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CGX(コーポレートガバナンス・トランスフォーメーション)第1回:今こそ日本企業のガバナンスを変革する

日本企業の革新に向けて

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2022.10.3

経営イノベーション本部瀧 陽一郎

佐々木 伸

秦 知人

経営戦略とイノベーション

日本企業のガバナンス再構築の必要性

近年、ESG投資の興隆やコーポレートガバナンス・コードの改定など、企業のガバナンスに注目が集まる中、伝統的な企業をはじめとして企業での不祥事が世間を騒がせている。東京商工リサーチの調査によれば、「不適切会計」を開示した上場企業数も、近年高止まりを続けている(図1)。

他方、業績の面でも、国内企業は低成長性が指摘されて久しい。経済産業省のCGS研究会(コーポレート・ガバナンス・システム研究会)では、企業の利益に対する投資の比率が伸びておらず、取るべきリスクが取れていないとの指摘がなされている※1

不祥事の発生を抑えられず、逆に取るべきリスクが取れていないことは、日本企業のガバナンスが機能していないことの証左であろう。結果、成長機会の逸失が国内全体にもたらされていると言える。今こそ、日本企業のあるべきガバナンスの姿を問い直し、仕組みを変革する必要があるのではないか。

当社が提唱するCGX(コーポレートガバナンス・トランスフォーメーション)とは、企業がビジネス環境の激しい変化に対応するため、コーポレートガバナンスを高度化して、業務、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、ステークホルダーの要求に応え、企業の成長性を高めることである。これからの時代に求められるガバナンスのあり方を、5回にわたって連載する。
図1 「不適切会計」を開示した上場企業数の推移
図1 「不適切会計」を開示した上場企業数の推移
出所:東京商工リサーチのホームページ*を基に三菱総合研究所作成
*:東京商工リサーチ「不適切な会計・経理の開示をした企業は51社、最多は製造業の17社【2021年】」
https://www.tsr-net.co.jp/news/analysis/20220121_04.html(閲覧日:2022年6月28日)

日本企業のガバナンスに関する変化と課題

日本企業のガバナンスの課題とは何か。企業のガバナンスに求められる要素や企業を取り巻くリスクが多様化する中、一言で言えば「旧来のガバナンス態勢やリスクマネジメントの仕組みが時代に合っていないこと」と考える。

現在、企業を取り巻く環境の変化は目まぐるしいものがある。特に大企業を中心に、ガバナンスの観点から着目すべき変化は以下の3点である。

変化①:対応すべきリスク範囲の拡大

企業の事業展開に伴いグループの規模やサプライチェーンが拡大し、対応すべきリスクの範囲が拡大するとともに、そのリスク量は増大している。また、社会変化のスピードが速まっている現代では、テールリスク(ブラックスワン・イベント※2)の発生など、企業経営に影響を与えるリスクを予見することが難しくなっている。いわゆるVUCAの時代において、企業は不確実性が高く多様なリスクに対処する必要がある。

変化②:企業価値向上のための(攻めの)ガバナンスの必要性が増加

東京証券取引所による「コーポレートガバナンス」の定義には、「透明・公正かつ迅速・果断な意思決定を行うための仕組み」とある※3。その背景は、「会社におけるリスクの回避・抑制や不祥事の抑制といった側面を過度に強調するのではなく、むしろ健全な企業家精神の発揮を促し、会社の持続的な成長と中長期的な企業価値の向上を図ることに主眼を置いている」ものだ※4

これまでのガバナンスはオペレーショナルリスク※5の管理など、負の影響要因のマネジメントが中心であったが、今後は戦略リスクなども含めた、中長期的な価値向上のためのマネジメントとして昇華させていくことが期待されている。

変化③:サステナビリティ等の観点から、企業の社会的責任への注目が増加

企業と社会との関わりでも大きな変化が起こっている。サステナビリティのような、地球環境や社会等の持続性に対する意識の高まりによって、企業の社会的責任の履行が経営に与える影響は年々大きなものになっている。

