マンスリーレビュー

2021年9月号特集1スマートシティ・モビリティMaaS

ポストコロナの行動拡張改革

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2021.9.1

政策・経済センター鯉渕 正裕

POINT

  • 働き方・暮らし方の変化を通して人々の行動が多様化。
  • 多様な行動の実現に向け、行動拡張による最適化と質の向上が必要。
  • 行動拡張の実現にはデジタル・リアル融合に基づく基盤構築が鍵。

1. 生活様式の変化と多様化する行動機会

オフィスで働き、仕事帰りに買い物をし、友人と会食する──。人々はさまざまな行動を通して日々の生活をより充実したものにしている。

一人ひとりの行動が充足されることは、ウェルビーイング(幸福感)を高める重要な要素の一つと考えられる。しかし、新型コロナウイルスの感染拡大で、人々の生活様式は大きく変化した。

コロナ禍で生じた働き方・暮らし方の変化は、一日における時間の使い方と使う場所の変化も促している。首都圏および関西圏の就業者を対象に試算した結果によると、テレワークなどコロナ禍の働き方の変化により創出される時間は、働き方の選択肢が少ないエッセンシャルワーカーを含め一週間で1人当たり約1.3時間となっている。その余剰時間を人々の生活の充実度を高めるための新たな活動に振り向けることは、サービス事業者にとっては大きな潜在市場となりうる。

それと同時に、これらの創出された時間を消費する場は働き方の多様化に伴い、勤務先周辺のみならずテレワークを実施する自宅周辺まで多様なかたちで発生するようになる。自宅周辺での外食、勤務時間の合間を使っての定期歯科検診、自宅に近い拠点駅周辺でのリモートオフィス利用などがその例だ。人々が居住地域の都市機能やサービスに目を向ける機会が増え、それらに対する期待度がこれまで以上に高まる。

このように人々の行動範囲が広がる中、人々の居住地域における住環境の各構成要素に対する重視度と満足度にはどのような特徴がみられるであろうか。まず、都心からの通勤時間距離別に分類した結果をみると、住環境の構成要素に対する重視度は都心からの通勤時間距離によらず同様の傾向を示している(図1)。
[図1] 通勤時間距離別の都市機能満足度(首都圏・関西圏)
[図1] 通勤時間距離別の都市機能満足度(首都圏・関西圏)
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出所:三菱総合研究所「生活者市場予測システム(mif)」によるアンケート調査結果(首都圏・関西圏の居住者対象 N=2,000、2021年2月実施)より作成。
一方で現状の満足度については、都心からの通勤時間距離が遠くなるのに従って低下している。一般的に、都心よりも郊外の住環境が優れるとされることは多いが、必ずしも郊外居住者の生活満足度が高いわけではないことが示唆されている。このことから、地域の魅力、すなわち人々が都市※1の中で多様な行動の実現を通して享受する価値の向上を図ることが重要になると考えられる。

その価値の向上を決定づける要素として当社は「行動拡張」に着目した。行動拡張とは、個々人のより良い生活・人生を実現する上で、良質な時間を過ごすべく、一人ひとりの価値観や生活環境に応じた多様な行動機会の実現に向け、最適な行動の選択を支援し、一つひとつの行動の質を高めることである。

しかし、個々人が望む暮らし方や生き方は多様であり、さらに厄介なことに日々の目まぐるしい生活の中で本人がやりたいことを自覚しているとも限らない。潜在的な「行動」の掘り起こしも時には必要となる。

従来、人々の行動を促進させる方策として、ハード整備による都市機能の向上が数多く行われてきた。しかし、人口が減少する一方で、人々の行動が多様化する。その中で、人々のニーズに柔軟に対応しながら持続可能な都市を築き上げていくには、ハード整備に依存するのは現実的ではない。

これからの社会では、都市が有する既存の施設や空間の有効的な使われ方を促し、それらを利用したい人々のニーズや時間をうまくつなぎ合わせる仕組みが求められよう。それを実現する仕組みが行動拡張サービスだ。

2. 行動拡張による多様な行動の実現と質の向上

このように、人々の目的をもった多様な行動が一人ひとりの日常生活の価値を高める。そして多様な行動を実現する場合、その多くは移動を伴う。快適で便利な移動を通して行動を達成する、そのためのシームレスな移動手段も多様な行動の実現にとって重要な要素といえる。

交通分野でその概念が注目されている「MaaS(Mobility as a Service)」。あらゆる交通手段をシームレスに一つのサービスとして提供できるようにするものであるが、現状では移動を効率化させる手段とする見方が主流である。しかし、本稿の主題である行動拡張に注視するならば、今後求められるサービスには、行動の最適化を促す役割に本質を求めるべきといえよう。

