ウイルス性感染症に関する基礎の基礎

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2020.6.3

経営イノベーション本部中村裕彦

1. はじめに

新型コロナウイルスは、2019年末に感染者の発生が確認されて以後急速に世界に拡散し、全世界の社会・経済に大きなインパクトを与えている。このような事態は、世界人口の増大(76億人)、グローバル化の進展、都市化の進展、交通インフラの発達といった、現代社会を特徴づける要素が裏目に出た典型である。多くの国々が、入国拒否や市民の移動制限、感染リスクのある活動の禁止措置など、個人の基本的権利や経済を犠牲とする緊急事態対策を発動させることで感染者の増加ペースは衰えつつあるが、未だ予断を許さない状況が続いている。

過去の感染症流行時とは異なり、現在ではインターネットにアクセスできる環境とそれに付随するサービスによって、情報流通に大きな制限を受けることがないことは幸いである。さまざまな機関・メディアが、ウイルスに関連した情報を発信しており、未知のウイルスに対し、われわれがどのように対処すべきか、相当に深いレベルで知識を得ることができ、不安の軽減につながっている。

これらの情報源の多くは、科学的な正確さを重視しているため、内容を把握するためにはある程度の基礎知識が必要な場合が多い。また情報量が豊富であるがゆえに、必要な情報を得るためにはそれなりの時間を要する。加えて、新型コロナ関連情報はあまりに情報源が多く、伝聞レベルの情報や意図的なフェイクニュースも相当量流通しているため、情報の真偽を判断することが容易ではない場合がある。

ここでは新型コロナウイルスやインフルエンザウイルス等によるウイルス性感染症に関する記事などを読む際に、前提として身に付けておくべき基本的な知識をまとめた。かなり丸めて簡潔に記載したため、例外や科学的な厳密性に欠ける箇所がある。個々についてより正確な知識が必要な場合、文末に挙げた書籍等を参照していただきたい。

2. ウイルスとは

感染症は、真菌や原生動物などの微細生物、細菌、ウイルスにより引き起こされる。微細生物、細菌は生物であり、細胞を最小単位としている。その意味で、ウイルスは生物ではないが、細胞に感染した際にのみ、自己複製、増殖など、生物的に振る舞う。

ウイルス、特にヒトに感染するウイルス(インフルエンザウイルスや新型コロナウイルス等)は概ね0.02~0.3μm程度の大きさであり、光学顕微鏡では見ることができない。通常のフィルタでは分離することもできない。

生物が、遺伝物質としてDNAの2本鎖のみを使用しているのに対し、ウイルスは遺伝物質としてDNAを使うものやRNA(1本鎖、2本鎖)を使うものがある。今回のパンデミックの原因となった新型コロナウイルスやインフルエンザウイルス、麻疹ウイルス、エボラウイルスなどはRNAの1本鎖を遺伝物質として用いている。ちなみにヘルペスウイルスや天然痘ウイルスはDNAウイルスである。ウイルスの遺伝物質は蛋白質の殻(カプシド)に囲まれている。また、ヒトを含めた動物に感染するウイルスは、カプシドの外側に、宿主細胞の細胞膜からなるエンベロープを持つものが多い。

ウイルスが細胞に感染し、増殖するプロセスは概ね以下の通りである。
  1. エンベロープの一部にはウイルスの蛋白質が露出しており、これが、宿主の細胞膜にある特定のタンパク質と特異的に結合し、これを足掛かりに細胞内に侵入する。
  2. 侵入したウイルスは、エンベロープとカプシドを脱ぎ捨て、自身のRNAを細胞内に放出する。
  3. このRNAは細胞の中の物質やリボゾームなどを利用して自分のコピー部品(RNA本体、蛋白質等)を大量に合成する。
  4. これらの部品は細胞内で再度、大量のウイルス粒子として再構成され、宿主細胞の細胞膜を自分の周りにまとって細胞外に出る。
RNAはDNAよりも不安定である。またRNAを複製する分子はDNAを複製する分子よりも複製過程でミスを起こしやすい。更に、RNA1本鎖の遺伝物質は、エラーが生じた場合に元の状態に戻すこともできない。加えて、ウイルスの増殖は極めて速い。このような特徴のため、特にRNAウイルスはかなり急速に変異する。

