「データ駆動型事業運営」シリーズ 第7回:コミュニケーションネットワークの可視化から始める組織力強化

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2021.12.6

DX技術本部髙橋一希

社会・経営課題×DX
テレワークによって、組織内のコミュニケーションがブラックボックス化する中、企業は孤立やコミュニケーション不足による業務上のリスクに適切に対処していく必要がある。そのためには、コミュニケーションログデータから、組織内のコミュニケーション状況を日常的にモニタリングし、継続的な改善を図っていくことが重要である。こうしたデータに基づいて柔軟で強固な組織を整備することも「データ駆動型事業運営」の一つである。

リスクとチャンスを把握し組織のパフォーマンスを最大化

経営資源である「ヒト・モノ・カネ」の最適化に向けては、多くの取り組みがなされてきた。例えば、「モノ」であれば「在庫最適化」、「カネ」であれば資産ポートフォリオの最適化や投資最適化などさまざまな取り組みがある。「ヒト」についても、「タレントマネジメント」などの取り組みがされてきた。昨今は、テレワークやオンライン会議などによって、「ヒト」の最適化の要素として、人との関わり方が重要となってきている。

テレワークが急速に普及し、ビジネス上のコミュニケーションは、Microsoft TeamsやSlackなどのコラボレーションツールによって、オンライン上へ移管された。対面中心の時代では、意識せず第三者の会話を見聞きできる環境であった。しかし、現在は、コミュニケーションがコラボレーションツール内の閉じた空間で行われることが多くなり、組織内のコミュニケーションのブラックボックス化が進んでいる。

そうしたテレワークによって、①組織のコミュニケーションをモニタリングしてリスクを予見する必要性が高まっている。一方で、コラボレーションツールのログデータによって、組織内のコミュニケーションを時間などの観点から客観的・定量的に評価することが可能となった。これにより、②組織を改善するための施策の評価や、施策の考案にログデータを活用する機運は高まっていくと予想される。①はテレワークによって生じた弊害を解消すること、②はテレワークによって新しくできるようになったことである。

この時代にどのような「組織」を目指すべきか、どのように組織をマネジメントしていくべきか、が重要なテーマであることは間違いない。この問いには、テレワークによって顕在化したリスクと、新しくできるようになったことを認識し、時代にあった取り組みを始めることが必要である。

コミュニケーションの客観・定量的な評価による組織改善

「わが社にとって人は最大の財産だ」とはよく言われる話である。ここで人が真に「財産」足り得るには、社員個々の能力の高さのみならず、それらがチームとして連携することにより発揮される組織力、もっと具体的に言えば社員同士をつなぐ「コミュニケーション」が重要であると言える。従来の組織改善では、「風通しの良さ」などの抽象的な観点から組織の理想像を設定し、それに近づけるための改善活動を行うことが一般的であった。また、その施策の効果は、社員へのアンケートなど主観的・定性的な評価からされることが多かった。

コミュニケーションは、組織力を測る上で重要であるにも関わらず、客観的・定量的な評価がなされてこなかった。その理由としては、従来の対面でのコミュニケーションを中心としたビジネス環境では、組織内のコミュニケーション状況をデータとして取得することが難しかったことが挙げられる。

当社では、コラボレーションツールから取得したデータを利用して、社員同士のコミュニケーションを可視化し、組織内のコミュニケーション上の課題解決に資する示唆を見いだす活動に取り組んでいる(図1)。

具体的には、当社組織(A・B・C)の社員間のコミュニケーションを5種類(ナレッジシェア、アイデア、アドバイス、仕事、雑談)に分類し、社員を円(以降ノードと記す)、コミュニケーションパスを線(以降エッジと記す)で表すことでコミュニケーションを可視化している。また、接続されているエッジの本数に応じて、ノードの半径でコミュニケーション量、ノードの色で社員の職級(マネジャー、中堅、若手)を併せて表示している。
図1 コミュニケーションネットワークの活用イメージ
図1 コミュニケーションネットワークの活用イメージ
出所:三菱総合研究所

①組織のコミュニケーション上のリスクを発見する

図2左は、当社組織グループAにおけるナレッジシェア(Tips、ノウハウ、経験談など)のコミュニケーションを可視化したネットワーク図である。また同図2右は、当該ネットワーク(接続エッジ数0のノードを除く)を、エッジの接続経路の観点でノードをグルーピングして再整理した図である。図中白線は図2左と同様にエッジである。
図2 グループAにおけるナレッジシェアのコミュニケーションネットワーク
図2 グループAにおけるナレッジシェアのコミュニケーションネットワーク
出所:三菱総合研究所
上記の結果から、ナレッジシェアのコミュニケーションを組織内でとれていないメンバー(図2左内赤丸・06)が存在すると分かった。また、当該ネットワークは、①中心人物(01・03・05・09)、②中心人物と直接つながるメンバー(02・07・08・10)、③中心人物と間接的につながるメンバー(04)の3層構造に整理することができた(図2右)。ここで、中心人物とは、コミュニケーションネットワークにおいて「A:最大の局所的な完全ネットワーク(構成するノード同士が全てエッジで接続されているネットワーク)を構成するノード」かつ「B:Aを構成するノード以外のノードと一つ以上のエッジが接続されているノード」として定義した。

