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人的資本の再建 第1回:失われた30年、人材の課題と対応の方向性

日本企業の革新に向けて

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2022.11.28

経営イノベーション本部佐々木伸

別當良介

真部菜美

キャリアイノベーション本部平野勝也

経営戦略とイノベーション

「人的資本経営」の流行と現状

近年、企業経営における無形資産の重要性が高まり、無形資産の中心である「人的資本」への関心が国際的に高まっている。日本国内においては、2020年に「人材版伊藤レポート」が経済産業省から発表されて以降、関心は集まっていたが、人的資本に関する開示指針が今夏発表されたり、人的資本経営コンソーシアムが開催されるなど、一気に注目度が上がっている。一方で、「人的資本経営」の重要性を否定するわけではないが、やや単語が独り歩きしている印象がある。

「人的資本経営」がホットトピックになっているこの好機に、「人材」に関する課題を俯瞰し直すべきではないか。本連載では、日本企業の「人材」の課題を整理し、「人的資本」の再建に向けて取り組むべきポイントを提案する。

「失われた30年」における人材と企業

まず、日本企業における「人材」の課題を振り返りたい。

バブル崩壊以降、日本は「失われた10年」が、「20年」「30年」と呼び名を変え続ける低成長環境下にある。低成長、実質賃金の伸び悩みなど他の先進国に比べ劣後してきた。世界競争力ランキングの推移を見ると、特に「ビジネス効率性」において、低位に甘んじていることが分かる(図表1)。
図表1 日本の国際競争力推移
日本の国際競争力推移
その背景の1つに、経済活動の中核をなす「働くこと」を取り巻く劇的な変化に、日本企業が従来の体制から脱皮できなかったことがあると、われわれは考えている。働く主体である「人」と、その「意識」、働く「環境」の側面から整理を試みる。

「人」の側面では、この30年で日本は高齢化社会から超高齢化社会に突入し、総人口に占める65歳以上の割合(高齢化率)は2020年時点で28.4%を超えた。核家族化は一層進展し、8割を上回り、共働き世帯も増加している。そのような状況下で、15-64歳人口は大きく減少したものの、女性の社会進出や65歳以上の就業者の増加により労働力人口はやや増加している(図表2)。労働力人口の9割以上が働いている状況で、今後も労働力不足が深刻化することが予想される。
図表2 15-64歳人口、労働力人口、就業者数推移
15-64歳人口、労働力人口、就業者数推移
出所:「令和2年版厚生労働白書」より三菱総合研究所作成
質的な側面に着目すると、サービス経済の進展などにより、人的資本や知的財産の重要性が高まった一方で、日本企業の人材投資額(対GDP比)は減少傾向にある。また、前述の年齢・性別以外にも、グローバル化や非正規雇用の拡大など、職場内のダイバーシティも拡大している。

個人の「意識」の側面では、仕事への満足度が低下している。特に、若年層の仕事への満足度は、他国に比較しても低く、専門性習得への意欲も低い。モノの豊かさよりも精神的な豊かさを求める傾向が強まっており、ワークライフバランスが重視されるようになっていることも特徴である。いかにして従業員のエンゲージメントを高めるか、リスキリングやキャリア自律を動機づけしていくかが、企業にとって課題になっている。

「環境」面では、IT技術の進展による変化が大きい。個々人が自分専用のPCなどを使用し、メールやオフィスツールを使うことが当たり前になり、近年では在宅勤務の浸透によりワークスタイルは大きく変化した。

企業に求められるコンプライアンスの高まりも、重要な環境変化である。エンロン事件などの甚大な企業不正、CSR(企業の社会的責任)の普及、近年のESG(環境・社会・ガバナンス)に対する株式市場(特に投資家)からの注視により、企業・従業員に求められるコンプライアンスや倫理の水準は高まっている。

「働くこと」を取り巻く変化は、現在「歪(ひず)み」となって、われわれの働く会社や職場に現れている。代表例として「ミドル層」と「育児・介護層」を取り上げて考えてみたい。

歪みの集中①:ミドル層

当コラムのミドル層の定義として、ここでは多くの企業で中間管理職、および職場の意思決定やプロジェクト推進の主体を担う40代~50代を想定している。過去のミドル層との違いは、NHKの人気番組であった「プロジェクトX」を思い出していただきたい。そこでは、中間管理職が部下と死に物狂いでプロジェクトを前進させ、市場を席巻していく姿が描かれていた。中間管理職は管理的業務も担っていたものの、現場と奮闘するプレイングマネジャーが理想的な姿とされていた。

しかし、現在の中間管理職は、プレイングマネジャーとして業務を担いつつも、人員削減、管理業務の過大化、働き方改革などで過度に負荷が集中している状態にある。また、ミドル層には、多くの企業で管理職以外のキャリアパスが整備されておらず、専門性を発揮できない、専門性を持っていても評価されない層が一定数存在している。