3. ウイルスからの感染予防法

ウイルスは、細胞の外では決して長時間感染力を維持することはできない。細胞に感染する際の足掛かりとなる蛋白質は熱や酸化剤等に弱いため、容易に変性し、感染できなくなる。特に、エンベロープを持つ新型コロナウイルスやインフルエンザウイルスなどは、表面の脂質2重膜が壊れれば活性を失うため、石鹸やアルコールに弱い。また、遺伝物質であるRNAは短波長の紫外線(UV-B、UV-C)に弱いため、比較的弱い紫外線照射で容易に活性を失う。

これらの理由により、アルコールや石鹸による手指消毒、次亜塩素酸等による化学処理、UV殺菌などがウイルスの不活化に有効であるが、いずれもウイルス種によって不活化条件が異なるため、適切な条件かつ適切な手順で使用しなければ感染防止効果は弱まる。抗菌・抗ウイルスを謳っている商品の中には、この条件を満たしていない(記載していない)ものが散見されるので、注意が必要である。

なお、インフルエンザウイルスや新型コロナウイルスなどのように飛沫感染、エアロゾル感染、接触感染をするウイルスは、最初に呼吸器系の細胞に感染する(感染の足場となる細胞表面の分子種は異なる)。マスクを装着することにより自身からの飛沫やエアロゾル発生を抑制できる上、対面の感染者からの飛沫やエアロゾルが呼吸器細胞に到達することをある程度防ぐことができる。ただし、正しい使用法に則った正しい装着ができていることが前提となる。なお、微粒子の捕獲性能が高いN95マスクを正しく装着したとしてもウイルスを完全に遮ることはできないため、ハイリスクな環境に近づかないことが何よりの感染防止対策である。

4. 検査

一般のウイルスは光学顕微鏡で観察することはできないため、検査方法が重要となる。新型コロナウイルスに関連して良く耳にする検査として、抗原検査、血液抗体検査、PCR検査がある。

抗原検査はウイルス粒子が持つ固有のタンパク質を抗原抗体反応等で検出するもので、鼻のぬぐい液や唾液などにウイルス粒子が存在するか否かを調べるものである。最近、国内でも新型コロナウイルス用抗原検査キットが承認され、市販された。相対的に感度は低い。

血液抗体検査は、血液中に該当ウイルスに対する抗体があるか否かを調べるためのものであり、該当のウイルス疾患への耐性を見ることができる。ただし、抗体があれば再感染はしないということではない。

PCR検査は、鼻ぬぐい液や唾液などに該当ウイルスが存在するか否かを調べるものである。液中に含まれる該当ウイルス固有のRNA遺伝子情報をDNAに変換し、指数関数的に増幅させた上で遺伝子配列を読み取るというもので、正確にはRT-PCR検査という。本来、PCR法は研究用ツールであるため、試料の前処理や分析にスキルと時間を要するが、近年、装置の全自動化が進展している。これを導入することで、専門技術者の大幅な増員をせずに検査能力の大幅な向上が可能となると期待される。

ただし、これら医療用の検査全般に言えることであるが、検査は100%正確ではないことに留意する必要がある。検査法には感度(疾患がある場合に正しく疾患があると検出できる確率)と特異度(疾患が無い場合に正しく疾患がないと検出できる確率)という指標と、検査対象の集団における実際の感染者比率との兼ね合いで、偽陽性や偽陰性といった誤った診断結果の発生比率が大きく変わる。加えて、PCR検査などでは、感染初期にはウイルス数が少なすぎてそもそも検出ができない。ある程度後期になっても採取を正しく行わなければウイルスを得ることはできない。

このようなことを考えると、医師の判断に基づいた検査を速やかに実施できる検査体制の整備は必須であるものの、とにかく検査数を増やすべきであるような論調には疑問が残る。検査においては、訓練を受けた人が適切に検体を採取し、検査機器を使用し、品質保証することが重要である。一般人が無闇に検査を行い、陽性が出た場合に不安を煽るようなことはあってはならない。

5. ワクチン

適切なワクチンを接種することで、該当するウイルスに対する自己の免疫をつくっておき、実際にウイルスが侵入した際に早い段階で免疫を機能させることができる。ワクチンは、ウイルス性疾患に対する根本的な解決策となるため、大きな期待が寄せられている。

一口にワクチンと言っても、きわめて優秀なものと、あまり有効ではないものがある。優秀なワクチンの代表例としては麻疹や風疹などのワクチンがある。あまり優秀でないワクチンの代表例としてはインフルエンザワクチンがある。また、同一ウイルスに対するワクチンでも製造方法などにより効果や副作用の程度が異なる。新型コロナウイルスはRNA1本鎖のウイルスであることから、インフルエンザウイルスほどではないものの、それなりに早い変異速度を持つため、ワクチンが優秀ではないものになる可能性がある。

