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MRIエコノミックレビューエネルギー・サステナビリティ・食農日本

GXの移行コストを適正に負担する

製造業での価格転嫁を促す処方箋

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2024.9.3

政策・経済センター高木航平

酒井博司

エネルギー・サステナビリティ・食農
カーボンニュートラルと経済成長を両立させる「グリーン社会」への移行にあたっては「脱炭素投資に伴う追加コストを誰がどのように負担するのか」は避けては通れない。日本は従来、諸外国と比べるとインフレ率が低く、企業が付加価値を製品・サービスへ価格転嫁しづらい構造であった。そのため今後、グリーン社会への移行コストが企業の収益を圧迫する懸念がある。本コラムでは、特に製造業に注目し、グリーン社会へ適正に移行するための政策の方向性を示したい。カギは「企業に自立的な価格転嫁を促すような政策設計」だ。

価格転嫁率の低さが目立つ日本の製造業

2023年、日本政府はグリーン社会への移行に向けて「GX(Green Transformation)実現に向けた基本方針」を閣議決定した。グリーン社会への本格的な移行を進めていく政策ツールとして、カーボンプライシング(炭素価格)やGX経済移行債などの導入が決まった。これを機に日本は、企業に対して脱炭素投資を本格的に求める市場環境へと移行していく見通しである。

すでに気候変動問題に対してアクションを起こす必要性は、国際的にも認知が高まっている。対応が避けられない一方、「グリーンな社会への移行」は「高コストな社会への移行」となる懸念もある※1。例えば、製造設備の転換には大規模な投資が必要で、グリーンなエネルギー源(例:水素やカーボンリサイクル燃料※2など)の価格は既存のエネルギー源と比べて高価である。このためグリーンな社会は原材料費の上昇を引き起こす可能性があるとして、「グリーンフレーション(環境対応に起因する物価上昇)」が指摘されている※3

企業にとっては、移行に伴うコスト上昇をいかに製品・サービス価格へ適正に転嫁できるか、加えて、生産性向上や事業構造転換などを通じてグリーンな社会への移行を企業成長に結びつけられるかが重要な経営課題となる。そこでGX時代に企業経営へ求められるさまざまな取り組みのうち、「価格転嫁」に着目したい。

日本のインフレ率は諸外国と比較して、過去数十年間、著しく低く推移してきたことは広く知られている。その要因の1つとして、企業が付加価値の上昇ではなく、コスト抑制の経営を重視する傾向にあったことが挙げられる。他方、直近ではポストコロナにおける需要回復、地政学的インシデントによる供給制約などに起因する物価上昇が起こっており、これを背景に企業の価格転嫁が進展しつつある※4

前述のように、今後グリーン社会への移行により企業などによる投入コストの上昇がほぼ確実視されている。価格転嫁が適正に行われなければ、企業がコスト上昇を利益縮小、投資縮小、事業撤退という形で引き受ける可能性があり、当該企業の経営悪化に加えて日本経済全体の縮小へとつながりかねない。

例えば、従来の価格転嫁構造をGXの影響が大きい製造業で確認すると、石油・石炭製品、非鉄金属、鉄鋼など価格転嫁率の高い一部の業種を除けば、多くの業種では価格転嫁率が非常に低い。とりわけ加工型製造業の転嫁率は10%以下と低くなっている(図表1)。価格転嫁率が低い要因としては、「製品がコモディティ化している」「国際競争が厳しい」「業界構造として下請が多重化している」などさまざまなものが考えられる。

また価格転嫁率とエネルギー集約度に着目すると、エネルギー集約度が相対的に大きい業種では比較的、価格転嫁が実現できているものが多いことがわかる。しかし製品の競争環境や販売契約の形態などで、エネルギー集約度が高くとも価格転嫁が困難な業種もあると考えられる。こうした業種(例:繊維製品、化学製品など)は、GXの価格上昇の影響を強く受けるが価格転嫁をしづらい構造にあり、移行期に苦しむ業種となる可能性がある。
図表1 製造業における価格転嫁構造
製造業における価格転嫁構造
出所:日本銀行「企業物価指数」四半期データを基に三菱総合研究所試算※5

価格転嫁が生む長期的な需要縮小リスクとは?

