マンスリーレビュー

2022年9月号特集3デジタルトランスフォーメーション経済・社会・技術

日本発イノベーションを迅速化するテストベッド

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2022.9.1

政策・経済センター木根原 良樹

デジタルトランスフォーメーション

POINT

  • 高速に繰り返し試験ができるテストベッドがイノベーションの鍵を握る。
  • 日本発イノベーションを支える新たなテストベッド構築が求められる。
  • 新たな方向性は混然一体運営とリアル・デジタル融合の2つ。

テストベッドがTime to Marketを短縮

イノベーションの重点は時代とともに移り変わる。かつては新発明がけん引するものだったが、大量生産時代には製品・プロセスの改善が中心となり、21世紀には市場の製品・サービスと技術を結合させ新しい価値として提供するイノベーションへと変化した※1。日本はその流れに追いつくべく、大学を拠点とした人材の育成やスタートアップへ資金が循環する枠組みの構築に、政府を中心として取り組んでいる。

価値創出を目標とするイノベーションでは、スタートアップなどの独創的な発想や技術を市場化まで橋渡しする過程が重要となる。スタートアップなどが、自らに足りない知見や資源を有する関係者を巻き込みつつ、市場に近い環境で新製品・サービスの性能や受容性を繰り返し試験し、市場化に向けて改良を重ねる過程である。

価値創出型イノベーションでは、市場化までの時間(Time to Market)短縮が価値を生む。高速に繰り返し試験を行うことのできる場「テストベッド」が、人材育成や資金循環とともにイノベーションの鍵を握る。

デジタル時代の新たなテストベッド

デジタル時代をけん引するGAFAMは、自らのプラットフォームをいわばテストベッド化、新サービスを試作段階で公開して性能と受容性を確認しつつ改善を重ね、政府を中心としてTime to Market短縮を実現している。近年、産官学連携によるテストベッドの取り組みも活発化している。米国ではニューヨーク市内1マイル四方に無線装置を配備した都市丸ごとのテストベッド、フィンランドでは大手企業協力のもとでスタートアップが自由に参加するテストベッドが整備され、自国発のイノベーションを後押している。

同時にテストベッドのDX(デジタルトランスフォーメーション)も進む。米国医療機器メーカーは、デジタル空間に模擬した臓器モデルで試験を繰り返し製品開発の期間を短縮。ドイツ自動車メーカーは、工場全体をデジタル空間に模擬、生産性を高める。韓国ICT企業では、自社オフィスビルに配達・清掃ロボット100台超を配備、データを取得して新事業のシステム開発を行う。

日本でも情報通信研究機構(NICT)が1999年からテストベッドを提供してきたほか、近年、東京大学や東京都立大学※2などではオープンイノベーションを具現化するテストベッドに取り組んでいる。これらの成果を発展させ、価値創出型イノベーションを迅速化するものとして、「ラピッド・イノベーション・テストベッド(RITB)」を提唱したい。

混然一体運営とリアル・デジタル融合

RITBは、当社が東京大学中尾彰宏研究室との共同研究で発案したコンセプトであり、オープンイノベーションを具現化する共通基盤としてRITBを活用、繰り返し試験を行うことで市場化までの時間を短縮する(図)。
[図] ラピッド・イノベーション・テストベッド(RITB)による市場投入の迅速化
[図] ラピッド・イノベーション・テストベッド(RITB)による市場投入の迅速化
出所:三菱総合研究所
RITBには2つの方向性がある。1点目は混然一体運営。開発者と利用者が多様なテーマを同じ場で混じって試験する機会を、社会の縮図である大学キャンパスで設ける。スタートアップから大手企業まで、開発者間で垂直連携が生まれる。複数テーマ間での同調が促され新たなイノベーションがふ化する。利用者や第三者の立場で、学生の同意のもと受容性データを取得する。投資家も参加し、有望技術の事業化に取り組む。混然一体運営のキャンパステストベッドは、分散型イノベーションを迅速化する場となりえる。

2点目はリアル・デジタル融合。デジタル空間を活用したテストベッドである。複雑な社会課題を解決するイノベーションはさまざまな試験が必要であり、多分野のデジタル空間をつないで試験を行う※3。例えば、介護ロボットの開発において、デジタル空間上で動作アルゴリズムを繰り返し試験・改良したり、要介護者や介護施設を模擬した複数のデジタル空間をつなげて操作性や安全性を試験したりする※4。多分野連携型リアル・デジタル融合テストベッドはイノベーションを迅速化する場として機能する。

これらのテストベッドは、大学などが拠点となりひな形(プロトタイプ)を構築した後、産官学連携のもとで展開していくことが想定される。全国の大学で導入し地域の課題解決に活用するほか、事業化に成功した企業の協力でテストベッドを進化、不動産・交通事業者が地域全体のテストベッドを主導するなどが考え得る。

日本が価値創出型イノベーションを先導すべく、人材育成や資金循環とともにRITBの構築・展開が期待される。

※1:新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)(2020年5月)「オープンイノベーション白書 第三版」

※2:例えば、東京大学・NTT東日本(2019年~)「ローカル5Gオープンラボ」、東京都・東京都立大学(2021年~)「ローカル5Gのキャンパステストベッド」などの取り組みがある。

※3:近年、行政や企業が個々にデジタルツインの構築を進めているが、汎用(はんよう)ソフトウエアが普及しつつあり、将来、複数のデジタルツインをつなぐことが容易になると考えられる。

※4:リアルでは、厚生労働省が介護ロボットの開発・実証・普及のためのプラットフォームを開設(2020年〜)、実証フィールドやリビングラボを提供している。