コラム

環境・エネルギートピックスサステナビリティ

加速するスタートアップとの連携と待たれるその成果

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2019.6.25

環境・エネルギー事業本部片山裕太

環境・エネルギートピックス
エネルギー分野でスタートアップとの連携が加速している。2016年9月の東京電力ホールディングスによるアメリカのスタートアップUnited Windへの出資を皮切りに、日本全国の電力・ガス会社がシリコンバレーを中心としたスタートアップコミュニティにアクセスし、業務提携や出資を通じた連携を進めている。
エネルギー分野におけるスタートアップとの連携は、北米や欧州のユーティリティ企業がリードしている。これらの国では、分散型エネルギー源の普及や電力市場の改革、イノベーション・エコシステムの確立などが先行しているためである。欧米のユーティリティ企業は優れた技術やビジネスモデルを持つスタートアップを効果的に活用して、変化する市場環境に対応するべくビジネス領域を拡大しているのである。

その一例として、EV(電気自動車)ビジネスがある。フランスのユーティリティ企業であるEDFは、2022年までに欧州最大の”E-mobility Energy Company”となる計画を昨年末に発表した。具体的には、EVユーザーに向けた電力供給という従来型ビジネスのみならず、EV充電器オペレータとしてのビジネスや、V2G(Vehicle to Grid※1)を始めとした、充放電を最適にコントロールして付加価値を生み出す「スマートチャージングビジネス」を拡大する。この実現のため、2019年2月にはEV向けのモバイルメーターを活用したプラットフォームを開発するドイツのスタートアップUbitricityへ大型出資を行っている。また、2019年5月にはEVリソースをアグリゲーションするプラットフォームを開発するアメリカのスタートアップNuvveとジョイントベンチャーを設立した。
ユーティリティ企業のエネルギービジネスの知見や顧客チャネルなどをテコとし、スタートアップの充電インフラやスマートチャージプラットフォームを手中に収め、加速するEV市場拡大に対応して新しい収益源を得る動きはこれだけではない。イタリアのユーティリティ企業EnelによるアメリカのスタートアップeMotorWerksの買収や、フランスのユーティリティ企業EngieのオランダのスタートアップEV Box買収の例などが近年散見される。

このような大企業のスタートアップとの連携は、主に三つのステップからなる。スタートアップを対象としたビジネスコンテストの開催や、アクセラレータ・プログラムの実施、VC(Venture Capital)へのLP(Limited Partner※2)参画といった、情報収集・コネクション構築の段階(ステップ1)。ステップ1を通じて特定した有望スタートアップに対し業務提携やマイナー出資を行い、PoC(Proof of Concept※3)などを行う試行的な連携の段階(ステップ2)。ステップ2を経て、スタートアップへの大型出資やジョイントベンチャーの設立、買収を行い、新規事業を大きく育て上げる段階(ステップ3)。まさにこのステップ3が連携のゴールであり成果であるが、現状では日本でこの段階まで進んでいる事例は極めて少ない。
連携を試行段階で終わらせないためには、スタートアップと連携して実現すべきソリューションを明確に定めた上で、スコープを絞った連携を進めることが重要となる。
図 スタートアップとの連携ステップ
図 スタートアップとの連携ステップ
出所:三菱総合研究所
スタートアップは、通常の事業会社と異なり事業リスクが高い。スタートアップへの投資を専門とするVCのビジネスに目を向けると、著名なLPであるHorsley Bridge Partnersの例では、投資案件のうち約6%の案件が10倍以上の投資リターンを生み出し(=成功し)、それらがすべてのリターンの60%を占める一方、約半数は元本割れしているという[1]。すなわち、スタートアップ単体では極めてハイリスクであるため、投資先を多く持つことでリスクを分散しつつ、数少ないホームラン(=大成功する案件)により投資回収をするモデルであるといえる。これは事業会社によるスタートアップとの連携についても同様であり、新規事業の構築を目指す領域で有望な連携先を発掘するためには、その領域内で複数のスタートアップと連携を試み、リスクをヘッジすることが重要である。

一方で、日本に目を向けると、幅広い領域のスタートアップに少額を分散して出資をするケースが多い。限られた資本で可能な限り多くの領域で連携事例を生み出そうという狙いがあるためなのだろうが、このような関わり方では、前述の理由により、有望な連携先を発掘し新規事業構築・拡大というゴールに結びつくことが難しい。「同一領域、複数投資」が出資の原則である。
スタートアップとの連携は、新規事業構築・事業拡大の手段であり、連携自体が目的ではない。自社の戦略も踏まえてスタートアップとの連携が真に効果的な分野を特定し、限られた資本を集中的に投下することが重要である。

スタートアップとの連携による新規事業構築を成功に導くためには、戦略の立案と連携領域の特定、スタートアップの目利きと候補先の特定、PoCなどの連携の設計、また全社としての連携活動全体(スタートアップ・ポートフォリオ)のマネジメントなどの取り組みが求められる。これらの要素について、当社ではさまざまなご支援を通じ、特に環境・エネルギーというとりわけ政策依存が大きい分野において、シンクタンクならではの専門的知見を活かした貢献が可能である。
なお、当社ではオープンイノベーション・プラットフォーマーとして、社会課題を解決するためのイノベーション・エコシステムを確立する活動も推進している。社会課題の解決策を共創・実現するプラットフォーム「未来共創イノベーションネットワーク」[2]を提唱し、社会課題解決を目指すスタートアップを対象としたアクセラレータ・プログラムの実施や、スタートアップと大企業との共創によるビジネス開発などの支援を行っており、国内外の多数のスタートアップとネットワークを構築している。
これらの取り組みを通じて、日本企業の先進的なビジネス創出に今後も貢献していきたい。

※1 Vehicle to Grid:EVを電力系統に連系し、EVと系統との間で電力融通を行うこと。

※2 Limited Partner:資金額を責任限度とする出資者。ここではVC(ファンド)に資金を提供する外部投資家のこと。

※3 Proof of Concept:概念実証を意味し、新しいビジネスアイデア等が有用であることを示すために実際に検証を行うこと。

[1]Ben Evans, “In praise of failure”,
https://www.ben-evans.com/benedictevans/2016/4/28/winning-and-losing(閲覧日:2019年6月20日)

[2]三菱総合研究所 未来共創イノベーションネットワーク
https://incf.mri.co.jp/