製造業には価格転嫁が起こりづらい業種が多いことを示したが、価格転嫁をした後の影響にも目を向ける必要がある。価格転嫁に伴って顕在化する課題の1つが、製品価格上昇によって需要量が減少する「代替効果」だ。需要の価格感応度をみる指標として価格弾力性がある。価格弾力性の高い業種・製品ほど、価格上昇に伴って他の業種・製品に顧客を奪われ、需要が減りやすいことを意味する。価格弾力性の高い業種・製品では、グリーンフレーションに伴い需要減少の可能性がある。

そこで、脱炭素化のコスト増の影響を特に強く受ける「エネルギー多消費産業」と呼ばれる鉄鋼業・化学業・製紙業・セメント業に注目し、製品単位での需要の価格弾力性を評価した(図表3)。各業種の統計上の製品群について、需要量および製品価格・市況に関する過去20年分のデータを用いて、既往分析の手法を踏まえ※6※7短期的・長期的な弾力性を算出したものである。

いずれの業種・製品も短期的な価格弾力性は必ずしも高くないが、長期的な価格弾力性の高い製品が確認できる。一般的に最終製品(BtoC)は、「生活必需品」「ぜいたく品」などの製品区分で価格弾力性の傾向の違いを説明されるケースが多いが、今回の分析では素材製品(BtoB)が分析対象として多く含まれている。サプライチェーン上の製品を切り替えるためのコストが、価格弾力性の傾向の違いを生む大きな要因ではないかと推察される。例えば、他の製品への切り替えに多額のコストを要するような素材製品であれば、価格弾力性は低くなりやすいと考えられる。この場合、短期(~1年程度)では代替が難しい製品でも、長期(5年程度~)では価格に応じて代替が進む可能性があり、需要縮小のリスクは長い目で評価しなくてはならない。

このように素材製品の中でも、価格弾力性は大きく異なる。業種単位に限らず製品単位で影響に差が生じる可能性が示唆されている。
図表2 需要の価格弾力性 イメージ
需要の価格弾力性 イメージ
三菱総合研究所作成
図表3 製造業(多排出業)における需要の価格弾力性
製造業(多排出業)における需要の価格弾力性
出所:以下の(1)(2)を基に三菱総合研究所試算※8
(1)秋山修一,細江宣裕(2007),電力需要関数の地域別推定,RIETI Discussion Paper Series 07-J-028.
(2)星野優子(2013),日本の製造業業種別エネルギー需要の価格弾力性の推計-国際比較のための分析枠組みの検討-,エネルギー・資源学会論文誌,34巻1号p.15-24

グリーン社会移行に向けた3つの政策提案

政府の掲げるGXのコンセプトは「脱炭素化」を推し進めつつも、「日本経済の成長」を実現していくことにあり、筆者もこのコンセプト・必要性に強く共感している。すなわち脱炭素化は環境問題への対応、経済成長への貢献のほか、エネルギー安全保障の強化など、さまざまな便益を社会全体にもたらすことが期待される。

それゆえ脱炭素化に伴うコストは個々の企業だけでなく、社会全体で負担していくべき課題とも捉えられる。仮に一義的には企業が自らの投資拡大という形で負担したとしても、製品価格への転嫁という形で適正に社会全体で受け止めることが理想だろう。

他方、前述のように、製造業では価格転嫁が十分に進んでいない状況にある。特に脱炭素化に際しての負担が大きい多排出産業では長期の価格弾力性が高く、価格上昇が長期化した場合に需要が縮小するリスクのある製品が存在する。これらを踏まえると、移行のコスト負担と価格転嫁を適切に実施できなければ、日本の産業に負の影響を及ぼす可能性がある。

こうした理想と現実を理解した上で、本コラムでは特に移行期における価格転嫁に関する課題に焦点を当てて、GXのコンセプトを実現するためのグリーン社会への移行に向けた政策措置を提案したい。価格転嫁における (1) 準備期間の確保、(2) 企業コミット、(3) 適正水準の3点に着目し、規制・支援の両面からアプローチする。

(1) 制度変更の予見性向上による準備期間の確保

現在、政府が実装している規制的な措置には、エネルギーの供給側へのアプローチ(例:高度化法※9)、需要側へのアプローチ(例:省エネ法※10)、および横断的施策(例:カーボンプライシング制度※11)がある。複数の規制措置が併存する中では、企業が将来の制度変更を事前に予見できるように配慮し、準備期間を設けることは有効な手段の1つと考えられる。例えばカーボンプライシング制度において、将来の排出枠や炭素価格水準をあらかじめ提示することは、価格交渉の前倒しを含めて、企業の迅速な意思決定につながるのではないか。

(2) 企業コミットの引き出し

政府が行っているグリーン投資への補助は、グリーン技術を普及させ価格低減を促す効果がある一方、脱炭素にかかる追加コストを政府が負担している状態とも言える。企業のコミットを引き出すためには、政府補助は一時的なものにとどめ、中長期的にグリーン市場を自立させるための戦略・戦術をセットで行わなければならない。そこで、政府補助への過度な依存を防ぐため、支援からの自立策をセットで求めてはどうか。例えば、グリーン支援の要件として、企業に対してグリーン価値を製品価格へ転嫁することを推奨したり、既存の制度枠組み(例:経済産業省「パートナーシップ構築宣言」)への参加を促したりする方法などが考えられよう。