かつて輝いていた日本企業とミドル層

人的資本の再建を考えるうえで、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と言われていたころの日本企業の姿を振り返ることで、もともと日本企業が持っている強みを再確認し、今後の打開策検討の一助としたい。

当時の日本は、数々の書籍や論考の中で、優れた企業文化として「Kaizen」が挙げられる。このボトムアップの取り組みは、上に立つ者が下の者の意見を聞こうとし、下の者は上に立つ者を信じて発言しない限りは成り立たない。すなわち、「現場のミドル層」が核となったイノベーションであったと言える。

彼らはメンバーに対して日頃から「課題伺」と「解決」のための活動を怠らない。それを継続するうちにオペレーション上の模倣困難なケイパビリティ(企業の強み)となり、企業戦略までに昇華している例も見られる(新幹線の清掃、トヨタ生産方式など)。時には、偶発的な出来事さえもチャンスにしてしまう。

このように、「現場のミドル層」による「リーダーシップ」が、「人的資本」の価値を最大化し、事業戦略、企業戦略を作り上げてきたのが当時の日本企業の特徴である。

「マネジメント」業務が阻むミドル層の活躍

しかし昨今、日本企業(特にミドル層)を取り巻く環境が大きく変化してきた。一言でいえば、「マネジメント」業務の増加により、ミドル層が「リーダーシップ」を十分に発揮できなくなってきている。

具体的な「マネジメント」業務としては、厳密な時間管理、コンプライアンス関連、QMS(品質管理システム)関連、メンタル不調対応、ハラスメント対応、ダイバーシティマネジメントなどが想像しやすいだろう。

中間管理職を対象とした調査によると、このような「マネジメント」業務の負担感が強く、「自分の組織は人手不足」と感じる割合も高い。創造的業務ができない(学びの時間が確保できない、付加価値の高い業務に時間をさけない、スキル・知識不足)などの問題も噴出している。民間企業のコンサルティングに携わってきた当社の感覚値としても、今後何も手を打たないのであれば、こういった状況は根深い課題として日本企業の奥深くまで進行するだろう。

同様の傾向は、中間管理職のみならず、ミドル層全般にも及んでいると見る。職務の区切りがあいまいな日本企業の場合、中間管理職をサポートするミドル層にも、影響が及んでいると考えられる。

したがって人的資本の再建に向けては、中間管理職を含むミドル層の「マネジメント」業務の負担を軽減し、本来持っている「リーダーシップ」をどのように発揮させるか、という点が重要となる。
図表3 中間管理職の昨年からの負担・人手不足の変化
中間管理職の昨年からの負担・人手不足の変化
図表4 中間管理職の負担感×抱えている課題
中間管理職の負担感×抱えている課題
出所:株式会社パーソル総合研究所「中間管理職の就業負担に関する定量調査」より三菱総合研究所作成
https://rc.persol-group.co.jp/thinktank/data/middle-management.html(閲覧日:2022年10月20日)

歪みの集中②:育児・介護層

育児・介護層は、「働きながら子育てを行う人」「働きながら親の介護を行う人」のことを指す。第3回コラムで詳しく触れるため、ここでは簡単に、取り上げた背景を紹介する。

核家族化、共働きの増加、高齢化の進展により、この層は増加傾向にある。これまで専業主婦にしわ寄せされていた負荷を、就業者が担っている状況である。彼ら彼女らの負担は、本人が育児・介護に上乗せして担うこともあれば、他の従業員がカバーすることもあるが、いずれにせよ育児・介護がしやすい環境とは言い難い。

結果的に、育児・介護離職も発生している。企業としては、人材へのこれまでの投資が無に帰す離職は当然防がなければならない。

また、出産後の女性が職場復帰しても、昇進がなくなったり、それまでのキャリアが断絶したりする「マミートラック」に追いやられることもある。育児層にせよ、介護層にせよ、彼ら彼女らが働けない環境は、残業をいとわない男性中心の従来型の企業文化を固定化してしまう。日本企業が人的資本の再建を行う上で、多様な人材が活躍できる環境整備は必須であり、中でも育児・介護層の働く環境の整備は重要な課題になると言える。

人的資本再建の好機が到来

これらの課題は、誰もが感じつつも、横並び意識が強い日本では変革の機会になかなか恵まれなかった。しかし、「人的資本経営」がホットトピック化しており、「皆が一斉に始めれば、流れに乗る」日本人(日本企業)の特性からも、現在の状況はまたとない変革の好機になると言える。そして、この変革を実現していくことが、「イノベーション」を現場起点で起こしてきた、かつての日本企業の「再建」につながると確信している。

第2回は日本企業のミドル層に着目し、現状の課題を解決しさらなる飛躍を遂げるための方策を、第3回は育児・介護層をどのように活かすべきかを論考する。

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