マンスリーレビュー

2018年9月号特集エネルギー・サステナビリティ・食農

気候変動対策は企業・地域が主役となる

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2018.9.1
エネルギー・サステナビリティ・食農

POINT

  • 今年合意が予定されるパリ協定の細則は形式的なものにとどまるだろう。
  • 再エネ価格低下を契機に、欧米では気候変動対策の主役は企業や地域に移行。
  • 日本は、発電・蓄電技術と環境まちづくりでビジネスチャンスをつかめ。

1.停滞する国際交渉

気候変動対策が待ったなしと言われて久しい。2018年の秋には、温度上昇を1.5度に抑える可能性に関する報告書がIPCC※1より発表される予定だが、同年初頭に明らかになったドラフトは1.5度目標達成の可能性は現状では非常に低いという結論を示唆している。これに対して、再生可能エネルギー(再エネ)の普及などにより世界の温室効果ガス(GHG)排出量の伸びは鈍ってきたが、明確に減少に転じるには至っていない。

2015年に合意されたパリ協定は、今後の世界全体における気候変動対策のあり方について取り決めたものである。パリ協定は京都議定書と異なり、各国に対して拘束力のある削減目標を義務付けないようにして、広範な国の参加を目指しているのが特徴だ。2018年12月に開催される気候変動枠組条約第24回締約国会議(COP24)では、パリ協定の細則が合意される予定となっている。

しかし、気候変動対策実施へ向けて各国政府が明確に舵を切ったとは言い難い。この原因として、米国トランプ政権がパリ協定を離脱し、G7でも気候変動に関する議論に参加しないなど、地球規模の課題解決への協力に背を向けていることが大きい。さらに欧州では英国のEU離脱に加え、再エネの導入が進んだ西欧と遅れている東欧との不協和音も聞かれる。

先進国、特に米国の排出削減へのコミットが見られない状況で、中国やインドのような途上国が率先して温室効果ガス排出の削減を国際的に公約することは想定しにくい。このような状況から、COP24での合意は形式的なものにとどまる可能性が高く、気候変動対策へ向けて各国が政治レベルで明確に排出削減に合意する状況ではないと言える。気候変動対策は、COPの決議を待つだけでは不十分ということだ。

2.再エネが気候変動対策の主役に

しかし、国際交渉の停滞とは裏腹に、太陽光と風力を中心とした再エネの価格は劇的に下落し、世界の多くの地域で化石燃料と競合しうるようになった。これをきっかけとして、低炭素化へ向けた急激なエネルギー転換が起こっている。国際エネルギー機関(IEA)は太陽光発電導入量に関する将来予測をわずか数年で約4倍に上方修正しており、2010年時点で予測した2035年の導入レベルに昨年ほぼ到達した(図1)。風力発電についても、太陽光ほど劇的ではないが同様の傾向が見られる。

太陽光や風力による発電方式は不安定であるため、需給調整能力を他の電源が担う必要がある。これまで石炭火力は、CO2を大量に排出するものの安価なため支持されてきた。しかし、この負荷調整能力は他に劣るため、再エネ導入量が伸びるほど導入ニーズは薄れる。これによって石炭火力発電所の新設は敬遠されるようになってきた。

再エネ、特に太陽光発電と風力発電は、立地が進まない原子力や炭素回収・貯留(CCS)に代わり、今や世界的なGHG排出削減対策の主役となったと言える。ガス火力発電所も、再エネ固有の不安定性に対処するために、必要な時に電力を供給できる存在に変化しつつある。

さらに現在価格が低下しつつある蓄電池と再エネとを組み合わせることにより、系統電力から独立して電力供給が行われる「ストレージパリティ」が既に一部地域で実現しており、2030年頃に大きく広まると想定されている。ストレージパリティが実現すると、電力はCO2を排出しないばかりか大規模発電所自体が不要となるため、エネルギービジネスのあり方に大きな変化をもたらす可能性があり、また地域的な取り組みの可能性を高めるものとなろう。
[図1]世界の太陽光発電量の将来予測と実績

3.再エネ価格の低下がもたらす非国家主体の活発化

このようなエネルギー転換は、これまでは固定価格買取制度(FIT)のような支援策を要したが、再エネ、さらには蓄電の価格が低下した現在、政治的な後押しなしに導入が進もうとしている。再エネ導入の原動力となりつつあるのが機関投資家の圧力だ。再エネの導入により炭鉱や油田のような化石燃料資源や火力発電所は価値を持たなくなる「座礁資産化」のリスクが生じるため、機関投資家がこれらの資産価値を問い直しはじめており、化石燃料資源や石炭火力発電への投資を引き揚げる「ダイベストメント」の動きが出ている。既に欧州の政府ファンドや保険会社などがダイベストメントを開始していることは2018年年始のTV番組でも特集が組まれ、反響を呼んだ。併せて、投融資を行う側と受ける側が気候変動のリスクおよびビジネスチャンスや企業財務の開示のあり方を検討する、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)がG20の下に組織され、2017年6月に報告書を発表した。今後多くの企業は投資家から、気候変動および気候変動対策がもたらすリスクと機会について明確な見解が求められるが、TCFD はそのためのガイダンスとなる。