(3) 価格交渉材料となる適正水準としてのグリーンプレミアムの提示

実際にどの程度の価格上昇が適正かを決めることは非常に難しく、本来的には市場原理の中で需要と供給で決まるべきである。しかし、短期的にはコスト上昇分を積み上げた水準を基準点として検討せざるを得ない。そこで移行期の対応として、政府が価格転嫁交渉における交渉材料を提供することも一助になると考えられる。例えば、政府がグリーンプレミアム(グリーン製品製造に伴い、既存製造方法と比べ追加的にかかるコスト上昇)に係る情報を入手・開示し、価格転嫁の交渉に役立つガイドラインを整備することも一案ではないか。
今はグリーン市場創出期にあたり、今後の企業投資や脱炭素のトレンドを決める重要な時期となる。気候政策や産業政策を両立させるGX政策の設計は極めて困難で、本コラムで示した業種や製品単位の解像度で政策決定することも容易でないのはたしかだ。しかし、こうしたコスト負担のあり方を検討することは、グリーン社会への移行のためには避けられない。価格転嫁の先にある生産性向上や事業構造転換を見据え、企業行動を後押しするような仕組みがぜひとも必要だ。

※1:例えばRITEの長期エネルギー需給分析において、将来の電力価格は足元の水準から約2倍上昇する結果となっている。
経済産業省 資源エネルギー庁「基本政策分科会第43回RITE提出資料(2021)」
https://www.enecho.meti.go.jp/committee/council/basic_policy_subcommittee/2021/043/043_005.pdf(閲覧日:2024年9月3日)

※2:e-fuel、e-methaneなど大気に排出されたCO2を分離・回収し加工した燃料。

※3:転換期を迎える低インフレ時代(MRIエコノミックレビュー 2022.7.28)

※4:デフレ脱却への重要な関門 サービス業の価格転嫁が浸透するか(MRIエコノミックレビュー 2023.10.23)

※5:価格転嫁率の分析手法(図表1)
各産業のエネルギー価格の財価格への価格転嫁率は以下の式に基づき計算した。データは日本銀行「企業物価指数」の四半期データを用いている。
log ( p i ,t ) = α i ,t + β i log ( E p t - j ) + λ i log ( X i ,t ) + δ i t r e n d
p i ,t i産業のt期の価格指数、 E p t - j j期ラグ(ここでは4期)を取ったエネルギー価格、Xは価格に影響を与える他の説明変数、trendはタイムトレンドであり λ i は技術進歩率に相当する。なお、エネルギー価格は石油石炭製品、事業用電力、都市ガスを「企業物価指数」のウエイトを用い統合している。ここで価格転嫁率は β i で求められる。

※6:秋山修一,細江宣裕(2007),電力需要関数の地域別推定,RIETI Discussion Paper Series 07-J-028.

※7:星野優子(2013),日本の製造業業種別エネルギー需要の価格弾力性の推計-国際比較のための分析枠組みの検討-,エネルギー・資源学会論文誌,34巻1号 p.15-24

※8:各産業の需要関数を※6、※7などを参考に下記のように定式化し、推計パラメータから価格弾力性を求めた。
log ( Q i ,t ) = α i ,t + β i log ( p i ,t ) + λ i log ( X i ,t ) + δ i log ( Q i ,t - 1 )
ここで Q i ,t i産業のt期の需要、 p i ,t は同価格、Xは産業需要に影響を与える他の説明変数であり、説明変数には被説明変数自身の1期前の自己ラグ Q i ,t - 1 を含む。ここでi産業の短期弾力性は β i で、長期弾力性(動学的調整後の均衡状態での価格弾力性)は β i / ( 1 - δ i ) で求められる。

※9:高度化法の概要は以下を参照
経済産業省 資源エネルギー庁「エネルギー供給事業者による非化石エネルギー源の利用及び化石エネルギー原料の有効な利用の促進に関する法律の制定の背景及び概要」
https://www.enecho.meti.go.jp/category/resources_and_fuel/koudokahou/pdf/overview001.pdf(閲覧日:2024年9月3日)

※10:省エネ法の概要は以下を参照
経済産業省 資源エネルギー庁「省エネ法の概要」
https://www.enecho.meti.go.jp/category/saving_and_new/saving/enterprise/overview/(閲覧日:2024年9月3日)

※11:日本のカーボンプライシング制度の概要は以下を参照
経済産業省 資源エネルギー庁「「GX実現」に向けた日本のエネルギー政策(後編)脱炭素も経済成長も実現する方策とは」
https://www.enecho.meti.go.jp/about/special/johoteikyo/gx_02.html(閲覧日:2024年9月3日)