DXの巻き返しに必要な3要素

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2022.5.1

企業DX本部森 崇

POINT

  • 日本企業のDX(デジタルトランスフォーメーション)は本質的な取り組みで苦戦。
  • 社内「DXポテンシャル人材」の発掘・育成がより重要に。
  • 「天地人」を見極め、「オールジャパン」でのDX推進を。

DX改革待ったなし

コロナ禍に伴うデジタル化の波は、海外においては小売業のEC(電子商取引)と実店舗の融合などのかたちで、DX※1による企業の事業変革を促した。日本でもリモート技術によるオフィスワーク改革が進むなどの変化が生じたが、製造業、流通業、サービス業などの中にはDX推進に関して遅れ気味の企業もある※2

DXの素養がある人材の発掘・育成にも苦戦している。情報処理推進機構の「DX白書2021」によると、米国企業の87%が社内外の研修で社員のITリテラシーを高めている一方、日本は54%が何もしていない。

現時点で、デジタル先進諸国との差は開き始めている。今後世界が新型コロナ変異ウイルス、ウクライナ問題、そして脱炭素化といった激しい社会変化に見舞われることが予測される中、この差を放置することは日本の衰退につながりかねない。

DX立ち遅れの背景

当社がDXに関する調査※3を実施したところ、オペレーションや組織といった内部的な改革とシステム刷新が中心である(図1)。対顧客、対取引先、サプライチェーン(供給連鎖)強化など、事業構造の「本丸」の改革は後手に回っている。

当社はこの問題に対して2021年8月号「企業はDXにどう取り組むべきか」※4で警鐘を鳴らした。成功の鍵は、「顧客接点」と「企業間連携」の検討、そして「選抜人材を鍛え上げる」ことにある。その後、当社がDX推進を担う経営幹部との対話やDX推進プロジェクト支援などを経験する中で、立ち遅れの背景は4点あると整理した。
[図1] 国内企業が実施しているDX推進内容と成果(n=1,012)
[図1] 国内企業が実施しているDX推進内容と成果(n=1,012)
出所:三菱総合研究所

【背景1】DXの口火を切れない

「これはトランスフォーメーションではない。ただのデジタル化だ」──といったDXテーマの選別の議論に多くの時間が奪われている。この結果、推進の口火をなかなか切れない企業も多い。日本企業は長らく、意思決定力の不足が経営面の弱点と言われ続けた。DX推進においては事業レベルの意思決定も混乱をきたしている。新たな目線の創意工夫が求められる。

【背景2】何でもデジタル化症候群

背景1とは逆に、かつてのIT化、情報化と混同されるケースもある。「デジタル化」の意味が拡張、希薄化した結果、現場では、取り組みやすい従来のIT化や情報化の範疇にとどまってしまう。

代表例として、事業部門による新規事業のPoC(概念実証)やSaaS(サービスとしてのソフトウエア)の野放図な導入がある。特にSaaSは現場主導で導入が容易であり「緊急避難」的に活用されるケースがある。抜本的な改革の遅れにつながるとともに、IT部門が管理しきれないシャドーITが乱立するといった副作用を引き起こしている。

【背景3】本質的な変革に踏み出せない

既存事業の現場改善や生産性向上といった「守り」の施策や、DX推進組織がけん引する新規事業開発への取り組みは進む一方、最も経営にインパクトがある既存主力事業のビジネスモデル変革では、社内組織のサイロ化(孤立化)を解消し、取引先との利害を調整することが難しい。本質的な変革に着手できない要因となっている。

【背景4】中小企業でのデジタル化の遅れ

大企業のデジタル化が進む一方、資金やIT人材が少ない中小企業では今なお電話やファクシミリなどでの受発注が主流である。IT化の遅れから発注時期や発注量のブレも大きく、企業間連携によるサプライチェーン強化にも着手できていない。
課題を是正し、DXの立ち遅れから抜け出すために、「タイミングを計り」「状況を熟慮し」「担い手を確保する」重要性は高い。これは、古来、成功の3要素として知られる「天地人」※5の教えに通じる。すなわち「天の時」を知り、「地の利」を活かし、「人の和」を図ることが、当社が考えるDX推進の要件といえる。以降、天地人の考えに沿って、DX推進のヒントをひもときたい。

天の時を知る──今こそ変革を

今は、従来の守りのIT投資とは違う姿勢で「デジタル化によるビジネスモデル変革」に取り組むべき「時」である。ここでは、社会的意義のある付加価値を追求した新サービスを創出するという大きな目標が必要となる。

国内での一部先進事例としては、ファーストリテイリングの新サービス創出改革が知られている。「情報を商品化する新しい業態」への大変革をゴールに据え、EC事業の高度化などを目指す。顧客との双方向コミュニケーションにより、顧客ニーズを商品化につなげ、独自の物流網でダイレクトに届けることを実現しようとしている。

目標達成に向け、デジタル技術の動向と自社の立ち位置とを常に把握しつつ、ITの全面的な見直しをすることはDX推進の上で不可欠といえる。激しい競争を乗り切るには新サービスの早期立ち上げが求められるが、顧客接点のアプリケーション開発は、仕様変更に柔軟に対応できる「アジャイル型」※6で進める必要もあるだろう。ただし、「何でもデジタル化症候群」に陥るとDXは進まない。力のかけ具合は常に意識すべきだ。

DX人材の問題もしかり。良品計画では「デジタルの組織のプロ化」を目指し100人規模の採用を行う。ECを超えたデジタルサービスを開発、運営する組織への転換を図る。時・人などの「財」の配置は周到に進めることが肝要だ。

