コラム

カーボンニュートラル時代の原子力エネルギー・サステナビリティ・食農

【coffee break】納得している? 福島第一原子力発電所廃炉の「難しさ」

福島第一原子力発電所事故後の原子力

タグから探す

2017.5.31

原子力安全事業本部柳川玄永

カーボンニュートラル時代の原子力

1.廃炉は「難しい」と刷り込まれているだけ?

東京電力(株)福島第一原子力発電所(以下、「福島第一原子力発電所」)の廃炉といえば、その「難しさ」が枕言葉のようについてきますが、
読者の皆さま、腑に落ちていますか?

TVや新聞などでの「福島第一原子力発電所の廃炉は難しい」という印象から、単純に「そういうものだ」と思っている方も多いのではないでしょうか。

そもそも福島第一原子力発電所の廃炉とは、事故で溶けてしまった原子力発電用の燃料を取り出すシンプルな話だと思いませんか。技術の粋を集めて巨大なショベルカーを開発すれば簡単に取り出せそうな気がしてきませんか。そう考えると、なんだかモヤモヤしてきませんか。 

2.福島第一原子力発電所の廃炉に立ちはだかる6枚の壁

廃炉の「難しさ」の捉え方は十人十色だと思いますが、このコラムでは著者が感じる難しさを6枚の壁に例えて紹介します。読者のモヤモヤ解消につながるものはあるでしょうか。
図1 廃炉完了までに立ちはだかる6枚の壁
図1 廃炉完了までに立ちはだかる6枚の壁
出所:三菱総合研究所作成

①汚染・強い放射線の壁

福島第一原子力発電所周辺は放射性物質で広く汚染しました。現在はかなり改善されたとはいえ、原子力発電所の建物の中には、いまだに人が立ち入れない場所、電子機器すら正常に機能しないほど放射線が強い場所もあります。

そのため、周辺地域の汚染拡散防止はもちろん、作業員の被ばく低減対策、放射線が強い場所でも稼働できるロボットなどの機器の開発が必要となります。

また、放射性物質が多く存在している場所では、壁に穴ひとつ空けるだけでも入念な事前調査とそれに応じた作業手順の検討、放射性物質の拡散防止・被ばく防止対策などの周到な計画を行い、慎重に結果を確認しながら作業が進められています。

残念ながら、小さくコツコツとしか進められないのが現状です。

②地震などの爪痕の壁

地震・津波・事故で生じた瓦礫などはかなり片付けられているものの、まだ敷地の至るところに、瓦礫やダメージを受けたままの施設が残っています。強い放射線が残っているためにいまだ手つかずの場所もあります。

ダメージを受けた施設の中には利用の目途が立たないものもあれば、利用するとしても耐震性に問題のあるものもあり、健全な建物とは比べものにならない慎重な対応が求められます。

③溶け落ちた燃料の壁

「溶け落ちた燃料」は、単純にすくって取れるような状況ではありません。

事故当時こそ溶けていたものの、現在は周辺設備や構造物と溶け混ざった状態で固まっていると考えられています。これを「燃料デブリ」と呼んでいます。
火山の噴火が収まったあとの溶岩を思い浮かべるとわかりやすいでしょう。

この溶け落ちた燃料は、非常に強い放射線を放っており、人が近づいて場所や状態を確認することはできません。ロボットなどを使おうにも、内蔵された電子機器が正常に機能しない恐れがあります。

このような中で、位置を特定し、水素爆発や万が一の再臨界の危険を排除しながら、燃料デブリが大気や作業スペースなどに意図せず漏れないように取り出す必要があるのです。
図2 燃料デブリの分布イメージ
図2 燃料デブリの分布イメージ
出所:参考文献1)を基に三菱総合研究所作成
図3 燃料デブリのイメージ
図3 燃料デブリのイメージ
出所:参考文献2)を基に三菱総合研究所作成
図4 放射性物質の漏えいを防止する装置(シールボックス)を用いて、一号機の原子炉外側から内部調査器具を投入する様子(調査の結果、燃料デブリ自体の撮影はできなかったものの、格納容器内部の状況について新たな情報が得られた。)
図4 放射性物質の漏えいを防止する装置(シールボックス)を用いて、一号機の原子炉外側から内部調査器具を投入する様子
出所:東京電力ホールディングス株式会社HP(参考文献3))

