コラム

カーボンニュートラル時代の原子力エネルギー・サステナビリティ・食農

原子力地域における共依存関係からの脱却:地域共生2.0に向けた提言

福島第一原子力発電所事故後の原子力

タグから探す

2020.11.13

セーフティ&インダストリー本部柳川玄永

カーボンニュートラル時代の原子力

はじめに

半世紀前の石油危機の折、海外依存度の高い石油エネルギーからの脱却が急務とされ、政府は海外で運用実績があり、国内でも導入され始めた原子力エネルギーに大きな期待を寄せた。一方、被爆国である日本においては、原子力に対する平和利用の機運は徐々に浸透しつつも、放射能漏れ事故などもあり、原子力発電所の安全性を危惧する声も上がっていた。

そのため、政府は、原子力導入に関する国民への理解・啓発活動を進めていった。こうした活動の中でもとりわけ重要な課題が、発電所建設が想定された地域の方々に対して、その必要性を理解してもらうことであった。

本稿では、半世紀にわたる原子力発電所と地域との関係性を概観した上で、その後の社会経済環境の変化を踏まえた新たな姿を「地域共生2.0」と名付けて提案したい。

1.原子力発電所をめぐる共依存関係の成立(1970年頃~)

私たちの社会経済を支える電力需要に応じ、その安定供給を図るため、国は1974年に電源三法交付金制度※1を立ち上げた。

この制度は、発電施設などが所在する地域を支援するために制定された、交付金・補助金などによる支援措置である。とりわけ原子力関連施設に対して手厚い。例えば、昨今のモデルケースとして、新規の原子力発電所を建設した場合、当該県や立地および近隣自治体などに単純平均で年間約25億円が交付されるという試算がある※2。この制度は、当初、発電所の「設置時期」が主要な交付対象であったが、徐々に「運営時期」へも対象が拡大した。地域に根ざした電気事業者(以下、「事業者」という。)による地元企業の積極的な活用や公共施設の運営支援などといった地域貢献とも相まって、人口流出や産業衰退などが懸念される地域の社会経済を下支えするものとして期待された。結果として、原子力発電所建設への大きな後押しとなったことは間違いない。

その一方で、こうした交付金・補助金をはじめ、固定資産税や建設・運転に伴う経済効果はもとより、産業基盤が脆弱(ぜいじゃく)であった地域にあって、原子力発電所との意図しない共依存関係を生み出しやすい土壌ともなった※3

2.「地域共生」コンセプトの登場(1990年頃~)

1990年代に入ると、チェルノブイリ原子力発電所事故などの影響により原子力の安全性への懸念が高まり、新たな原子力発電所の建設が滞った。当時の原子力発電所と地域との関係性について、1992年の国の審議会※4で「資金面等でのつながりはあるものの、基本的には切り離された関係となっている」との指摘がなされ、地域との関係にあたって事業者の有する人材や設備などの資源(ヒト・モノ)を積極的に活用していく「地域共生型発電所」のコンセプトが提案された。

これにより、資金面が中心であった支援関係から、発電所と地域社会との相互の関係性に着目した「共生」へと転換が図られた。具体的には、地域文化活動の支援や温排水の産業利用などへの取り組みが進んだ。しかし、このコンセプトでは地域の自立的な発展という側面が不十分であり、原子力依存構造からの脱却には至らなかった。

この時の関係性を、後のパラダイム転換の必要性を念頭に、「地域共生1.0」と呼ぶこととする。

3.社会経済環境の変化に伴う「地域共生1.0」の限界(2000年頃~)

2000年頃に入ると社会経済環境が大きく変化していく。

1995年から始まった電力自由化は徐々にその対象範囲を拡大し、電気事業の競争環境は厳しさを増した。さらに、2011年の東京電力福島第一原子力発電所の事故は、原子力に対する社会的な不信を招いた。原子力発電をめぐる事業環境が安全対策費の増大や発電所の長期運転停止により厳しくなる中、地域への貢献も変質を余儀なくされた。

原子力発電所が立地する地域の多くも、人口流出だけでなく、人口の自然減による過疎化と急激な少子高齢化、後継者不足や事業環境変化に伴う産業衰退の加速などにより、単に資金面などの手当てだけで課題解決ができる社会経済環境ではなくなった。さらに、原子力がいったん長期稼働停止すると交付金の減少のみならず、地域産業活動の大きな停滞を招くなどの恐れがある。このように、原子力政策や原子力世論の動向が地域経済に与えるインパクトが顕在化することとなった。

