ドラッグリポジショニングによる創薬力の復活

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2020.6.16

経営イノベーション本部相引梨沙

1. 新型コロナウイルス感染症の治療薬開発

1.1 治療薬開発において注目される動向

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)が世界で蔓延するなか、すでに承認されていたり、開発中である既存薬を新型コロナウイルス感染症治療薬に転用する開発が活発化している。

具体的には、「レムデシビル」(Gilead Sciences)、「アビガン」(富士フイルム富山化学)、「バリシチニブ」(Eli Lilly)などが挙げられる。これらは本来それぞれ別の疾患を対象とする治療薬であるが、新型コロナウイルス感染症の治療においても有効であるとして早期承認・実用化に向けた動きが進んでいる。
表1 開発中の新型コロナウイルス感染症治療薬(一部)
表1 開発中の新型コロナウイルス感染症治療薬(一部)
出所:三菱総合研究所作成

1.2 既存薬がなぜ効果があるのか

レムデシビル、アビガンはともに抗ウイルス薬で、RNAポリメラーゼというウイルスの複製に必要な酵素を阻害しウイルスの増殖を抑制する薬である。抗ウイルス薬の作用機序を図1に示す。

またバリシチニブは、炎症反応に関わるJAK(ヤヌスキナーゼ)酵素を阻害することで症状を抑える薬である。ウイルス感染後に引き起こされる過剰な炎症反応(サイトカインストーム)を抑制することで重症化を阻止する。(新型コロナウイルス感染症治療薬などに関する情報についてはコラム「ウィルス性感染症に関する基礎の基礎」でも記載。)
図1 抗ウイルス薬(レムデシビル、アビガン)が作用する仕組み
図1 抗ウイルス薬(レムデシビル、アビガン)が作用する仕組み
出所:三菱総合研究所作成

2. 注目されるドラッグリポジショニング

2.1 ドラッグリポジショニング市場の動向

前述のような既存薬を転用して新たな疾患の治療薬として開発する方法は「ドラッグリポジショニング(以下、DR)」と呼ばれている。DRとは、既存薬や開発中もしくは開発中止となった医薬品・化合物(以下、既存の医薬品)を活用し、当初想定していた疾患とは異なる疾患の治療薬として転用する開発手法のことである。

詳しくは後述するが、DR自体は以前から、新薬開発の一手法として存在していた。今回、新型コロナウイルス感染症の治療薬として早期開発への期待が高まるなか、その開発手法であるDRが注目されている。

まず、マクロ的な観点からDR市場をみてみると、世界市場は拡大傾向にあり、2016年時点の予測では、2015年の244億米ドルから2020年に313億米ドルに達することが見込まれている。

また、世界のDR関連の論文は過去20年間で急増(約160倍)しており、5年前と比べても約3倍の件数が発表されている。今後、これらの研究成果が実用化につながれば、上記の市場規模は将来的にさらに拡大することが期待される。
図2 世界のドラッグリポジショニング関連論文件数
図2 世界のドラッグリポジショニング関連論文件数
出所:三菱総合研究所作成

2.2 ドラッグリポジショニングの成功例

DRという開発手法自体は、以前から存在しており成功事例も少なくない。
実はDRによって産み出された身近な製品には、例えば抗血小板薬「アスピリン」、発毛剤「ミノキシジル(製品名:リアップ)」が挙げられる。

「アスピリン」は19世紀から解熱鎮痛剤として普及していたが20世紀後半に抗血栓効果が確認され、現在では抗血小板薬として心疾患の予防のために広く使用されている。また、発毛剤のミノキシジル(リアップ)は高血圧の治療薬として開発中に偶然治療を受けた患者に発毛効果が認められたことから研究開発され、発毛剤としても販売・使用されるようになった。

こうした成功例の多くは、意図的に別の治療薬開発のねらいがあったものではなく、偶発的に発見されたケース(偶発的発見型)であった。だが近年では偶発的ではない、科学的エビデンスに基づく「戦略的導出型」のDRが加速している。具体的には、化合物データ、臨床データ、学術論文などのさまざまな医療データをビッグデータとしてAIで解析することで効率的に有効な新規治療薬候補を発見し、実用化する取り組みが進められている。

