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外交・安全保障 第5回:特定重要物資の安定調達に向けて

経済安全保障の視点から

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2023.2.9

政策・経済センター森重彰浩

田中嵩大

フロンティア・テクノロジー本部宇佐美暁

外交・安全保障
2022年10月に制定された経済安全保障推進法では、4つの柱のひとつとして「重要物資の安定的な供給の確保」が掲げられている。国民の生存や、国民生活・経済に甚大な影響がある物資の安定供給確保を図るとされており、12月に特定重要物資として半導体や蓄電池など11分野が指定された。

安定供給を確保するための取り組みについては、今後各省庁で具体化が進められるだろう。11月に経済産業省から公表された、特定重要物資の安定供給確保取組方針(概要案)※1には4つの方向性が示されている。①戦略的な備蓄、②海外調達先の分散化、③国内生産能力強化、④海外依存度を下げる技術開発、である。本コラムでは②に焦点をあて、海外調達先を分散させることの可能性と限界について、データを基に考察する。

特定重要物資の調達先——少数の国に依存

まず、特定重要物資の調達先を確認する。国連のComtradeデータベースを基に、2017~2022年平均でみると、日本の調達先は少数の国に偏っている(図表1)。日本の輸入シェア上位3カ国の割合は、クラウドプログラム※2を除く10分野のうち、最も低い抗菌性物質製剤でも40%、最も高い永久磁石では89%にのぼる。

国別では、中国への依存度が高いものが多い。肥料など4分野で中国がシェア1位、金属鉱産物など3分野でもシェア2位となっている。半導体素子および集積回路は、「その他アジア」が1位であるが、これはほぼ台湾とみてよい※3。そのほか、米国、韓国はほぼすべての分野において5位以内に入っており、ASEAN諸国への依存度も永久磁石を筆頭に総じて高い。ロシアは可燃性天然ガスと金属鉱産物ではともに4番目のシェアを持つ。

特定の国に調達を依存するリスクは、以前から認識はされていた。しかし、調達先の分散化にはコストがかかることから、採算との見合いで十分な対応はなされていなかった。しかし、ロシアのウクライナ侵攻や中国のゼロコロナ政策による供給の不安定化が現実的になると、事業の継続性を確保するためのオプションのひとつとして、一定のコストをかけてでも調達先を分散化させることが重要であるとの意識が高まりつつある。
図表1 特定重要物資 日本の輸入相手国内訳
特定重要物資 日本の輸入相手国内訳
集計対象としたHSコードは以下のとおり
HSコード
出所:UN Comtradeを基に三菱総合研究所作成

調達先の分散には一定の限界——供給者の偏在がネック

図表2では、特定重要物資について、世界全体と日本の主要な調達先を比較した。各国と日本の調達先が重複している場合は、生産・産出地(国)が限定されていると思われるため、分散化の余地は少ないと考えられる。実際に、工作機械及び産業用ロボット、半導体素子及び集積回路、蓄電池、可燃性天然ガス、金属鉱産物などは日本と世界の調達先の重複が大きいことから、調達先の分散化には困難が伴う。
図表2 特定重要物資の輸入相手国シェア(上位10カ国) 世界全体と日本の比較
特定重要物資の輸入相手国シェア(上位10カ国) 世界全体と日本の比較
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注:世界の輸入シェアには日本も含まれる。

出所:UN Comtradeを基に三菱総合研究所作成
特定国に集中している主因は①天然ガスや金属鉱産物などの資源は産出地が偏在している、②半導体や電子機器関連などは技術的・経済的な習熟度の高い特定の国に生産が集中する、の2つである。2000年以降の輸出における寡占度をみると、自動車などでは現地生産化で分散が進んだものの、スマートフォンやパソコンなどは寡占が進んだ(図表3)。
図表3 世界の主要輸出品の輸出寡占度別分布
世界の主要輸出品の輸出寡占度別分布
注:HSコード4桁分類のうち輸出金額の大きい79品目(資源やエネルギーは除く)について集計。横軸は品目別の輸出シェアの2乗和(ハーフィンダール・ハーシュマン指数)。