④汚染水の壁

汚染水の話題はよく耳にするのではないでしょうか。
水素爆発などの影響で原子炉建屋に亀裂が入り、地下水が流れこんで汚染水となっています。

現在、流れ込む地下水を減らす対策が進められていますが、地下を水がどう流れているのかは把握することが困難な上、建屋内に溜まっている強い放射線を放つ汚染水が漏れ出さないように調整しながら進めなければなりません。さらに、燃料デブリ取り出し作業により、燃料デブリの切削片などを含む新たな汚染水が生じる可能性も考慮する必要があります。

溶け落ちた燃料の取り出しだけでなく、汚染水も大きな壁として立ちはだかっているのです。

⑤作業スペースの狭さの壁

福島第一原子力発電所の敷地(約4平方キロメートル)では、発生し続ける汚染水を貯めるタンクや、廃棄物置き場などが所狭しと設置されています。

そのため、十分な作業スペースが取れず、「難しい」と言われる廃炉作業を猫の額のような場所で行わざるを得ない状況となっています。

パソコンに詳しい方なら、わずかなメモリで高負荷処理をしている状態といえばわかりやすいでしょうか。当然、非効率的になる上、何より作業の安全性にも影響が出てきます。

技術的・工学的な難しさのみならず、このような作業現場での運用上の「難しさ」もつきまとっているのです。

⑥時間の壁

福島第一原子力発電所の廃止措置等に向けた中長期ロードマップによると廃炉の完了は2050年頃とする目標が立てられています。

世代をも超える長期間、得られる知見や技術を記録・保持し続けると共に、高い品質で作業を継続せねばなりません。

福島第一原子力発電所で今働いている人の大部分は廃炉完了までには引退していると考えられ、人財の長期確保の難しさもつきまといます。一日何千人もの作業員の安全管理も継続せねばなりません。

結果として世代を超えて続いた事業は数多くあれど、世代を超えることを前提とした事業計画はそれほどないのではないでしょうか。

3.一歩進んで納得できる自分なりの解釈を

普段の生活に直接関わりがないため、廃炉が「何となく大変そうなもの」に映ってしまうのはやむを得ません。

しかし、福島第一原子力発電所の廃炉は国として解決せねばならない課題であり、われわれに無関係というわけではありません。

今後、燃料デブリの取り出し開始など報道などで目にする機会も増えるでしょう。その際には、「何となく」ではなく、一歩進んで自分なりの解釈を持つことで、この国家的課題をよりスッキリと捉えていただければと思っています。

4.最後に

最後に、筆者自身がこれら「難しさ」の根本にあると思う点を主張して終わります。

それは、福島第一原子力発電所の廃炉が世界に例のない「未知」の領域という点です。
「未知」故に、挑戦を諦めた例もあります。チェルノブイリ原子力発電所(注)です。「未知であるが故に挑戦しない」それもまた一つの選択肢なのかもしれません。

しかし、わが国は避難された方々が故郷に戻れることを目指し、この「未知」に挑戦する道を選びました。今この時もたくさんの人が汗を流し、知恵を振り絞っています。

この選択が正しい選択なのかどうかは、まだ誰にもわかりません。しかし、この選択が今も避難を続ける方々を含め、被災した皆さまが歩んでいく上での心の支えになれば幸いです。

(注)チェルノブイリ原子力発電所では燃料デブリを取り出さずにコンクリートで全体を覆う石棺という方式を採用しています。

【参考文献】

  1. 技術研究組合国際廃炉研究開発機構(IRID)、一般財団法人 エネルギー総合工学研究所(IAE)
    「解析・評価等による燃料デブリ分布の推定について(平成28年10月4日)」
    https://irid.or.jp/wp-content/uploads/2016/10/20161004.pdf
  2. 技術研究組合国際廃炉研究開発機構 (IRID)高守謙郎
    「IRIDにおける燃料デブリ取出し技術の開発(平成28年4月11日)」
  3. 東京電力ホールディングス株式会社HP 放射性物質の漏えいを防止する装置(シールボックス)を用いて、一号機の原子炉外側から内部調査器具を投入する様子
    https://photo.tepco.co.jp/date/2017/201704-j/170403-01j.html