世界ではグローバル大手製薬企業がAI創薬ベンチャー(BenevolentAI(英国)、Atomwise(米国)など)と連携しDRによる創薬を積極的に行っている(取り組みの詳細は後述)。

また国内でも同様の動きがある。例えば、武田薬品工業はその他の国内製薬企業に先駆けてDRに着手しており、近年では米国のAI創薬ベンチャーNumerateやMIT(マサチューセッツ工科大学)などと連携している。アステラス製薬では、米国のAI創薬ベンチャーBiovistaと提携して同社の化合物の新たな適応をBiovistaのデータプラットフォームClinical Outcomes Search Space(COSS)で探索する活動などを展開している。
表2 ドラッグリポジショニングの開発パターン
表2 ドラッグリポジショニングの開発パターン
出所:三菱総合研究所作成

2.3 ドラッグリポジショニングのメリットと3つのポイント

戦略的DRが世界中で活発に行われている背景として、急激に膨れ上がった新薬開発コスト(期間・費用)が製薬企業にとって重荷になってきたことが挙げられる。一般的に新薬開発には10~15年以上の期間と数百~数千億円単位の費用がかかる上、その成功確率も1%未満といわれている。

一方、DRでは短い期間で研究開発費用を抑えて医薬品の開発ができる。

既存の医薬品はすでに基本的な安全性が確認されていることから、DRでは非臨床での安全性試験などを行わずに臨床試験に進むことができる。また、新しい医薬品をゼロから開発する必要がないため研究開発費用を抑制できる。開発する製品によって幅はあるが、DRでは新薬開発に必要な期間を3~12年、費用を50~60%削減できるとの報告もある。
図3 従来の新薬開発プロセスとドラッグリポジショニングにおけるプロセス
図3 従来の新薬開発プロセスとドラッグリポジショニングにおけるプロセス
出所:三菱総合研究所作成
前述のDRによるメリットを最大化させるためにポイントとなる要素が3つある。

第一に、製薬企業からのデータ共有・公開である。DRによる新薬開発のためには、既存の医薬品のデータ(化合物データ、臨床データ、学術論文等)が必須である。例として製薬企業の保有する化合物ライブラリーが挙げられる。新薬開発において化合物ライブラリーは新薬の素が蓄積された非常に貴重なデータベースである。そのため、これまでは各製薬企業で秘匿情報として取り扱われ、外部に公開することなく主に自社での新薬開発に用いられてきた。しかし新薬開発に多大なコスト(期間・費用)が必要となるなか、例えば業界他社やベンチャーなどの外部と連携したオープンイノベーション推進など、いかに効率的に開発するかが重要となっており、そのために必要なデータの共有・公開がポイントとなる。

第二に、膨大なデータ(化合物データや臨床データ、学術論文など)の解析技術が挙げられる。既存の医薬品から新たな治療効果を発見するためには、膨大なデータを効率よく解析する技術が必要となる。

第三に、いかに実際のヒトにおける疾患状態をより正確に再現してその効果を検証するかが重要で、DRによる新薬開発の成功率向上につながる。

2.4 ドラッグリポジショニングのポイントをめぐる取り組み

DRを促進させる3つの要素について、それぞれ先進的な取り組みを述べる。

①製薬企業からのデータ共有・公開:業界横断型での化合物ライブラリーの整備・運用

DRに必要なデータの共有・公開のため、業界横断型での化合物ライブラリーが整備・運用されている。

米国ではいち早くライブラリーの構築が進められ、2004年からNIH(米国国立衛生研究所)がMolecular Libraries Initiativeを開始し、化合物ライブラリーやスクリーニングセンターを整備した。
2010年代には、国内外で製薬企業同士が化合物ライブラリーを交換・利用し始め、さらに近年では製薬企業だけでなくアカデミアやベンチャー企業などにまで、データ共有が拡大してきている。

日本では、2015年にAMED(日本医療研究開発機構)が「産学協働スクリーニングコンソーシアム(DISC)」を開始し、AMEDの創薬支援事業で生み出されたアカデミアの創薬シーズ実用化に向け、国内製薬企業22社が提供した約20万化合物を保有するライブラリーを構築している。
また2017年には、大手製薬企業3社(アステラス製薬、田辺三菱製薬、第一三共)がDRによる新薬創出を目指し、開発中止となった化合物のライブラリー「JOINUS(Joint Open INnovation of drUg repoSitioning)」を共同で構築した。研究機関やベンチャーなどにデータを提供し、オープンイノベーションによる新薬開発を目指す動きがみられている。

