えて、グローバルサウスの中には西側諸国による対露制裁に同調せず、逆にロシアとの経済関係を深めることで恩恵を受けている国もある。例えば、インドはロシアから安価なエネルギー燃料を輸入している(図表4)。ロシア経済の落ち込み幅が当初の想定よりも小さかった背景には、こうした動きがあるとも指摘されている。
図表3 対露非難決議における投票状況
対露非難決議における投票状況
出所:国際連合を基に三菱総合研究所作成
図表4 ロシアとの輸出入取引額
ロシアとの輸出入取引額
注:2023年3-11月の合計(名目額)。輸出・輸入では集計国数が一部異なる。「非友好国」は2022年3月にロシアが指定した48カ国・地域。非友好国に含まれる国は、各地域の集計から除外。
出所:IMFの統計を基に三菱総合研究所作成

グローバルサウスに接近を図る米中

経済・政治両面において存在感を高めるグローバルサウスに対して、民主主義陣営/西側陣営(米欧など)と権威主義陣営(中露)の双方がアプローチを強化している。ウクライナ危機以降の米中の外交動向を図表5に示した。

両陣営の首脳・高官が相次いでグローバルサウスを訪問しているが、欧米的価値観(欧米式の民主主義、人権など)への反発や、経済力・軍事力が相対的に弱体化していることから、米国をはじめとする民主主義陣営の求心力が低下していることは否めない。例えば米バイデン政権は発足後2回の「民主主義サミット」を開催しているが、招待されなかった国から反発が出るなど、開催意義について疑問の声も出ている。他方で、2023年3月に中国がサウジアラビアとイランの外交関係正常化を仲介したことは、中東地域における米国のプレゼンス低下を示す事象と言える。
図表5 ウクライナ危機以降の米国・中国の外交動向
ウクライナ危機以降の米国・中国の外交動向
注:I2U2はインド・イスラエル・UAE・米国から成る経済協力枠組みで、食料安全保障やクリーン・エネルギー分野などで協力を模索。APEPは「経済繁栄のための米州パートナーシップ」の略。QUADは日米豪印戦略対話、CPTPPは環太平洋パートナーシップ、IPEFはインド太平洋経済枠組みのこと。
出所:各種資料を基に三菱総合研究所作成
同時に、グローバルサウス自身が存在感を高めようとする動きもみられる。2023年1月には、今年G20の議長国を担うインドが「グローバルサウスの声サミット」をオンライン開催した。グローバルサウスの発言力を高めることを目的に、タイといったアジアの国々のほか、アフリカなどの新興国や途上国120カ国以上に参加を呼びかけた。

日本にとっての重要性は?

このように、存在感が高まるグローバルサウスであるが、日本にとってどのように重要なのか、①国際秩序、②経済(企業活動・経済安保)の観点から考えてみたい。

①国際秩序

国際秩序の観点からは、グローバルサウスが中露陣営に過度に傾くことを防ぐことが重要だ。G7・西側諸国陣営の力が相対的に弱まるなかで、国際問題の解決にはグローバルサウスの協力が不可欠だが、過去20年の国連決議における投票行動の変化を見ると、オセアニアや中南米などは、相対的に米国から遠ざかっている(図表6)。

西側陣営に対するグローバルサウスからの支持が弱まれば、脱炭素や人権問題など西側陣営が主導する政策アジェンダの解決がより一層困難になる※3。加えて、緊迫する東アジアの動向を考慮すると、グローバルサウス諸国の多くがウクライナ侵攻に対して中立を保ち、ロシア経済の下支え要因となっていることは、日本にとって憂慮すべきことである。将来の有事を防ぐ観点でも、グローバルサウスを西側の対露政策に巻き込んでいくことが求められる。

同時に、グローバルサウスとの協力によって、過度な分断を防ぐという視点も重要だ。特に日本を含むアジア諸国は米中双方と経済関係が深く、分断が進んだ場合の経済への悪影響は大きい(図表7)。
図表6 国連決議における投票行動の変化(2000年代と2010年代の比較)
国連決議における投票行動の変化(2000年代と2010年代の比較)
注:各国の投票行動が、2000年代から2010年代にかけて、全体平均と比較して、米中どちらと近いものになったかを比較。
出所:UN Viewを基に三菱総合研究所作成
図表7 分断による経済影響
分断による経済影響
注:2022年2月の対露非難決議において賛成した国と賛成しなかった国の間で、貿易が制限された場合の経済影響をIMFが試算。
出所:IMFの統計を基に三菱総合研究所作成

②経済(企業活動・経済安保)

企業活動の観点からは、経済関係の強化が肝要だ。グローバルサウスの経済規模が今後拡大していくことは先に述べたが、少子高齢化が進む中で国内市場の大幅な増加が期待できない日本企業にとっては、特に重要な市場となる。

