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GX推進法に基づく日本の炭素価格を見通す

「将来予測分析」の紹介

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2023.11.13

エネルギー・サステナビリティ事業本部高木航平

環境・エネルギートピックス
日本で導入されることが決まったカーボンプライシング制度。気になるのは将来の炭素価格だが、GX推進法で規定される炭素価格に関する考え方と、今後のCO2排出量の推移などを組み合わせると試算が可能だ。シナリオによっては炭素価格が低いケース、非常に高額となるケースの双方があるのは事実である。
しかし、企業への費用額として見た場合は大きなインパクトになるため、一定の幅で将来の炭素価格を見通すことが重要と考える。
このコラムでは、当社独自の分析を紹介する。

GX推進法で動き出す規制と支援

2023年は日本のグリーン政策が大きく進展した。2月には「GX実現に向けた基本方針」が閣議決定され※1、5月には当該基本方針に基づき「GX推進法」※2「GX脱炭素電源法」※3が成立した。GX推進法に関連する重要な決定事項は、「①カーボンプライシング制度を導入すること」「②今後10年間で合計20兆円の政府支援を行うこと」の2点だ。これらは今後の日本経済の成長に大きく影響し得る制度である(図1)。

本コラムでは、上記のうち①カーボンプライシング制度の価格に着目して三菱総合研究所が実施した分析の結果を紹介したい。
図1 GX推進法の概要
GX推進法の概要
出所:三菱総合研究所

カーボンプライシング制度の価格についての決定事項

新たに導入が決定されたカーボンプライシング制度は、「排出量取引制度(GX-ETS)」「化石燃料賦課金」の2種から構成され、政府による20兆円の支援の財源として、これらのカーボンプライシング制度の政府収入を充てることが決まっている。つまりこれは2033年度から始まるGX-ETSにおける発電事業者に対する排出枠の有償オークション※4の政府収入、および2028年度に導入される化石燃料賦課金の政府収入の総額が、少なくとも20兆円を超える形で設定されることを意味する。

これをカーボンプライシング制度における価格設定の視点で見た時に、政府収入が総額20兆円を超えるために、制度内で設定すべき毎年の下限価格と同義であり、法律で2050年カーボンニュートラルを達成するまでに20兆円全てを償還するために、GX-ETSの有償オークション、化石燃料賦課金それぞれについて毎年の価格の下限が規定されている。

加えて、各制度の価格の上限に関する考え方として、「エネルギーコストの負担総額を増やさない範囲で、カーボンプライシング制度を導入していく」という方針が決まっている。具体的には、「排出量取引制度」の有償オークションについて、FIT制度における賦課金の2032年度の賦課金総額を起点とした減少幅を超えない範囲で上限価格設定を行うこと、「化石燃料賦課金」について、石油石炭税の2022年度税収を起点とした減少幅を超えない範囲で上限価格設定を行うことである(図2)。

政府はこれらの上限・下限の考え方をもとに、GX-ETSの有償オークション価格に上・下限を設定し、化石燃料賦課金の単価を設定していく。
図2 カーボンプライシング制度の価格の考え方
カーボンプライシング制度の価格の考え方
出所:三菱総合研究所

将来の炭素価格を見通す

このような各制度の価格設定に関する決定事項と、今後のCO2排出量がどのように推移するかの想定を掛け合わせることで、将来の炭素価格を予測することが可能であり、三菱総合研究所で独自に分析を行った。

今回の分析では、将来のCO2排出の考え方として、2種類のシナリオを想定した(図3)。これら2つのCO2排出量の推移に対して、FIT賦課金総額および石油石炭税収を想定し、先に示した価格の上下限の考え方を適用して両制度における費用総額を算出した。なお、今般はいずれの試算でも価格が下限値で推移することを前提としている。実際は、GX-ETSの有償オークションに関しては参加事業者の入札行動によるなど、下限価格での推移は一つの想定に過ぎない点に留意が必要である。仮に下限よりも高い価格で推移したと考える場合は、より早期に20兆円が償還されることを意味する。
図3 将来の炭素価格分析の前提
将来の炭素価格分析の前提
出所:三菱総合研究所
BAU(Business As Usual:通常業務、成り行き)シナリオではGX-ETSの有償オークション、化石燃料賦課金の総額はそれぞれ約15兆円、約5兆円となり、カーボンニュートラル(CN)シナリオではGX-ETSの有償オークションが約11兆円、化石燃料賦課金の総額が約9兆円となった。さらに、この制度ごとの総額を制度対象となる事業者のCO2排出量で割ることで炭素価格が求まり、BAUシナリオでは1万円/tCO2(CO2、1トンあたり)を下回る水準にとどまる一方で、CNシナリオは2050年に近づくに連れ価格が高騰し、2040年代後半はいずれの制度でも数万円/tCO2と高い水準に達する(図4)。

このように、将来のCO2排出シナリオによって炭素価格の水準が大きく変わること、その水準としては数百円/tCO2~数万円/tCO2になることが明らかになり、シナリオによっては企業に対してカーボンプライシング制度が大きな負担になると言える。

もちろん今回の想定はあくまで一つの考え方であり、他の考え方を排除するものではない。ただし、本分析の重要なポイントとして、カーボンプライシング制度の導入が決定した今、将来必ずこの幅での負担が企業に対して生じるため、現実に起こる事象を見通す分析だという点は強調したい。
図4 将来の炭素価格分析の結果
将来の炭素価格分析の結果
(クリックして図を拡大する)

出所:三菱総合研究所

カーボンプライシング制度の設計上の論点

今後のカーボンプライシング制度の設計におけるポイントとして、GX-ETSの有償オークションおよび化石燃料賦課金の価格については、今般の分析で示した通り既に主要なフレームは決まっている中、化石燃料賦課金の減免範囲やその期間・強度が今後の大きな論点となる※5

また、GX-ETSのフェーズ2に関する制度の詳細が決まっていない部分が多く、企業にとって注目すべきポイントになる。

カーボンプライシング制度は、企業への費用負担という形で産業・経済の成長を制約する懸念がある一方で、産業界の投資を引き出す施策として、成長につなげられる可能性を秘めているといった側面も考えられる。

GX-ETSの無償枠の詳細設計では、今般の分析におけるGX-ETSの有償オークション、化石燃料賦課金における負担も考慮しながら、経済にとっての正と負の両方の側面に対する議論を、丁寧にバランスよく解釈した上で、適切な設計を実現することで、日本経済の成長へつなげていくことが期待される。

※1:経済産業省(2023年2月10日)「『GX実現に向けた基本方針』が閣議決定されました」
https://www.meti.go.jp/press/2022/02/20230210002/20230210002.html(閲覧日:2023年10月27日)

※2:経済産業省(2023年2月10日)「『脱炭素成長型経済構造への円滑な移行の推進に関する法律案』」が閣議決定されました」
https://www.meti.go.jp/press/2022/02/20230210004/20230210004.html(閲覧日:2023年10月27日)

※3:経済産業省(2023年2月28日)「『脱炭素社会の実現に向けた電気供給体制の確立を図るための電気事業法等の一部を改正する法律案』が閣議決定されました」
https://www.meti.go.jp/press/2022/02/20230228005/20230228005.html(閲覧日:2023年10月27日)

※4:事業者が取得する必要がある排出量に相当する排出枠をオークション方式で落札する方式。

※5:化石燃料賦課金の適用範囲について、「GX実現に向けた基本方針」において「既存の類似制度における整理等を踏まえ、適用除外を含め必要な措置を当分の間講ずることを検討する」と記載されており、適用範囲については今後議論がなされる事項である。

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