コラム

カーボンニュートラル時代の原子力エネルギー・サステナビリティ・食農

S+3Eの観点から見た原子力の役割・位置づけ

コロナ禍の欧州の事例にみる再エネ調整力としての可能性
福島第一原子力発電所事故後の原子力

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2020.9.3

エム・アール・アイ リサーチアソシエイツ小澤 直

原子力安全事業本部鈴木清照

カーボンニュートラル時代の原子力

はじめに

世界的に再エネ電力の導入が進み、日本も含めた各国の電源ミックスや電力システムの在り方が変化している。こうした状況において、ベースロード電源として活用されてきた原子力の役割・位置づけも変わりつつある。本コラムおよび今後の連載コラムでは、電源に求められる「S(安全)」+「3E(安定供給、経済性、環境性)」の確保の観点から、原子力の役割、特に将来的に大きな変化が予想される電力システムの中で発揮しうる新たな役割に注目し、国内外の事例を紹介する予定である。

第1回となる本コラムでは、コロナ禍における電力需要の急激かつ大規模な変動に対して、電源構成における再エネと原子力の比率が対照的な、ドイツとフランスで何が起きたのかを概観するとともに、電源のS+3Eの問題に力点をおいて考察する。

コロナ禍による電力システムへの影響

2020年初め以降、全世界で新型コロナウイルス感染症が拡大した。3月以降は、欧米諸国を中心にロックダウンなどの厳格な感染拡大防止策が講じられたことで、経済活動が停滞し、これに伴い電力需要も低下した。電力はためておくことができず、需要と供給を同時同量でバランスをとるようにしなければ停電が発生してしまう。電力は、医療現場や家庭など社会のあらゆる場面で利用されており、停電を発生させないためには、どのような状況においても需給をバランスさせるための調整が求められる。通常時にも、季節要因などに基づいて需給変動に応じた調整は行われているが、コロナ禍のような突発的な非常事態では、より大規模な調整が必要となる。

ドイツとフランスにおける電力需要低下の状況とその対応

ドイツ

ドイツでは脱原子力と低炭素社会の実現を目指して再エネ発電が急拡大しており、総発電電力量の30%超を再エネで賄っている。原子力は12%程度にとどまっており※1、いまだ総発電電力量の50%超は石炭火力とガス火力、すなわち化石燃料に頼っている(図1)。

ドイツでは3月後半以降ロックダウンによって、電力需要が10%程度減少したが、風力発電と太陽光発電の出力が2日間にわたって2,000万kW急増するケースが発生した。ドイツでは再エネが優先的に系統に接続されるルールであるため、再エネが増大するケースでは、石炭火力などの電源による調整が優先される。しかし、再エネの出力急増には対応することができず、電力が供給過剰となり、卸電力価格はマイナスに落ち込んだ※2。そのため、多くの発電事業者がマイナス価格で電力を販売、つまりコストを支払って市場で引き取ってもらうという事態に陥った※3。また、余剰電力を、遠く離れた需要地に送るための系統運用コストも発生した※4
図1 ドイツにおける発電電力の内訳
図1 ドイツにおける発電電力の内訳
出所:IEA, World Energy Balances 2019 Edition

フランス

フランスは国内で56基の原子炉が稼働しており、総発電電力量の70%程度を原子力で賄っている。現政権は原子力比率を2035年までに50%まで縮減する方針であるが、それ以降も低炭素電源として原子力を維持し続ける。残る20%程度を再エネが占め、化石燃料は10%程度にとどまる。なおフランスの場合、再エネの半分は水力発電が占める。近年拡大している太陽光や風力の比率は8%程度とドイツに比べると少ないことも特徴である(図2)。

フランスにおいてもロックダウンによって、電力需要が15~20%程度減少したが、ドイツと同様にロックダウン期間中に風力発電の出力が2日間で1,000万kW増大した。フランスでも再エネ電力の優先的な接続が行われているが、再エネ発電の増大分は原子力発電所の負荷追従運転※5によって調整された。つまり、風力発電の出力が1,000万kW増大した2日間、原子力発電の出力を1,400万kW分減少させることで、電力の供給過剰を抑制した。この結果、ドイツのような卸電力価格がマイナスに落ち込む事態はほとんど生じず、マイナス価格をつけた場合でも、ドイツに比べてマイナス幅がはるかに小さかった。
図2 フランスにおける発電電力の内訳
図2 フランスにおける発電電力の内訳
出所:IEA, World Energy Balances 2019 Edition

非常事態時におけるS+3Eの観点から見た原子力

コロナ禍のような非常事態は極めて例外的であるかもしれない。しかし、発生頻度が極度に低い事態だとしても、需給の同時同量バランスの実現によって安定供給を維持できるよう備えておくことは、電力システムが満たすべき必須要件といえる。

電力を含めたエネルギー供給においては、S(安全)+3E(安定供給、経済性、環境性)の確保が必要であるが、コロナ禍におけるドイツとフランスの電力システムの状況は、再エネ電力を優先的に系統接続する場合に、柔軟に調整力を確保することの重要性を示しているといえる。

電力システムは政策方針や技術進展も踏まえて変化するものであり、将来的に経済性のある蓄電技術が開発・普及されれば電力システム構成は大きく変化するだろう。しかし足元では、S+3E確保の観点で最適な電源構成を可能とする電力システム設計を、蓄電技術の開発動向を勘案しつつ、現在利用可能な技術をベースに行っていくことが必要となる。

フランスの原子力活用の特徴は多数の原子炉で負荷追従運転を行い再エネの調整力にすることにあるが、現状はどの国においても採りうる選択肢ではない。しかし今後は、経済的な蓄電技術が普及し再エネ中心の電力システムが構築されていく。原子力の安全性を飛躍的に高めるとともに出力制御を容易に行える技術革新を促すことで、低炭素電源である原子力をベースロード電源ではなく、調整力として活用する余地もある。

近年、米国、カナダ、英国などを中心に小型モジュール炉(SMR)開発が進められている。この開発においては、炉心溶融といった過酷事故が極めて起こりにくい設計を施しつつ、単に分散型電源や負荷調整電源として活用するだけでなく、熱供給や水素製造など発電以外の用途で活用することも想定されている。このような動向は、これまでのベースロード電源としての原子力の役割を、再エネ中心の電力システムの在り方を考える中で再定義しようとする取り組みともいえるのではないだろうか。

※1:国内で運転中の6基の原子炉は2022年までにすべて閉鎖される予定である。

※2:例えば2020年3月22日13時時点でマイナス5.5サンチーム(約7.0円)/kWhまで落ち込んだ。

※3:電力の市場価格がマイナスとなることが予測されていても、運転を停止した後に通常運転復帰にかかるコストが増加すると判断される場合、発電事業者は損失が最小となる範囲で発電を継続することがある。

※4:ドイツでは再エネ発電は発電適地である北部に立地しているが、電力需要の大きい工場地帯は南部に位置している。北から南への送電系統の整備が進んでいないため、系統上での電力の付け替えなどの調整が実施される。

※5:電力消費量(発電システムにとっての負荷)の短時間での変動に対応した出力調整を行う運転方式。