マンスリーレビュー

2022年9月号トピックス1経営コンサルティング人材

人的資本経営をかけ声倒れにしないために

2022.9.1

経営イノベーション本部別當 良介

経営コンサルティング

POINT

  • 経営と現場をつなぐ中間管理職層の活躍が不可欠となる。
  • 学びの機会提供などによるマネジメントスキル高度化が必須。
  • 心理的、時間的余裕を確保して活躍できる環境の整備を。

人的資本経営実践の鍵は中間管理職層

人的資本経営の特徴は、人材を単なる資源ではなく「適切に投資することによって将来的な企業価値向上につなげる」ための存在とする点にある。

人的資本は、資金や建物、設備などの物的資本とは性質を異にする。人材がもつ意識や能力は目に見えない無形資本であるとともに、経験や学習を通じて価値が大きく変動する。

忘れてはならないのは、気持ちや組織文化、就業環境、あるいは相互関係や組み合わせによって、資本としての価値が大きく変動する点だ。人的資本経営の重要なポイントは、経営戦略と人材戦略を連動させて、人材ポートフォリオの転換を進めることだ。人数という量的な面だけでなく、人材の意識やモチベーション、特性といった質的な面にも目を向けることが欠かせない。

従って、個々の人材の質を熟知した中間管理職層による、経営と現場をつなぐ「ミドル・アップダウン・マネジメント」※1が極めて重要となる。

マネジメントの高度化が必須

中間管理職層の本来の役割は、経営層が立てた経営計画を達成すべく、現場の調整、サポート、管理、育成を進めることにある。これらの役割は、人的資本経営の実践に向けても必要となる。経営戦略と人材戦略とを連動させるためには、現場の事業や業務に対する深い理解や戦略的な思考が求められる。

さらに、人材一人ひとりの特性を理解した上で個々の役割について緻密な調整を行い、業務に対する納得感を醸成する必要がある。さらに、リスキリング(職業能力の再開発、再教育)などの育成施策やエンゲージメント向上の施策を計画・実行するなどして、マネジメントを高度化させることが欠かせない。

この実現に向けて中間管理職層には、より高いレベルのマネジメントスキルの習得が求められる。社内で最初にリスキリングが必要な層であり、彼らに十分な時間と資金を用意して、新たな学びの機会を提供することが必須となる。

心理的、時間的な余裕の確保を

問題は中間管理職層に人的資本経営に取り組む余裕が残されていない点だ。日本企業の中間管理職層は、曖昧な役割分担による管理業務の重複や書面重視のコミュニケーション、不必要な根回し稟議(りんぎ)などに悩まされてきた。さらに昨今では、コンプライアンスやマネジメントシステムへの対応を迫られていることが重荷となっている。

企業として、まずこれらの問題を解決することが、人的資本経営の実践への第一歩となる。具体的には、中間管理職層の権限と業務について選択と集中を図るとともに、情報インフラや諸制度の改編によって業務品質・効率性を高めていく。

中間管理職層のマネジメントのレベルアップを可能にする心理的、時間的な余裕の確保がなければ、人的資本経営の実践は、かけ声倒れに終わってしまう。

※1:トップダウン型とボトムアップ型の長所を統合する経営手法。野中郁次郎氏と竹内弘高氏の共著『知識創造企業』(1996年)で採用が提唱された。

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