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外交・安全保障海外戦略

外交・安全保障 第17回:国際社会で進む「デジタル権威主義」の脅威

情報技術の適切な管理・規制で民主主義後退を抑制する

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2024.9.30

先進技術・セキュリティ事業本部加藤あかり

外交・安全保障
国際社会における「権威主義化」の実態を把握するとともに、権威主義化の抑制に必要な視点について考える。国際社会では自由民主主義は普遍的な価値・秩序とされており、それを脅かす権威主義化はその普遍的価値を損なうものである。しかし現代の権威主義化は、民主主義国家でも起こっている。また現代の権威主義国家の指導者は、デジタル技術や最新のAIを駆使し、より効果的・不透明な形で自らの政権をより堅固にしている。デジタル技術の進展により、自由民主主義は新たな脅威にさらされており、複数の民主主義国家がデジタル技術の不公正・不透明な利用を防ぐための管理・規制体制の整備に着手している。

国際社会全体で拡大する権威主義化の潮流

現在、国際社会全体での民主主義の後退※1・権威主義の伸長が指摘されている。このことを総称して「権威主義化」と呼んでいる。もっとも、昨今の「権威主義化」とは、ある国が軍部主導の政権交代などにより、完全な非民主主義国家に至ったことを指すのではなく、同一政権内や民主主義国家内でも徐々に偏向報道や司法における独立性の減退など、自由度の後退が見られる緩やかな変化を含んでいる。

急激な変化が起きづらくなった要因の1つに、冷戦以降、世界中で民主化が進んだことや、諸国が選挙制度の導入などにより、民主国家的な外形を保っている※2ことが挙げられる。選挙制度を維持しながら自由度の後退が見られる国もあるため、従前のように選挙制度の有無だけで「民主主義国家」「権威主義国家」を定義づけることが困難となっている。こうした経緯から、現在の「権威主義」国家は「自由民主主義でない」国家と捉えられることも多い。独裁国家などとは異なるため、実態を捉えにくい面がある。

また、民主主義の後退にはすでに自由民主度※3の低い国家がさらに独裁的な体制に近づくだけでなく、一般的に民主的だと考えられている国家において徐々に政治の透明性や市民の政治参加など、諸要素の自由度が低減することも含まれる。

当然、権威主義化はいわゆる西側諸国でも見られ、まさしく国際社会全体で起きている現象である。短い期間での一時的な民主主義の後退は各国で見られる現象だが、中長期的(15年程度)に前年比で民主主義指数が低下した国の数は増加している(図表1)。国数だけでなく、民主主義化する国に住む人口と比べて、権威主義化する国の人口が急激に増加している※4。権威主義化は各国の政治の透明性を損なうなどだけでなく、その各要素自体が国民のあらゆる自由や権利を後退させることを意味する。
図表1 世界の民主化、非民主化した国数の推移
世界の民主化、非民主化した国数の推移
出所:V-Dem「Democracy Report 2024」を基に三菱総合研究所作成

権威主義国指導者が用いる統治手段とは

権威主義(非民主主義)国家では、指導者が市民の熟議や公平・透明な選挙による正統性を獲得しておらず政権交代リスクが高く、政権を失った後の身分保障に欠けることが多い。そのため指導者の関心は政権維持※5に向けられる。このとき、指導者が用いる手法はさまざまだが、代表的なものに「正統化、抑圧、懐柔※6」がある※7※8

「正統化」とは、他のアクターが指導者を支持するように誘導する動きのことを指す。これによって指導者や政権が市民の支持を促し、なおかつ支持獲得を広く示すことで、指導者には民主的正統性が付与されることとなる。

「抑圧」とは、反対派の勢力をそぐことである。今後脅威となりうる、指導者・政権への批判や反対派の集結に関する情報を早期に検知して取り除いたり、他の市民のアクセスを遮断して無関係な情報を大量に流布・氾濫させたりすることで、批判的な情報を抑制する手段が考えられる。