出所:UN Comtradeを基に三菱総合研究所作成

安定的な調達先へ分散する視点も重要

また、日本と世界で調達先が重複せず分散化の余地があるとしても、調達先を選ぶ際には注意が必要だ。地政学的に不安定な国からの調達を増やすと、かえって供給不安定化のリスクが高まる。実際、日本は化石燃料の中東依存を下げるためロシアからの輸入を拡大したが、ウクライナ情勢悪化で見直しを余儀なくされている。

地政学的に不安定とされる権威主義国からの輸入割合が、世界全体と日本でどう違うか比較してみる(図表4)。10分野中6分野では、権威主義国からの輸入割合は世界の方が低いため、日本が調達先を分散化させることで、安定的な調達先への移行も期待できる。一方で、永久磁石、航空機の部品、半導体、天然ガスについては、日本の調達先の方が権威主義国への依存が少ない結果となっている。

日本が重要物資と位置付ける品目については、地政学的に安定している信頼できる国からの調達割合を増やしつつ、その中で調達先の分散化を図ることが重要と言える。ただ、そうした国々に対しては他の西側諸国からの需要も増え、限られた供給力の奪い合いになる可能性がある。日本の買い付け能力が弱まっている中で、必要な調達量が確保できなくなる恐れもある。
図表4 権威主義国からの輸入割合
権威主義国からの輸入割合
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注:世界全体および日本の輸入シェア上位20カ国を基に作成。権威主義国の定義はEIUデモクラシーインデックスの2016-2020年の値の平均が4未満の国。「世界」は日本を含む。

出所:UN Comtrade、EIUを基に三菱総合研究所作成

サプライチェーンの強靭化に向けて

供給網を強化するための選択肢としては、①戦略的な備蓄、②海外調達先の分散化、③国内生産能力強化、④海外依存度を下げる技術開発、がある。品目ごとの特性に応じて、現実的に取り得る手段は限定される。

本コラムでは②について、既存の調達先を確認するとともに、他の調達先への分散化の可能性を分野別に探ってみたが、供給国の偏在や供給国の政治的な安定性も鑑みると、調達先分散化の選択肢は限られていることが確認された。供給網の強化にあたっては、②海外調達先の分散化だけでは限界があり、中長期的に③国内生産能力強化、④海外依存度を下げる技術開発、などと併せて取り組んでいく必要がある。③、④の実現に向けては、各国が産業政策として政府が大規模な予算を投じ官民連携で取り組みを強化している。技術力を高めることで自国の供給網を強化できるだけでなく、他国への技術的優位性を確保することにもつながるからだ。技術がなければ国内で生産をすることすら叶わない。日本としても、単に調達先を分散化させるだけでなく、技術力を強化することで供給網を強化する視点も重要になる。

また、供給網の強化は未来視点で戦略的に進めること必要がある。例えば、脱炭素化に伴い、化石燃料の需要が減少する代わりに、レアアースや非鉄金属などへの需要は急増すると言われている。こうした未来の戦略物資の安定調達に向け、資源の二次利用を拡大する循環型経済システムの構築などを官民で進め、先手を打つことが重要である。

供給網の強化は世界的な潮流である。コスト重視のグローバル化によって生産拠点としての日本の地位は低下してきたとの見方もあるが、コスト重視だけではないグローバル化のあり方を模索し始めているのが今の世界だ。次のコラムで論じるが、今後はコスト面だけでなく日本の立ち位置を戦略的に検討していくことも必要となってくるであろう。

※1:経済安全保障法制に関する有識者会議「特定重要物資の指定について【安定供給確保取組方針(概要案)】」(2022年11月)
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/keizai_anzen_hosyohousei/r4_dai4/siryou1.pdf(閲覧日:2023年1月26日)

※2:正式には政令第三百九十四号第一条八「インターネットその他の高度情報通信ネットワークを通じて電子計算機(入出力装置を含む。)を他人の情報処理の用に供するシステムに用いるプログラム」。

※3:国連統計のため台湾は国・地域として明記されない。