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サウジアラビアEV産業の発展と日本の可能性

共同研究開発とビジネス連携に商機

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2024.9.11

海外事業本部百瀬和樹

海外戦略
産業多角化や脱炭素政策の一環として電気自動車(以下、EV)産業へ積極的に投資し、外国企業の誘致や国内メーカーの設立、研究開発などに注力している成長著しいサウジアラビアのEV産業。オイルマネーを背景とする研究開発への潤沢な投資力や、実証フィールドとしてのポテンシャルの高さなども魅力だ。日本企業にとっても資金獲得や市場開拓の好機であり、今後、サウジアラビアと日本との共同研究開発・実証、さらには現地や日本でのビジネス実装の可能性が大いに期待される。

国産化に向け投資を集めるサウジアラビアEV産業

サウジアラビアは、移動手段として多くの場合に車が用いられる典型的な車社会だ。新車販売台数の推移を見ると、石油販売価格の下落や新型コロナの影響で一時は減少したものの、近年は再び増加傾向にある※1
図1 サウジアラビアにおける新車販売台数
サウジアラビアにおける新車販売台数
出所:International Organization of Motor Vehicle Manufacturers (以下、OICA)「Sales Statistics」を基に三菱総合研究所作成
https://www.oica.net/category/sales-statistics/(閲覧日:2024年7月1日)
2030年までの国家改革戦略である「サウジビジョン2030」では脱石油依存・産業多角化に向けた経済構造転換が掲げられており、中でも自動車産業の育成は注力分野となっている。具体的な目標として、2030年までに自動車の国内生産体制を構築し、30万台の自動車を生産することが掲げられている※2

他方で、2021年にはサウジアラビアにおけるCO2排出量のうち約25%が交通セクターから排出されており、今後自動車のさらなる普及により排出量がいっそう増加することが懸念される。2060年までに温室効果ガスのネットゼロを達成する目標を掲げている同国にとって、交通セクターによるCO2排出への対処が課題となっている※3
図2 サウジアラビアにおけるセクター別CO2排出量
サウジアラビアにおけるセクター別CO2排出量
出所: International Energy Agency(IEA)「Saudi Arabia - Countries & Regions」を基に三菱総合研究所作成
https://www.iea.org/countries/saudi-arabia/emissions(閲覧日:2024年7月1日)
こうした中、EVの国産化を通じた普及促進が、交通セクターの脱炭素化に向けたソリューションとして注目を集めている。サウジアラビアのムハンマド皇太子は、2030年までに首都リヤド市内を走る全車両のうち30%をEVにするという目標を打ち出した※4

EV産業発展に向けて大きな役割を果たしているのが同国の公的投資基金(以下、PIF)である。PIFは世界最大規模の政府系ファンドであり、投資戦略では特にバッテリーEV(BEV)を中心とした技術開発とローカル化、自動車産業エコシステムの構築に向けた投資促進が掲げられている※5

PIFの投資により、外資EVメーカーや関連産業の誘致が進んでいる。PIFは、2019年に米新興EVメーカー、Lucid Motorsに対して10億ドルの投資を行い、Lucid Motorsは2021年にサウジアラビアにEV生産拠点を建設することを発表した。Lucid Motorsはすでに生産を開始しているが、サウジアラビア政府と10年間で最低5万台、最大10万台の売買契約を生産開始前から締結している※6

2022年11月には同国初となるEVブランド「Ceer」の立ち上げが発表された。同ブランドはPIFと台湾の鴻海精密工業との合弁会社であり、独BMWから部品開発技術のライセンス供与を受けている※7

「関連産業育成」と「民間投資喚起」が課題

積極的な投資により外資企業の誘致を進める一方で、同国政府が目標とするEV国産化および普及に向けては、関連産業育成と民間投資喚起が課題である。

Lucid Motorsの生産拠点は、基本的な部品の生産や主要パーツの組み立てはすべて米国で実施し、サウジアラビアの拠点ではパーツの組み上げのみを実施する「セミノックダウン方式」を採用している。また、Ceerもサウジアラビア国内にて設計、製造、販売を一貫して行うと発表しているが、バッテリーはBMWから調達する※8。部品やバッテリーなど関連産業が国内でまだ十分育成されていないためだ。

またEV普及に向けては、充電ステーションなど関連インフラの整備が不可欠である一方、EVユーザー(充電ニーズ)がある程度なければインフラに対する投資が進まず、堂々巡りをする。サウジアラビアでは、特に民間投資家によるEV関連インフラへの投資促進が課題となっている。

こうした課題に対し、サウジアラビア政府は、(1)外国企業誘致、(2)率先した研究開発・実装への投資という2つのアプローチから投資促進を図っている。

1点目に関して、EVの組み立て拠点だけではなく、上流工程である関連部品を生産する産業も海外から誘致し、現地化する取り組みが行われている。2022年にはオーストラリアのAvass Groupが、サウジアラビアにおいてEVとリチウム電池を共同生産することを盛り込んだMoU(基本合意書)を締結している。また、同じくオーストラリアのEV Metals Groupもサウジアラビアにて電極素材の製造を行うことを発表した※9