整理した結果、メンバー04は、メンバー02を介してのみナレッジシェアのコミュニケーションに参加することができており、当該ネットワークから孤立するリスクが高いという仮説を立てることができる。一方で、ナレッジシェアを含む全てのコミュニケーションによるネットワーク(図3)を見ると、メンバー04はメンバー02・06と、メンバー06はメンバー01・03・04・10と交流があることが分かる。
図3 グループAにおける全てのコミュニケーションのネットワーク
図3 グループAにおける全てのコミュニケーションのネットワーク
出所:三菱総合研究所
以上のことから、①グループ内でナレッジシェア会などの場を設けて、②メンバー01・03経由でメンバー06に参加してもらうよう働きかけ、③その会の中で、メンバー06とメンバー04でナレッジシェアのコミュニケーションをとれるような企画を行う、などの対応策が考えられる。また、③では、メンバー04がプロジェクトマネジャー(PM)であり、メンバー06が中堅・若手社員であることを考慮すると、二人が共通してアサインしているプロジェクトがあれば、そのプロジェクトを通じて得られたナレッジを共同発表するなどすればよいだろう。

ナレッジシェアのコミュニケーションは、業務上得られた知見をグループに共有しようとする自主的な姿勢が必要である。そのため、孤立している、もしくはその可能性が高いメンバーに、コミュニケーションへの参加を促すだけでは、真の意味でネットワークに参加しているとは言えず、根本的な解決は難しい場合がある。そこで、ナレッジシェアのコミュニケーションで中心となるメンバーと当該メンバーの、他のコミュニケーションでのつながりを推移させることでネットワークへの参加の敷居を下げることが有効である。

②組織のコミュニケーションを定量的に評価し、組織改善につなげる

図4はA・B・Cのグループの仕事と雑談のコミュニケーションを可視化したネットワーク図である。
図4 当社組織A・B・Cの仕事/雑談ネットワーク
図4 当社組織A・B・Cの仕事/雑談ネットワーク
出所:三菱総合研究所
A・B・Cのネットワークを比較するとエッジの接続数の分布などは、グループの特徴によって異なる。Aのネットワークに注目すると、仕事ネットワークには存在せず、雑談ネットワークには存在するエッジは1本のみであった(図4A・赤線)。このことから、仕事ネットワークと雑談ネットワークとの間に、ほぼ完全な形で「雑談のつながり」が「仕事のつながり」に内包されるような包含関係があると考えられる。

一方でBのネットワークに注目すると、仕事ネットワークには存在せず、雑談ネットワークには存在するエッジは5本であり(図4B・赤線)、仕事と雑談が包含関係になく分離しているように思われる。

テレワーク化が進み、偶発的なコミュニケーションが減少した状況では、「弱いつながりの強さ理論(SWT理論)※1」における「弱いつながり」は形成されにくい。加えて、グループAにみられるような包含関係がある場合には、仕事で関わりのあるメンバーとのみ雑談をすることになり、それ以外の社員との「弱いつながり」の形成は難しくなる。SWT理論では、「弱いつながり」のあるネットワークに生じる、任意の2人をつなぐ唯一のパスを「ブリッジ」と呼ぶ。このブリッジがある組織は、情報を素早く伝搬させるのに効率的であり、また余分なパスが存在しないため遠くまで伝搬させることができる、と言われている。

理想とする組織像はその組織の役割によって異なる。仮にグループAが社内で強い情報発信力を持ち、他グループとの協業を推進していく役割を担う組織であるとする。その場合には、情報を遠くまで効率的に伝搬させられる弱いつながりを持つ組織を目指すことが必要であり、業務上関わりのあるメンバー以外との雑談の場を積極的に設けることが対応策として考えられる。

次に、Cのネットワークに注目すると、若手(主にネットワーク図の下部に位置するノード)間のエッジが密になっているが、PM(主にネットワーク図の上部に位置するノード)間のつながりが比較的希薄である。加えて、一部のPMは仕事ネットワーク上で若手と密なコミュニケーションをとっているが、同者の雑談ネットワーク上の交流は比較的希薄である。こうした組織では、メンター制度など、職級の異なるメンバーを結び付けて、その中で雑談などのコミュニケーションをとる工夫が必要かもしれない。メンター同士でメンター活動に関するナレッジシェアを行えば、PM間のつながりを強化するきっかけにもなり得る。

このように、組織内のコミュニケーションをネットワーク図で可視化することで、組織の特徴をコミュニケーションの観点から分析することができる。この分析結果を利用することで、組織の役割に応じて、組織の理想像を設定し、それに向けた効果的な対応策を考案することができる。また、密度などの定量的な指標を利用すれば、組織全体のコミュニケーションの状況の経時変化を把握することや、他組織との比較も可能となる。

データ駆動型事業運営で人が活躍できる組織づくりを

本コラムでは、「データ駆動型事業運営」×「ヒト」をテーマにして、昨今のテレワーク浸透に伴い顕在化した問題や、ビジネスのコミュニケーションの変化について述べ、今後注目されるであろうコラボレーションツールのログデータ活用について当社事例を交えて紹介した。

テレワーク化によって、コミュニケーションのブラックボックス化などさまざまな弊害が生じている一方で、今回紹介したコラボレーションツールのログデータなど新たなチャンスも出てきている。ぜひ、こうしたデータをフル活用して、リスク予見や組織基盤の充実を図り、人が最大限活躍できる組織づくりを実現していく必要があるだろう。

※1:弱いつながりの強さ理論(SWT理論):人のつながりを接する回数や心理的距離によって、相対的に「強いつながり」と「弱いつながり」に大別したとき、「弱いつながり」では2者を結ぶ唯一のパス(ブリッジ)ができやすく、このブリッジが多い場合には、伝達経路に無駄がないため情報の伝達が効率的であると言われている。社会学者Mark Granovetterが提唱した理論。

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