4.新たな「地域共生2.0」へのパラダイム転換の必要性(2020年~) 

このように、国・事業者・地域社会経済は、いまや大きな環境の変化に直面している。従前のような、原子力依存構造のもとでの一方向での協力関係を前提とする「地域共生1.0」では本質的な課題解決は難しい。そこで、次の2点をポイントとして、「地域共生2.0」へのパラダイム転換を図ってはどうだろう(図1)。

  • 地域と国・事業者が互いに依存する構造からの脱却、すなわち「自律」
  • 一方向的な補完関係としての協力ではなく、双方が成長できる取り組みにシフトする「共創」
図1 「地域共生1.0」から「地域共生2.0」へ
図1 「地域共生1.0」から「地域共生2.0」へ
出所:三菱総合研究所
これは従来のような事業者の資源(ヒト・モノ)にとどまらず、事業者が有する広範な今日的価値に着目した地域との共創に取り組んでいくことを想定している。そして、そのような活動を通じて、地域と事業者の両者の意識改革を進めることにより、原子力発電所の設置・運転への理解を地域に委ねる共依存関係から脱却し、お互いが自ら成長する新たな関係へと進化していくことを意図している。

もちろん、地域の社会経済事情は地域ごとに異なるし、事業者のおかれた状況も事業者ごとに異なる。そのため同じ「地域共生2.0」といっても、関係主体がどのような役割を担っていくのか、具体的にどのような地域像を描いていくのかは各地域で異なり、意識改革の進展状況でも変わりうる。そして、地域と事業者が各地域で育んできた長い歴史があるため、共依存からの脱却が容易ではないことは指摘するまでもなく、地域と事業者自身が誰よりも痛感しているところであろう。

それでも当社では、「地域共生2.0」は決して夢物語ではないと考える。地域として活用が期待される事業者の今日的価値と、事業者としての地域への事業機会の間には十分な接合点があるからだ。そこで、以降に挙げる具体的な今日的価値や取り組み案などを参考に、地域と事業者双方が認識共有・事業を進める場を作りつつ、次代の「地域共生2.0」に向けた勇気ある第一歩を踏み出すべきだ(図2)。

事業者の有する今日的価値としては、エネルギー業界の先導企業としての知見、地域全体の基幹インフラを担う公益企業としての俯瞰的視座、ビジネス感覚を有する民間企業としてのノウハウ、地場企業として有する関係各層との接点などに加え、退職後も地域に愛着をもった貢献意欲のあるOB・OG人材などである。

地域は、事業者の有するこれらの価値を活用したスマート農業・漁業の実証・導入、自動運転などを活用した地域交通のICT化、起業支援・移住支援、高度な防災環境の構築、新産業創出など、自らの社会経済状況・現状課題に鑑みた上で、地域の維持・発展につながる取り組みを検討・構想していくべきだ。一方で事業者は、例えば、下記のような自らの取り組みの必要性を機会と捉え、適切な経営資源を地域に投入することで、地域と事業者のwin-winの関係を目指していけるはずだ。

  • 廃炉に伴い発生する廃棄物に関連した産業の構築といった、事業推進上必要な取り組み
  • 防災機能の強化や地域貢献を希望するOB・OG人材の自己実現の場の提供など、立地地域だからこその可能な取り組み
  • 事業者として今後必要となるスマート農業・漁業の実証など、地域性を問わないパイロット事業
図2 「地域共生2.0」における地域と事業者の関係
図2 「地域共生2.0」における地域と事業者の関係
出所:三菱総合研究所
当社は、地域が抱える課題解決を目的とした調査・コンサルティングに長年取り組んできた。今後も、原子力と地域の関係をアップデートする「地域共生2.0」の実現に向けた施策、課題解決策について検討し、取り組んでいきたい。

※1:「電源開発促進税法」「電源開発促進対策特別会計法」「発電用施設周辺地域整備法」の総称。

※2:時期や規模などの条件によって大きく変わるが、平成28年度版「電源立地制度について」(資源エネルギー庁)では、モデルケースとして、立地可能性調査開始から運転開始40年後までの54年で、電源立地地域対策交付金1,340億円および原子力発電施設立地地域共生交付金25億円が県や立地自治体および近隣自治体などに交付される試算が掲載されている。

※3:地域にとっては社会経済を原子力発電所に依存する一方、国・事業者側も設置・運転への理解を地域に委ねる共依存の関係である。

※4:電気事業審議会・基本問題検討小委員会。