優れたワクチンが早期に開発されるか否かは何とも言えないが、仮に優秀でないワクチンであっても、接種による感染抑制効果や、感染時の重症化が抑制される効果が期待されることから、開発の意義は極めて高い。幸い、国内外で多くの機関により100を超える新型コロナウイルス用ワクチンの開発が進められている。効果的なワクチンが早期に開発されることが期待される。特にDNAワクチンやRNAワクチンなど、新たな技術に基づくワクチンの開発が成功すれば、以後のワクチン開発の流れが大きく変わる可能性がある。

なお、ワクチンによらない免疫獲得法として自然免疫の獲得があるが、重症化や死亡リスクがある疾患の場合、一定比率の重傷者・死者を許容するというものである。一部で試みられている方法だが、新型コロナウイルスのような場合に適切であったか否かは判断が分かれる。

6. 治療薬

新型コロナウイルスの治療薬として、アビガンやレムデシビルのようなRNAポリメラーゼ阻害薬(RNAの複製を抑制)が期待されている。ただし、「効果がある」の意味が、「退院までの日数が若干短縮される」、「重症化症状の一部が緩和される」というものであることは十分に理解しておくべきである。特効薬とは言えない。この事情は、インフルエンザ治療薬の場合も同様である。

また、炎症により過剰な免疫反応が出るサイトカインストームが、重症化の原因として指摘されているが、これを抑制するための医薬品(アクテムラなど)も症状緩和に期待が持たされている。これらの医薬品は他の多くの医薬品と同様、服用に伴う利益とリスクを踏まえて処方されなければならない。

例えば、今回の新型コロナウイルスのように、感染者の8割が無症状もしくは軽症の場合、退院までの期間が多少短縮されるメリットに比して副作用リスクが大きすぎるような状況も考えられる。医薬品を服用せず、安静にしていれば治癒するのであれば、副作用リスクの大きな医薬品を服用すべきではない。

重症化の可能性が高いハイリスク患者にとっては価値が高い医薬品であっても、軽症で済む患者にとってはそうではない場合があることは認識しておくべきである。

7. パンデミックに耐性のある社会に向けて

今後、グローバル化、都市への人口集中、交通の発達といった現代社会の変化は、一時的に停滞するかもしれないが、長期的には継続していくだろう。よって、新型コロナウイルスに限らず、新型感染症の発生は、今後も繰り返されることは避けられない。

今後の新型感染症に対処するため、グローバル化・都市化・交通量の増加の流れを前提とした上で、社会インフラレベルでは、適切な検査体制・治療体制の整備とパンデミックに強い経済システムの導入が、個人レベルでは、感染症を正しく認識し、適切に恐れる意識とマナーの醸成が必要となると思われる。

8. より詳細な情報について

今回まとめた情報は、主としてインフルエンザウイルスや新型コロナウイルスに関して、一般的な情報をかなり概観的に整理したものであり、例外が多数存在する。記載内容も、簡便さを優先し、厳密性はかなり犠牲にしている。より正確かつ詳細な情報に興味がある場合、さまざまな良質の情報が公開されているので、例えば、以下を参照していただきたい。
URL:
日本ウイルス学会「微生物学講義録 第15章 ウイルスと病気
http://jsv.umin.jp/microbiology/main_015.htm(閲覧日:2020年5月27日)
国立感染症研究所
https://www.niid.go.jp/niid/ja/from-idsc.html(閲覧日:2020年5月27日)
厚生労働省新型コロナウイルス感染症対策本部「SARS-CoV-2 抗原検出用キットの活用に関するガイドライン」
https://www.mhlw.go.jp/content/000630270.pdf(閲覧日:2020年5月27日)
科学技術振興機構 サイエンスポータル「100を超える新型コロナワクチン開発が世界で進む 実用化、普及目指し国際協力を」
https://scienceportal.jst.go.jp/news/newsflash_review/review/2020/05/20200522_01.html(閲覧日:2020年5月27日)
一般書籍:
1)加藤茂孝(2013)『人類と感染症の歴史』丸善出版
2)加藤茂孝(2018)『続・人類と感染症の歴史」丸善出版
3)山内一也(2018)『ウイルスの意味論』みすず書房
4)井上 栄(2020)『感染症 増補版』中公新書