2点目は、公的ファンドが率先してEVインフラなどに投資を行い、それを呼び水として個人や企業の投資を集めていく取り組みが進められている。2023年、PIFはサウジ電力公社(SEC)とEV関連インフラを専門とする合弁会社、Electric Vehicle Infrastructure Company(以下、EVIQ)を設立した。同社は2030年までに5,000基以上の急速充電器を設置する計画を立てている。また、EVIQはリヤドにEV専門の研究開発施設を設立することを発表した。これによりEVを普及させ、民間投資家によるEVインフラへの投資を促進する狙いがある※10

日本企業にとって資金獲得や市場開拓の好機に

最後に強調しておきたいのは、EVは技術開発の余地がある分野であり、日本企業にとっても、サウジアラビアとの共同研究開発・実装は資金獲得や市場開拓のチャンスになるということである。

前述の通り、サウジアラビアではEV関連の外資企業誘致や研究開発に潤沢な予算が付く。日本でもEV関連の技術開発を政府が支援しているが、同国の潤沢なオイルマネーを活用することで、さらなる技術開発が期待できる。

またサウジアラビアは、EV関連技術の実証フィールドとしてのポテンシャルも持っている。道路法など関連する法制度がいまだ整備の途上であり※11、実証実験を行う上での法規制面でのハードルが日本よりも低い。また、都市内外の道路整備が大規模に計画されている中で、走行中給電など、道路側のインフラ整備を必要とするために日本での大規模実証が難しい技術について、同国内でフィールドを確保して実証を行うことも考えられる。

三菱総合研究所では、サウジアラビアとの共同研究開発、および現地/日本での実装という連携協業のあり方を、同国の国立研究機関、キングアブドルアジズ科学技術都市(以下、KACST)と検討している。
図3 KACSTの重点領域とテーマ
KACSTの重点領域とテーマ
出所:KACST提供資料を基に三菱総合研究所作成
KACSTはEVなどの分野で、国外の研究機関や企業との共同研究を推進している。KACST側は共同研究費の助成や実証フィールドの提供、KACSTが持つ研究施設の供与を行っている。

こうした機関との連携を通じ、今後、サウジアラビアにおける共同研究開発・実証、現地での実装にわが国の企業・技術の参入が促進されていくことが期待される。

※1:International Organization of Motor Vehicle Manufacturers (OICA)「Sales Statistics」
https://www.oica.net/category/sales-statistics/(閲覧日:2024年7月1日)

※2:Japan External Trade Organization(JETRO)「EVクラスター計画の行方(サウジアラビア)」
https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/special/2021/0701/4369975afba528c6.html(閲覧日:2024年7月1日)

※3:International Energy Agency(IEA)「Saudi Arabia - Countries & Regions」
https://www.iea.org/countries/saudi-arabia/emissions(閲覧日:2024年7月1日)

※4:Arab News「気候変動という課題の中、サウジアラビアは交通インフラを再構築する」
https://www.arabnews.jp/article/business/article_109971/(閲覧日:2024年7月1日)

※5:PIF「PIF Program 2021-2025」
https://www.pif.gov.sa/en/strategy-and-impact/the-program/(閲覧日:2024年7月1日)

※6:PIF「Lucid Group makes history in Saudi Arabia as it opens country’s first-ever car manufacturing facility」
https://www.pif.gov.sa/en/news-and-insights/newswire/2023/lucid-group-makes-history-in-saudi-arabia-as-it-opens-country-first-ever-car-manufacturing-facility/(閲覧日:2024年7月1日)

※7:PIF「Ceer」
https://www.pif.gov.sa/en/our-investments/our-portfolio/ceer/(閲覧日:2024年7月1日)

※8:Reuters「アングル:サウジのEV産業に厳しい現実、国内産業基盤がぜい弱」
https://jp.reuters.com/business/autos/JBJZOTPZ25KCFGQLSBSMS6HUQ4-2024-01-26/(閲覧日:2024年7月1日)

※9:Japan External Trade Organization(JETRO)「EVクラスター計画の行方(サウジアラビア)」
https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/special/2021/0701/4369975afba528c6.html(閲覧日:2024年7月1日)

※10:Saudi Nippon Company(SANICO.)「EVIQ社がリヤドに国内初のEV分野の研究開発施設を設立」
https://saudi-nippon.com/column/1551(閲覧日:2024年7月1日)

※11:Saudi Press Agency「Roads General Authority’s Road Code to Serve as Reference for Sector Entities in the Kingdom」
https://www.spa.gov.sa/en/N2111279(閲覧日:2024年7月21日)