「データ駆動型事業運営」シリーズ 第5回:マーケティングにおける4Pの有機的連携

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2021.9.10

DX技術本部板倉豊和

社会・経営課題×DX
第4回コラムでは、データ駆動型事業運営を進める上でのAI導入時の課題への対応方法として、SADP(セキュアなAI民主化基盤)を紹介した。今回はAIを導入する業務分野としてマーケティングに注目し、マーケティングの4つのPそれぞれにおけるデータ活用がデータ駆動型事業運営の基礎になることを論じる。

Promotion/Placeだけでなく、Product/Priceにもデータ活用ができるようになってきた

ここ数年さまざまな業界でDXが推し進められているが、マーケティング分野は早い時期からデジタル化が進んだ分野の1つである。マーケティングは昔から4Pと呼ばれるPromotion(広告宣伝、販売促進)、Place(販売場所や流通チャネル)、Product(商品やサービスの研究開発)、Price(商品やサービスの価格)という観点で分析が行われてきた。これら4Pのうち、PromotionとPlaceの2つについてはデータ活用の研究・導入が先行的に進んでいる。Promotionでは広告宣伝や販売促進といった施策のコストパフォーマンス向上、Placeでは受発注や請求の効率化・コスト削減、といった明確な目的に向かって従前から一定のデータが蓄積、活用されてきたためだ。「デジタルマーケティング」の文脈で語られる分析テーマの多くは、このPromotionとPlaceに関連する課題である。

一方で、Product、Priceの領域においてはこれまでデータ活用が思うように進んでこなかった。その要因は先ほどのPromotionやPlaceとは異なり、積極的なデータ化がなされてこなかったことにある。Productの例を挙げると、試作段階において研究者のノートに情報が記載されるにとどまり、ついには日の目をみなかった製品の情報が存在したりするかもしれない。当社の業務経験から、AI導入を検討するメーカーの中には、試作のデータをデジタルデータ化していない企業が少なくないことに驚かされる。また、Priceでは最終小売価格が小売事業者の一時的な裁量で設定されてしまい、メーカーでは最終的に消費者の購入価格を把握できないといったケースもある。

しかしながら、昨今の技術進歩によってデータ収集・蓄積が容易になり、必要なデータがたまり始めた。それにより、この2つのP(Product、Price)でもデータ駆動型への転換が可能になりつつある。以降ではそれぞれについて詳しくみていく。
図1 マーケティングの4Pで見たデータ活用の状況
マーケティングの4Pで見たデータ活用の状況
出所:三菱総合研究所

Product:熟練者のノウハウを形式知化して継承する匠AI

Productの領域である商品やサービスの研究開発では、研究者や技術者など技術・技能を持った熟練者が業務を遂行している。研究開発業務はこれら熟練者のノウハウに依存している部分が多いが、熟練者のノウハウは多くが暗黙知であり、周りの人はその方法を説明することができない。そればかりか、多くの場合、熟練者本人も自身のノウハウを明文化して説明すること、つまり形式知化することは難しい。それでは熟練者の持つノウハウを引き出して形式知化するにはどのようにすればよいのだろうか。

熟練者からノウハウを引き出すには、データによって熟練者の気づきを促すことが効果的である。製造業を例にすると、製品の原材料の使用量や製造条件などの入力値(条件)と、製品の物性や成分値などの目標値(結果)との関係を可視化し、熟練者にヒアリングを行う。その際に、漠然とデータを可視化するのではなく、「違和感」に着目することがポイントとなる。違和感とは、例えば周期性からの乖離やノイズの増加など、データを可視化した分析者がデータ分析の観点で捉えるパターンや変化である。違和感のある箇所を中心にヒアリングを行うことで、熟練者に気づきを促し、自身で形式知化しづらいノウハウを効果的に引き出すことができる(図2)。

Productに関するノウハウの形式知化の解決方法のひとつとして、当社では、「匠AI」というAI導入の枠組みを提案している。「匠AI」の枠組みでは、AIを構築するためのデータが少ない場合でも、データを介して熟練者のノウハウを引き出し、精度の高いAIを構築することを特徴としている。ノウハウを引き出す際には、当社のデータ分析者が過去のデータに感じる「違和感」をきっかけにして熟練者にヒアリングを行う。

「匠AI」の実装例のひとつが「醸造匠AI」である。「醸造匠AI」では、製造業の中でも主に醸造分野の熟練者のノウハウを形式知化した。アルコール飲料の原材料と、完成した製品の成分値の関係性を学習させ、そこに熟練者の形式知化されたノウハウを加えることで、目標値としている製品の成分値を高精度で予測することが可能になった※1、2
図2 データの可視化を通じたノウハウの形式知化
データの可視化を通じたノウハウの形式知化
出所:三菱総合研究所

Price:最適な価格をリアルタイムに設定するダイナミックプライシング

 次にPriceについてみていこう。
 
これまで、価格設定の頻度は、(取り扱う商品・サービスにもよるが)多くても年に数回程度にとどまっていた。ところが、昨今の顧客価値観の多様化、テクノロジーの進歩などが相まって、その頻度は週単位・日単位、さらには時間単位になることも珍しくなくなった。すなわち、消費者の需要と供給、環境の変化に応じて動的に価格を変動させる「ダイナミックプライシング」時代の到来である。
 
頻度が多くなると、その意思決定に常に人が介在することは困難となる。そこで必然的に要求されるのが、ビッグデータの収集・解析の技術、そしてAIによる価格設定ロジックの構築・活用である。すなわち、ダイナミックプライシングの実現とは、「データ駆動型事業運営」を実現することとほぼ同義であるといえる。

しかしながら、真に「データ駆動型事業運営」を実現する上で注意すべき点が1つある。それは、継続性のある事業運営を目指す必要があるということである。つまり、外部環境が変動する中でも、完成させたAI価格設定ロジックの性能を高水準に維持する必要があり、そのためにはロジックのメンテナンス体制を準備することが必須条件になるということである。
 
当社においても、さまざまな業界向けにダイナミックプライシングの実装・運用支援を行っている。詳しくは、コラム「ダイナミックプライシング成功の鍵 第1回:ダイナミックプライシングを始めよう」もご参照いただきたい。

事業全体にインパクトをもたらすマーケティングと、それを実現する「データ駆動型事業運営」

以上の通り、先行していたPromotion、Placeに加え、Product、Priceも環境が整い、現在では4P(Promotion、Place、Product、Price)の全てにおいて、「データ駆動型事業運営」が実現できる素地が整っている。

しかしながら、これら4つのPがバラバラにデータ活用を行っているだけでは、限定的な効果しか得られない。そこからさらに進んで、4P間で有機的なデータ活用連携が行われることにより、マーケティング効果が掛け算で発揮されるのである。

このように事業運営全体に大きなインパクトをもたらす仕組みを構築することこそが、マーケティング分野において真に目指すべき「データ駆動型事業運営」を実現するため鍵なのである。

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