「懐柔」とは、市民や周囲の人間が自身の反対派に転向することを防ぐため、社会・経済的な利益などを与えてガス抜きを図ることを指す。

これら3つは相互的に作用し、指導者が市民からの支持を安定的に得続ける効果をもたらし、結果として政権維持に寄与すると考えられている。市民への直接的な弾圧などの手法も依然としてあるが、昨今では「正統化」や「抑圧」が、主に情報を対象として間接的に行われ、市民の「表現の自由の後退」として表れることが多い。V-Dem報告書によると、2013~2023年にかけて最も後退した※9自由民主主義的要素上位10項目のうち、表現の自由に関する事項が5項目を占めており(図表2)、表現の自由の後退が顕著である。
図表2 過去10年で最も自由度が減退した事項
過去10年で最も自由度が減退した事項
出所:V-Dem「Democracy Report 2024」を基に三菱総合研究所作成
このことからも、昨今の権威主義化は、政権による表現の自由の侵害、すなわち情報への監視・遮断・介入などにより、強化・加速されていると考えられる。したがって、情報監視・遮断・介入の手法や動向を把握することは、権威主義化の理解に効果的と考えられる。

デジタル技術とAIが加速する現代の権威主義

デジタル技術を用いた、指導者の意図的な情報統制による政権の維持・強化は、従前から行われてきており、「デジタル権威主義」などと呼ばれてきた。こうした動向は、情報のやり取りが行われるインターネット環境が主なフィールドである。インターネット上で情報の拡散や遮断、追跡を行うことは、政権にとっては反体制派の追跡などに要するコストを大幅に下げるだけでなく、迅速かつ広範なアプローチが可能となる。

前項で述べた「正統化・抑圧・懐柔」にインターネット・通信技術を用いた情報操作が行われていることに加えて、最近では「情報の生成」と「追跡」の双方にAIが活用される。その結果、さらにコストが低減し、効果が高まっていると考えることができる。それぞれの手段に対応した主な手法とAIの活用方法、各国で見られる具体的な事例は図表3のとおりである。
図表3 権威主義の統治手法とデジタル技術の活用事例
権威主義の統治手法とデジタル技術の活用事例
出所:V-Dem「Democracy Report 2024」、Freedom House「Reports」を基に三菱総合研究所作成
指導者にとってAIやSNSを活用することの最大のメリットは、ファクトチェックや取り締まりが間に合わないような膨大な量とスピードで情報拡散が可能なことである。したがって、権威主義化の過程においてこうした技術は、社会・経済的な利益を与えて間接的に市民に介入する「懐柔」よりも、市民の情報や政治活動に直接介入する「正統化」や「抑圧」との相性が良いと考えられる。

「正統化」においては、政権の支持や反対派の不支持につながるコンテンツを容易に作成可能な生成AIが活用されている。また「抑圧」では、これまでコンテンツ・Webサイトごとに情報の遮断などを行っていたが、最近では反体制的な情報や活動家個人を、単体で容易に識別・追跡するAIが活用されている。いずれも権威主義化のプロセスにおける特徴的なAIの活用法である。また自国リソースのみで国家が主導して開発する「ソブリンAI※10」が普及すれば、そのAIに採用されるモデルやデータも国家の意図を反映させることが容易となるため、こうした活用傾向はさらに顕著となるであろう。

特に、インターネットやSNSが普及し、市民の政治参加フィールドとなっているような国では、こうした権威主義化の手法がより効果的であり権威主義化の進行も速い可能性がある。実際に、インターネットの自由指数※11とインターネット普及率※12の相関を確認すると、各国は大きく4分類できる(図表4)。インターネット普及率が低い国々は概して自由民主主義的でない傾向にあるが、この要因は情報介入などによる権威主義化ではなく、司法や選挙の著しい欠陥やクーデターなど別の要素があると考えられる。

ここで注目されるべきはインターネット普及率が高く、インターネットの自由指数が中程度の国々である。これらの国が一挙に権威主義化することを防ぐことが、国際的な権威主義化を抑制する一助となるのではないか。
図表4 インターネット上の自由とインターネット普及率の関係
インターネット上の自由とインターネット普及率の関係
出所:Freedom House「Internet Freedom Scores」、国際電気通信連合(ITU)「ICT statistics(2022年)」を基に三菱総合研究所作成