②膨大なデータの解析:AI活用

DRでは化合物データや臨床データ、学術論文など、膨大なデータを解析する必要があり、網羅的かつ効率的に新たな効果を探索するためAI活用が模索されている。
DR創薬におけるAI活用は世界中で活発に行われており、大手製薬企業とベンチャーの連携が活発化している。

英国のAI創薬ベンチャーBenevolentAIは、Johnson&Johnsonなど、複数の大手製薬企業とライセンス契約し、開発中の薬剤などを対象に、その他の疾患に対する新たな効果を発見、開発につなげる取り組みを推進している。同社は、新型コロナウイルス感染症の治療薬開発においても成果を挙げている。同社が開発したAIにより、前出の関節リウマチ治療薬「バリシチニブ」(Eli Lilly)が新型コロナウイルス治療薬として有効である可能性が計算上示された。現在、有効性と安全性を検証するための臨床試験が実施されており、早ければ6月下旬にも結果が明らかになる見込みである。

日本でも、AIを活用した新型コロナウイルス感染症治療薬開発が行われている。国立感染症研究所、産業技術総合研究所、東京理科大学など25の研究機関による共同研究で、AIにより約300の既存承認薬の中から新型コロナウイルス感染症の治療薬候補を絞り込んだ。抗エイズウイルス(HIV)薬「ネルフィナビル」と白血球減少症治療薬「セファランチン」の併用により新型コロナウイルスの増殖を抑制できる可能性が見出され、コンピュータによるシミュレーションおよび細胞実験で確認された。今後の臨床試験実施が目指されている。

③再現性の高い疾患モデルによる効果検証:ヒト幹細胞活用

DRによる新薬開発の成功率を向上させるため、ヒト幹細胞の活用拡大が今後期待される。

通常、医薬品や化合物の治療効果を確認するためには一般的な動物やヒトの細胞を用いた疾患モデル(例えば、がんなどの病変を再現した細胞)が用いられている。ヒト幹細胞から作製された疾患モデルは一般的な細胞を用いたものに比べて病態が忠実に再現されており、より高精度に治療効果を確認することができ、新薬開発の成功率を向上させることができる。

ヒト幹細胞を活用したDRとしては、日本においてパーキンソン病治療薬「ロピニロール塩酸塩」や慢性骨髄性白血病治療薬「ボスチニブ」が、筋萎縮性側索硬化症(ALS)治療の候補薬であることが見出され、現在治験が実施されている。

3. 創薬力の復活に向けて

今回、治療薬開発にスピーディーさが求められるパンデミック発生によりDRが注目を集めたが、DRによって新型コロナウイルス感染症に限らず、幅広い疾患の新たな治療薬を短期間・低コストで開発できる可能性がある。

グローバル大手製薬企業が、豊富な資金と研究開発リソースを活かして次々に新薬を創出しているなか、国内製薬業界は新薬開発において遅れを取っている。だが、戦略的導出型DRによる新薬開発を推進するインフラ構築(既存の医薬品に関わるデータの整備、業界内での共有・公開の仕組みづくりなど)に取り組むことで効率的な創薬が実現でき、新薬開発における遅れを解消できるだろう。さらに昨今進みつつある、大手製薬企業とベンチャー間の連携(オープンイノベーション)を加速させることで国としての創薬力復活の道も見えてくる。日本全体で創薬力を向上させ産業競争力を強化するためにも、DRのインフラ構築と戦略的活用が有効であると考える。

4. 参考文献

1)BCC Publishing “Global Markets for Drug Repurposing” 
https://www.bccresearch.com/market-research/pharmaceuticals/drug-repurposing-markets-report.html(閲覧日:2020年6月1日)
2)PubMed
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/(閲覧日:2020年6月1日)
3)Nature, “New uses for old drugs”, 2007/08/08
https://www.nature.com/articles/448645a(閲覧日:2020年6月1日)