もう一つの要因は、一般企業において企業のCSR活動の一環として自社電源を再エネで調達する動きだろう。自社消費電力を将来的に100%再エネで賄う目標を掲げる運動「RE100」は2018年8月現在、世界で140社、日本で10社を数え、増加傾向にある。さらに一部の企業では自社にとどまらず、影響力を持つ他社に対しても再エネでの電力調達を求めるようになった。例えばアップルは自社の活動に必要な電力を再エネで賄っているが、自社に納品する企業に対しても再エネで電力需要を賄うことを推奨している。これを受けてイビデンは2017年3月、アップル向け製品の生産に必要な電力をすべて再エネで賄うことを発表した。このような動きは、再エネ電源を指定して購入できるような仕組みがあればさらに進む。

国際交渉の停滞に捉われないという点では自治体も同じであり、地域での取り組みもまた気候変動対策の大きな原動力となりつつある。最も顕著な例は経済規模で言えば世界第5位に相当するカリフォルニア州である。同州は気候変動対策に背を向ける連邦政府に逆行し、2030年までに1990年比40%排出削減という野心的な目標を導入し、2018年には一部の新築住宅に対して太陽光発電設置を義務付けるなどの施策を打ち出した。

4.日本に求められる積極的な視点

再エネの価格下落を契機として、気候変動対策はビジネスベースで本格化しつつあるが、このことは日本にとってどのような意味をもつだろうか。

2018年7月に閣議決定された「エネルギー基本計画」において、再エネは主力電源と位置付けられた。ただし具体的な導入目標は見直されておらず、再エネをベースにした新たなビジネスの創出についても積極的な言及は少ない。また日本の高効率な石炭火力発電技術は温室効果ガス削減に効果的との見方があるが、2015年から2017年にかけて世界の石炭火力への投資額が半減するなど、情勢は急変している。

再エネの大量導入を前提とした技術・ビジネスを真剣に模索しないと時代に乗り遅れ、投資家にも見放されかねない。そうならないための一環として早急に再エネ需要のニーズに応える市場制度を構築する必要がある。アップルが再エネ100%を達成するにあたり、最後まで未達成だったのは日本であったと言われるが、これが常態化してはならない。

さらに長期的な視点で考えると、再エネの主力電源化が進む中、日本は何を目指すべきかをあらためて問い直す必要があろう。今世紀初頭、日本の太陽光パネル生産量は世界のトップであったが、中国メーカー製のものの爆発的な導入増加によりその陰に隠れた。衣料品や家電の例を見るまでもなく、コモディティ化すると日本企業はなかなか勝ち残れない。日本が目指すべき姿は、やはりイノベーターであり続けることと、「課題先進国」ならではの特性を活かすことではないだろうか。

前者については、短期・中期的には技術開発・コストダウンの余地が大きい蓄電池、長期的には高効率、低コスト化に加え、窓ガラスに貼って発電する手軽さも期待できるペロブスカイト太陽光発電に代表される将来技術において先駆者的な立ち位置を確立すべきだろう。電池については中国メーカーも急伸しているが、電極やセパレーターのような鍵となる部材で依然として日本が優位を保っており、また全固体電池の開発が進めば船舶など、新たな用途が期待できる。

後者については、過疎化に伴う送配電網の維持の課題や、高い人口密度に起因する立地難という課題を逆手に取り、日本は需要地で再エネ、省エネ(デマンドレスポンス)、蓄電を最大限活用するゼロエミッションタウン/シティーの先駆者となれる可能性があるのではないか。ここで未来の太陽光発電は設置が手軽であるため自家用での普及が考えられるが、そうなるとエネルギーはより地産地消に近い形をとるようになり、地域的な実施に適したピアツーピア(P2P)システムが浸透しやすい。すなわちイノベーションと課題解決の二つの道を有機的に交わらせることで、エネルギー需給の将来を見据えたビジネス展開が期待できる。

現在は企業、ひいては地域の生き残りをかけた取り組みが国際交渉の展開をけん引するような局面であり、COPを外圧として捉える時代ではなくなっていることに留意すべきだ。
[図2]再エネ導入に関する企業・地域などの取り組みのサイクル