適正なAI利用で権威主義化の加速に歯止めを

前述のとおり、権威主義化の傾向や、指導者によるAIなどの情報技術の恣意的な利用は、自由民主的な国でも見られる。これらの情報技術は、西側諸国にとっても権威主義化をもたらす脅威となる可能性をはらんでいる。権威主義化の加速を防ぐためには、こうした技術の利用を適切に管理・規制することが有効と考えられる。

AIやインターネットの利用について国際共通の規制は存在しないが、各国がそれぞれの考え方に基づいて実施している。西側諸国は原則自由な利用を認めつつ透明性の確保や説明責任を課しており、一部の権威主義国家ではインターネットなどは国が管理するというスタンスを明確にしている。

米国では、政治的敵対者を威嚇したり、表現の自由を毀損(きそん)したり、ジャーナリストなどを監視したりするような用いられ方をする商用スパイウェア、およびそれを利用した企業、個人を規制している。英国、カナダ、EUでは公務員が生成AIを用いる際に、社会の公平性を損なう有害な情報や偽情報が含まれないような堅牢性・透明性の確保の要求や、個人の追跡・スコアリングへの利用の禁止がすでに定められている。

また、2023年にはG7が、高度なAIシステムへの対処を目的とした初の国際的枠組みとなる「広島AIプロセス」を立ち上げている。その国際指針の中では、偽情報の助長、民主主義の価値や人権に対する脅威への留意が求められている(図表5)。
図表5 権威主義的な情報統制に対するAIなどの主な規制
権威主義的な情報統制に対するAIなどの主な規制
三菱総合研究所作成
今後も権威主義化に利用されうる技術は、こうした適切な管理と規制によって自由民主主義の維持を浸透させることが求められる。また、そのためには民主主義国家であることで得られる国民の利益と、権威主義化することで損なわれる国民の利益を、市民や国家が深く認識することが不可欠となる。

※1:「政府に要求を実現させる市民の能力が著しく弱まる方向で、公式の政治制度や非公式の政治実践が変化すること」
Ellen Lust and David Waldner, “Theories of Democratic Change Phase I: Unwelcome Change: Understanding, Evaluation, and Extending Theories of Democratic Backsliding,” USAID, June 11, 2015, p. 67.

※2:エリカ・フランツ『権威主義 独裁政治の歴史と変貌』(白水社、2021年)

※3:自由民主度はV-Dem、Economist Intelligence Unit(EIU)、Freedom Houseなどの組織・機関がさまざまな変数から算出し、指数として数値的に表される。算出要素には表現の自由・身体の自由などの市民の権利に関するものや行政の機能、選挙プロセスなどがある。

※4:権威主義化する国が人口増加傾向にあり、民主主義化する国が人口減少にあるなどのファクターも含むため、一概に人口に比例して権威主義化する国の数が増えているわけではない。

※5:一般にアクターは指導者、市民、統治エリート(指導者と同じ政党の政治家や閣僚など)がいるが、本コラムで扱うデジタル技術は主に指導者と市民の関係性の考察に、より深く関係するものと考えられるため、政治エリートは考慮せず対市民の動向について取り上げる。

※6:Johannes Gerschewski, "The three pillars of stability: legitimation, repression, and co-optation in autocratic regimes”, Democratization, 2013, 1, p. 13-38.

※7:大澤傑「中国のデジタル権威主義と台湾 —両岸から臨む国際秩序—」『交流:台湾情報誌』2023, p. 3.

※8:その他、抑圧・正統化や抑圧・正統化・懐柔・協力調達とする分類など、統一された定義はない。

※9:民主主義指数の算出の指標となる項目のうち、評価数値が減少したもの。

※10:「ソブリン(sovereign)」とは「主権」を意味し、「ソブリンAI」とは自国のコンピュータ、データ、労働力などを用いて自国の安全保障や産業発展に活用できるようなAIを開発する能力を意味する。

※11:米Freedom Houseの用いている指標。アクセス障壁、コンテンツ制限、ユーザーの権利侵害の3つの指標から算定される。一般的な自由民主主義指数にもインターネットの利用の自由が指標として含まれていることが多く、おおむね比例している。全ての国は評価されておらず、本分析では数値評価がされている70カ国のみを抽出。

※12:国際電気通信連合(ITU)「ICT statistics(2022年)」を参考。