具体例を図2に示す。移動前もしくは移動中に乗車後の空き時間における新たな行動を促す各種レコメンドを利用者が受け取るイメージとなる。個別の趣味嗜好に沿ってカスタマイズされた内容となって初めて最適な行動を促せる可能性がある。しかもそれは個人の空き時間の有効活用につながり、サービス提供者側も需要の増加につながるといった具合だ。そのためには各種都市サービスの提供主体による、「いつかやりたい(To Doリスト)」「日常的なスケジュール情報」「地域イベント情報」などを「行動拡張プラットフォーム」上で共有可能な基盤の構築が有効である。
[図2] 行動拡張の実現例:潜在的な行動需要の顕在化と実現
[図2] 行動拡張の実現例:潜在的な行動需要の顕在化と実現
出所:三菱総合研究所

3. 行動拡張を最適化する3つの機能要件

より具体的に「行動拡張サービス」にて行動の最適化を実現する3つの機能要件を以下に挙げる。

(1) 情報の非対称性の解消

一点目は、「行動の質を高めるための情報の非対称性を解消する機能を有するもの」である。これは、「本人が気づいていない」潜在需要の顕在化、さらには行動の実現に向けた選択肢の調整を目的として、人々とサービスを効果的かつ補完的につなぐものである。

図2の例では、本人の嗜好や行動予定の情報をもとに、類似の嗜好をもつ人が興味を示している活動について、空き時間に実施されるイベントをレコメンドするというようなかたちである。

人々とサービス提供者がもつ情報の偏り、つまり「情報の非対称性」の解消により一つひとつの行動の質を高めるものである。

(2) 空間と時間のつなぎ合わせ

二点目は「行動機会を増やすために空間・時間の使い方を効率化するもの」である。これは、既存の都市空間・施設と人々の時間の「空き」をつなぎ合わせ、都市空間・施設の有効的活用と人々の時間価値向上の双方を実現するものである。

例えば、一時間前まで会議室として使用していた空間をエクササイズ空間として活用する。参加者の何人かは会議に参加していた人だ。そしてエクササイズの講師はその空間にはおらず、オンラインで別の場所から指導する。このような空間やサービスと人々の時間をつなぎ合わせることで、空間の価値を高め、限られた時間の中でより多くの行動を実現することが可能になる。

(3) 行動の価値を高める「移動」の最適化

三点目は「ヒト・モノ・コトの移動の組み合わせにより行動の価値を高めるもの」である。ここでは、新たな行動を起こしたい本人が必ずしも動く必要はない。換言すれば「モノ・サービスの方が人々に歩み寄る」という選択肢もある。

(2) で示したエクササイズの事例は、会議室の空間転用に加え、デジタルの活用により、講師のスキルを会議室につなぐことで、エクササイズという体験(コト)を移動した例である。

4. デジタル・リアル融合に基づく基盤構築を

行動拡張サービスの実現には、個々人の実現したい行動と都市が提供可能なサービスを融合し、個々人の嗜好に即した情報提供を可能とする基盤が必要になる。そして、行動拡張の実現を通して目指すのは、人と都市が有する時間・空間・機能を効率的かつ効果的につなぎ、人々の時間価値や都市の機能および空間の価値を高め、人と都市がともに進化する社会である。

しかし、現実に都市機能・空間価値を高める方法論を導き出すことは容易ではない。とりわけ、個々人の価値観や生活環境に応じた個別最適化を目指す場合、その道筋は膨大となる。従前の社会実験に代わる検証方法の策定が求められている。

そこで、現在注目されているのが、デジタル・リアル融合の発想に基づく、個別最適化とその実現環境となる「都市デジタルプラットフォーム」の構築である。その一つのかたちが仮想空間(デジタル空間)に現実都市のハード・機能を3Dモデリングした「都市のデジタルツイン」である。

これは、時々刻々と変化する、都市が有する空間や機能、モビリティの状況把握やその可視化、人々がより効果的な行動を実現するための予測シミュレーションを行う際の基盤になる。そして、都市が有する空間や機能、モビリティと人々の行動需要を効果的に結び付けるためのデータ連携基盤となり、インフラからサービスまで一体的利用を可能とするために必要な要素となる。

現状、都市のデジタルツインは、一部の行政、大手ゼネコン、都市デベロッパーなどが都市計画や都市開発の一環として構築している。しかし、都市デジタルプラットフォームが機能し行動拡張が実現するためには、各種都市サービスやモビリティサービスが有する情報の重ね合わせなど、地域行政や公共交通事業者、デベロッパーなどの官民の地域サービス提供主体間の連携による基盤構築が欠かせない。例えばモビリティサービス事業者であれば「移動」のみならず「行動」の最適化に資するサービスの在り方が問われている。各種都市サービス提供主体が、従来のサービス提供範囲にとどまらず、いかに人々の行動拡張につながるかという視点で、自らの事業範囲の拡大を模索することが必要であろう。

構築した基盤が人々に活用され普及するためには、利用者の多い行政サービスでの基盤活用による普及浸透に加え、先進的なサービスにおける試行活用を通したアジャイル的(迅速かつ柔軟)な運用が必要になろう。

※1:日常生活圏となる人口数万〜数十万人の都市圏。