これまではCSRのような形で企業活動の一部として対応されてきた企業の社会的責任の履行が、企業活動の根幹をなす要素となりつつあるとも言えよう。このような社会的要請に対し、企業は今まで以上に高い目線で対応していく必要がある。これまでの短期的な(特に財務面を中心とした)物差しを、より長期的で、社会全体を見た物差しに置き換えていくことが肝要である。
このような企業経営のあり方、社会との関わりの両面から起きている環境変化に対して、日本企業は追いつていないのが現状だろう。それぞれの変化に対して、以下のような課題が顕在化していると考える。

課題①:従来のリスクマネジメントシステム(RMS)の機能不全

多くの企業では、リスクマネジメントシステム(RMS)として、「リスクの特定~分析~評価~対応」といった一連のプロセスが定められている。これらは、ルールベースでの対応策の積み上げで対処されていることが多く、年月を経て膨大な量のルールとなっている。

その結果、システム全体が複雑となり、運用にリソースがかかるようになればなるほど、新種のリスク、目の届かない範囲のリスクに対処する柔軟性に乏しくなる。また、システムの全体理解が困難になる、システムが個別最適化され全体最適が図られない、システムを一から構築できる人材が不足するといった事態も発生してくる。

企業を取り巻くリスクが不確実化・多様化している中、結果的に、RMSの穴を突く形で不祥事が頻発している。

課題②:リスク回避偏重の組織文化

RMSはその性質上、保守的な判断を優先するルールが形成されやすい。これを順守し続けることで、ことリスクのある経営判断は「迷ったら止める」という保守的な組織文化(価値観や行動様式)が形成されてしまう懸念がある。社風などで程度の差はあれど、システムが成熟した大企業になればなるほど、このような傾向があるのではないか。結果、大胆かつ迅速な意思決定がなされにくく、本来取るべきリスクが取れない結果につながっていく。

課題③:新たな社会的要請への対応が不十分

これまでのガバナンスは、短期的な成長の観点(特に財務的観点)でしかアウトプットを測れていなかった。このような前提では、例えば社会的価値は高いが収益性が低い、あるいは規模が小さいような事業には手を出しにくい。

一方、コロナ禍の中、重要性がますます認識されてきたサステナビリティなどの考え方に対しては、短期的な財務リターンの追求という視点だけでは適応できない。資本市場でもESG投資など、株主が求めるものが変化している中で、やみくもに短期的なアウトプットを追い求めるだけでは、ステークホルダーとの意識の乖離(かいり)が生じてしまう。

ガバナンスのスコープを短期的な財務リターン以外も含めてアップデートしなければ、サステナビリティなどの新たな社会的要請に対応することは難しいだろう。
このような社会の変化と課題をまとめると図2のようになる。企業は、これまでのガバナンスの主領域における課題①に対処することに加え、ガバナンスに求められる領域と、企業に求められる領域の拡大を受け、課題②・課題③にも対応することが求められる。
図2 日本企業のガバナンスに関する変化と課題
図2 日本企業のガバナンスに関する変化と課題
出所:三菱総合研究所
次回は、このような課題を解決していくために、企業のガバナンスのあるべき姿と解決策の全体像を示す。

※1:経済産業省「CGS研究会(第3期)第1回 事務局説明資料」
https://www.meti.go.jp/shingikai/economy/cgs_kenkyukai/pdf/3_001_04_00.pdf(閲覧日:2022年5月9日)

※2:想定外と思われていることが発生してしまうテールリスク。

※3:東京証券取引所「コーポレートガバナンス・コード(2021年6月版)」
https://www.jpx.co.jp/equities/listing/cg/tvdivq0000008jdy-att/nlsgeu000005lnul.pdf(閲覧日:2022年5月9日)

※4:東京証券取引所「『コーポレートガバナンス・コード原案』序文」
https://www.jpx.co.jp/equities/listing/cg/tvdivq0000008jdy-att/nlsgeu000005ltbt.pdf(閲覧日:2022年5月9日)

※5:事務ミス、システム障害、不正等、日常のオペレーションにおけるミスや事故によって引き起こされるリスク。

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