コラム

カーボンニュートラル時代の原子力エネルギー

今後到来する廃炉時代に向けた三つの視点

経済合理性、立地地域の産業と安全規制
福島第一原子力発電所事故後の原子力

タグから探す

2020.7.31

原子力安全事業本部川合康太

カーボンニュートラル時代の原子力

日本での廃炉作業の本格化

東京電力福島第一原子力発電所(以下、「福島第一」という)の事故前に廃炉が決まっていた商用原子力発電所(商用プラント)は3基※1であった。2020年7月現在は、福島第一・第二を合わせて24基※2にものぼる。

とはいえ、廃炉を決定した多くの商用プラントでは本格的な解体工事がまだ始まったわけではない。その作業は工程全体で40年程度を要するとされ、大きく下図に示した4段階に分けられる。本格的な解体工事に入る前には、放射性物質を扱うがゆえに、汚染状況の調査や除染、使用済燃料の搬出などの解体工事準備期間が必要となる。
図 廃止措置※3 計画が認可された各原子力発電所の廃炉スケジュール
図 廃止措置計画が認可された各原子力発電所の廃炉スケジュール
クリックして拡大
出所:各電気事業者の廃止措置実施方針より三菱総合研究所作成
福島第一事故後に廃炉を決めたすべての商用プラントは現在、解体工事の準備をする第1段階の状態にある。一方、事故前に廃炉が決まっていた3基は、本格的な解体工事が開始される第2段階まで進んでおり、原子炉内の汚染状況調査や排気筒の解体工事などが行われている。今後、他の商用プラントでも個々の準備状況を考慮しながら、この3基をモデルケースとして廃炉作業が進んでいくと予想される。このスケジュールから読み取れるように、日本全体で廃炉作業が本格化するのは5~10年後である。

廃炉を取り巻く課題

廃炉に向けた準備が進む中、幾つかの課題が浮き彫りになってきた。廃炉は、放射線による被ばくを極力抑制しながらの作業となる点が、一般的な構造物の解体工事とは大きく異なる。日本で廃炉が完了した商用プラントの事例はなく、海外にその事例を求めるとしても、規制はもちろんのこと、原子力事業の運営体制やそれを支える産業構造が異なるため、そのまま日本に適用することはできない。

さらに現在、廃炉が計画されている原子炉の多くは、福島第一事故を踏まえて改められた新規制基準で求められる安全性を満たすために必要な工事の費用負担が重くのしかかっている。運転継続は採算が合わないとの判断のもと、当初の計画期間から前倒しで廃炉が決定されている。このことは、廃炉への取り組みをいっそう複雑にしており、とりわけ、経済合理性と電源立地地域の産業に影響を与えている。今後到来する本格的な廃炉作業に向けて、経済合理性の追求、電源立地地域の産業への影響に注目するとともに、適切な安全規制制度についてその導入の在り方にも触れたい。

廃炉時代に向けた新たな視点

(1) 経済合理性の追求

それ自体で利益が発生しない廃炉作業に必要な費用は、消費者が支払う電気料金の一部から積み立てられてきた。しかし、当初の予定を繰り上げて廃炉を決定した商用プラントの場合、その資金が十分でない場合がある。また、仮に廃炉作業が計画より長期化し、コストがかさんだ場合には、資金の不足分を託送料金※4として消費者が負担※5しなければならない可能性もある。そうした事態に陥らないよう、経済合理性を追及していく必要があるが、その鍵の一つはプロジェクトマネジメントであろう。綿密な計画を練り上げ、計画実行に必要な実施体制とリソースを確保した上で作業を確実に進めることによって、コストオーバーランの発生を防止する。理想的には、コスト抑制を推し進めていく必要がある。

(2) 電源立地地域の産業への影響

原子力発電所の建設・運転・保守は、地元の理解と協力のもとで成り立ってきた。その理解と協力を長期に支えてきた背景に、立地地域の産業との共生が指摘される。しかし、これから生じる廃炉へのシフトは、長期的に地域産業に大きく影響を及ぼす可能性がある。廃炉時代の新たな産業構造および廃炉後の新たな地域産業の在り方を見据え、地域特有の事情や当該地域における原子力利用の将来動向、多様なステークホルダーの関係性を見極めた上で、地域産業の廃炉への関わり方について最適解を導き出すことが必要だ。

(3) 適切な安全規制制度の導入

廃炉の実施に当たっては、安全性の確保が最も重要である。その際、リスクの大小に応じた規制を行うことが、限りある人的リソースの実効的な配分、ひいては廃炉作業の円滑化と安全確保の両立につながる。すなわち、放射性物質が存在するなどリスクが高い部分には規制を手厚くする一方、使用済燃料の搬出が完了したプラントはリスクが低下しているため、その低下度合いに応じた規制を適用すべきである。リスクに応じて安全規制も最適化することが、廃炉工程全体の安全性を高める観点からも重要である。
これらの課題には、廃炉の当事者である電気事業者だけでは対応できない。国や自治体といった関係者とともに今後のあるべき将来像を議論する場も必要だ。そして、関係者の合意のもと、課題解決に向けた具体的なアクションプランを策定し、着実に推進させることが不可欠となる。三菱総合研究所では、原子力安全の向上とともに、廃炉や地域共生に向けて継続的に取り組む国や自治体、電気事業者をはじめとする顧客の課題解決を支援している。
本連載コラムでは今後、本稿で取り上げた3つの視点を取り巻く課題の解決に向け、その筋道を解説する。来るべき廃炉時代に備えたい。

※1:3基とは、日本原子力発電東海発電所、中部電力浜岡原子力発電所1・2号機のこと。

※2:経済産業省資源エネルギー庁「日本の原子力発電所の状況」
https://www.enecho.meti.go.jp/category/electricity_and_gas/nuclear/001/(閲覧日:2020年7月27日)

※3:「廃止措置」とは運転・操業が終了した原子力施設を解体し、最終的には跡地を有効利用できる状態にすること。原子力発電所に対する廃止措置を、一般に「廃炉」と呼ぶ。

※4:託送料金とは、電力を送るための送配電ネットワークの利用料金のこと。電力を消費者に届けるためには、送配電ネットワークを利用しなければならないため、託送料金の支払いは義務といえる。

※5:原子力発電所を円滑に廃炉にするための費用として、需要家が原子力発電事業者に経済産業大臣の承認を受けた額を電気料金(託送料金)の一部として支払うこと。廃炉円滑化負担金という。