地の利を活かす──「両利き経営」を軸に

実のところDX推進は長丁場である。現場から見えない未来像を探索する過程は旅のようなものだ。長くて困難な旅路には「羅針盤」が必要になる。変革の進行度をその都度多角的に確かめながら進まねばならない。

「DXの口火を切れない」場合でもDXで実現したい最終ゴールおよび中間ゴールを設定することで取り組みが格段に前進する。重要なのは北極星(ゴール)を目指すためのストーリーづくりと推進プロセスの改革である。詳しくは、本号の特集2「変革に至るストーリーを描く『DXジャーニー®』」で紹介する。

現主力事業と将来的な主力事業の両立を唱える「両利き経営」もまた、今後の事業継続にとって不可欠である。DX推進を機に検討されるべき要件だといえる。両利き経営に関しては、シーメンスなど一部の先進的な製造業が実践している。同社はものづくりに係るノウハウをソフトウエアでブラックボックス化して、自社の付加価値を守ったかたちで中小企業などに外販した。これにより、ドイツの中小企業における生産データの蓄積や生産状況の可視化が実現された。

両利き経営のかじ取りには、事業変革に向けた重要業績評価指標(KPI)の定義付けが必要である。スピード感をもってトップが意思決定する必要がある。取り組みの成果を定期的に社内で発信しつつ、既存の主力事業部門を味方に付けることができれば、将来の主力事業も育てやすい。

KPIの定義付けに用いるデータの収集・活用もまた重要である。しかし、KPI関連を含めてデータ活用に苦戦する企業は多い。DX先進企業は競争力強化に向けた社内外データの活用などに注目している。詳しくは本号の特集3「DX成功の鍵は社内外データの活用」を参照していただきたい。

人の和を図る──「同じ船」の意識を

孟子は、「天」や「地」にも増して重要なのは「人の和」だと説いている。協働における意識共有は何物にも代え難い。とはいえ、むやみに人心融和を図る必要はない。DX推進では、全社各層の意識を着実に把握した上で行動に移す必要がある。

しかし現実には、DX推進における経営幹部と現場のビジョンは二極化傾向にある。とりわけ課長、次長、係長、主任クラスの評価は厳しい。前出調査で「経営者の問題意識、DX戦略・推進に関するビジョンが社内共有されている」か否かを尋ねたところ、「そう思う」または「ややそう思う」とした割合は課長・次長クラスでは約58%で役員クラスの約82%よりも低い。

「同じ船に乗っている」意識を醸成する必要があろう。現場浸透の役割を担うのがトップの義務ともいえる。ただし、「トップで組織は変わるがトップだけでは変われない」ことも事実である。専門組織や全社横断的なタスクフォース組織を設置している企業ほど、具体的なDXの取り組みが進んでいる。外部からの採用に頼るのではなく、OJTで育成を内製化している割合も高い。

経営・事業・ITの知見を組み合わせる必要がある。現実的な内部事情に裏打ちされた経営幹部・推進部門・現場の3者の綿密な連携が欠かせない。

推進部門と現場の橋渡し役として、DX部門以外に埋もれている「DXポテンシャル人材」を発掘することも考えられる。前出調査でDX推進に直接関与していない社員のDX・デジタル化の理解度を尋ねたところ、「DXの意義をよく理解しデジタル化やITツールの導入に積極的」とした回答が約27%、消極的だが素養があるまで含めると約7割である(図2)。業務経験があり、デジタル化への意欲が高いハイブリッドDX人材の育成も重要な要件である。
[図2] 社内におけるDXビジョンの浸透状況(n=1,012)
[図2] 社内におけるDXビジョンの浸透状況(n=1,012)
出所:三菱総合研究所

日本式DX推進のリスタートを

天=時流に沿ったゴールを設定し、地=ゴールを目指すための周辺環境・体制を整えて、人=人材・能力の最大化を目指すことで、減速したDX推進をリスタートさせる必要条件がそろう。

さらなる対策として重要なのは、対取引先、サプライチェーン上の企業群など周辺環境との調整力と考えられる。とりわけ、取引先の多くを占める、2次請け3次請けまで含めた中小企業のIT化は要件として不可欠である。高度にDX連動が進む次代のサプライチェーン全体の、デジタル化の底上げを目指す意義は大きい。そこではアジャイル型の組織運営が、かつて日本企業が強みとしていた「現場力」と相性が良いはずだ。「オールジャパン」で遅れを挽回し、巻き返しを図ろう。

※1:デジタルトランスフォーメーションの略。DXとは、データとデジタル技術を使ってビジネスを変革したり、新ビジネスを創出して、企業の競争力を向上させることである。DXを実現するためには、アナログデータのデジタル化(デジタイゼーション)やデジタル技術を用いた業務改革(デジタライゼーション)も欠かせないステップである。本特集では、これらを含めDXと呼んでいる。

※2:総務省「令和3年版情報通信白書」(2021年7月)。

※3:2021年9月実施。Webアンケート。回答者は、直近売上高(単体または連結)100億円以上の企業に所属する正社員で、DX推進に何らかの関わりがある1,012人。

※4:MRIマンスリーレビュー2021年8月号「企業はDXにどう取り組むべきか」

※5:孟子の一節「天時不如地利 地利不如人和」に由来する。

※6:1~2週間から1カ月程度の短い反復期間を設けて、こまめに機能追加を繰り返す開発手法。

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