中でも注目したいのは、インドとASEANだ。国際協力銀行の調査では、「日本企業(製造業)が長期的に有望だと思う国」としてインドは米中よりも上位であるほか、ASEAN諸国も重視されている(図表8)。理由は「市場の今後の成長性」である。実際、前述の名目GDPで、インドは2030年までに、インドネシアは2050年までに、それぞれ日本を上回ると予想され、所得水準も上昇する見込みだ。
図表8 日本企業(製造業)が長期的に有望と考える国と、その理由・課題
日本企業(製造業)が長期的に有望と考える国と、その理由・課題
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出所:国際協力銀行「わが国製造業企業の海外事業展開に関する調査報告」を基に三菱総合研究所作成
経済関係の構築は、重要物資の安定調達という経済安全保障にも直結する。近年、地政学リスクの高まりから、重要物資の中国・ロシア依存からの脱却を図る動きが加速している。経済産業省が指定する「特定重要物資」について輸入調達先を見ると、中国・ロシアやグローバルサウスからの輸入も多い(図表9)。重要物資の中国・ロシア依存脱却を図るうえで、グローバルサウスは有望な代替先候補となる※4

しかしながら、重要物資の供給網再構築は各国共通の潮流であり、代替調達先が競合するリスクがある。既にその動きが見られ始めているのがエネルギー・資源分野だ。ウクライナ危機以降、日本はロシアからの原油輸入を減らす代わりに、足元で95%以上を中東からの輸入に依存している。一方で、同じく脱ロシアを掲げる欧州も中東からの原油・天然ガスの輸入割合を増やす方針を示している。現時点では大きな影響は見られないが、今後調達先が競合するなかで、中東にとって日本の重要性が相対的に低くなれば、安定供給が脅かされることが警戒される。
図表9 特定重要物資の輸入調達先(日本、米欧)
特定重要物資の輸入調達先(日本、米欧)
注:国連統計に台湾は明記されておらず、「その他(≒グローバルサウス)」として扱っている。
対象とした品目は、注釈4のコラム参照。
出所:UN Comtradeを基に三菱総合研究所作成
では、日本は現状、グローバルサウスとどの程度経済関係を持つことができているのか。国際秩序の文脈とは異なり、経済の観点からは、中国に加えて米欧なども競合相手となる。グローバルサウスの各地域と、日米欧の経済関係を「ヒト(アウト・インバウンド)」「モノ(財輸出入)」「カネ(投資・出資企業)」の観点から見たのが図表10である。

日本はASEAN・インドとは既に一定の経済関係を築けているが、その他の地域とでは米中に後れをとっている。全ての国・地域と関係を強化することは現実的ではないが、各国がグローバルサウスへの経済進出を図るなかで、日本が関係構築に出遅れれば、将来的な市場の喪失や需要物資の安定調達が脅かされかねない。
図表10 日米中とグローバルサウスの経済的関係
日米中とグローバルサウスの経済的関係
注:各地域の各指標について、最も進んでいる国/地域の数値を100とした時の値。出資先企業数は、日本、米国、中国、EUに所在する企業が25%以上出資する海外(当該国・地域以外)の製造業企業数である。集計対象国は、各指標で一致しない場合がある。例えば、出資先企業数では、ASEAN・インドは東南アジアのみ対象、インドを含んでいない。
出所:UN Comtrade、OECD TiVA、各国統計を基に三菱総合研究所作成
このように、ウクライナ危機をきっかけに、グローバルサウスの存在感はますます強まっており、日本にとって、グローバルサウスと関係構築を図ることが急務だ。「②問われる日本の向き合い方」では、具体的に日本がどう関係構築を行うべきか、提言を行う。

※1:4月に実施されたG7外相共同声明では、「グローバルサウス」という表現が上から目線ではないかという問題提起の下、代わりに「パートナー」と言い換えられている。しかし、本コラムでは、日本政府やグローバルサウスの代表であるインド自身が「グローバルサウス」と呼称していることから、同表現を用いている。

※2:詳細な国一覧は下記を参照。地域名表記時は、グローバルサウス以外の国々も含む。
http://www.fc-ssc.org/en/partnership_program/south_south_countries(閲覧日:2023年5月15日)

※3:例えば、2020年6月の国連人権理事会に実施された、中国による香港国家安全維持法導入の賛否を問う決議においては、「中国に反対」としたのは日本や欧州など27カ国だったのに対し、「賛成」を投じた53カ国には多くのグローバルサウス諸国が含まれた。

※4:重要物資の安定調達については以下のリポートも参照
「外交・安全保障 第5回:特定重要物資の安定調達に向けて」(当社コラム、2023.2.9)