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CGX(コーポレートガバナンス・トランスフォーメーション)第2回:あるべきガバナンス像実現に向けた3つの解決策

日本企業の革新に向けて

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2022.10.7

経営イノベーション本部瀧 陽一郎

佐々木 伸

秦 知人

経営戦略とイノベーション
三菱総合研究所が提唱するCGX(コーポレートガバナンス・トランスフォーメーション)とは、企業がビジネス環境の激しい変化に対応するため、コーポレートガバナンスを高度化して、業務、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、ステークホルダーの要求に応え、企業の成長性を高めることである。

第1回では、日本企業のガバナンスに関する社会の変化と、それに伴う3つの課題を指摘した。第2回の当コラムでは、第1回で示した変化に対応するためのガバナンスのあるべき姿を考察した上で、課題とのギャップを埋めるための解決策について概観する。

ガバナンスのあるべき姿

アメリカの経営学者チェスター・バーナードは、組織が成立するためには「コミュニケーション」「共通目的」「協働意欲」の3要素が不可欠と論じた※1。ガバナンスの文脈でも、この3要素が高いレベルで実現されていることが重要と考える。

前回論じたように、現在、企業のガバナンスを取り巻く環境の変化によって、リスク範囲の拡大やリスクの多様化に加え、「攻めのガバナンス」への転換、そしてサステナビリティ関連の社会的責任への対応など、企業が対処すべきガバナンスの対象領域が拡大している。このような広範な領域に対応するには、上記の3要素を意識したさまざまな施策が必要となる。

「コミュニケーション」の面では、関係者間の意思疎通・連携を促すための仕組みや、組織風土の醸成が重要だ。そして、「共通目的」としての経営理念を浸透させることと、ガバナンスへの「協働意欲」を高めるためのステークホルダー間の認識共有を図ることで、広範な領域に柔軟に対処できる態勢が整えられる。

このようなガバナンスを実現した企業の姿として、具体的に以下の3つの状態を提案したい。

①「透明・公正」かつ「迅速・果断」な意思決定の仕組みが実装できている

まずは、仕組みの観点について考える。激しい環境の変化に対して規程やマニュアルなどのルールだけで対応することは難しい。しかしながら、それはリスクマネジメントシステム(RMS)などの仕組みが不要ということを意味するものではない。むしろ、企業が「避けるべきリスクは回避する」、あるいは「取るべきリスクは保有する」ことを判断する上で、RMSなどの仕組みにより基本的な対応の仕方を定めておくことは有用である。判断プロセス・対応プロセスを標準化・効率化しておくことで、より上位の課題への対応余力が生まれるとともに、多くの場合、これらの仕組みは適切な意思決定を行うための物差しとなる。

ただし、一度導入すればそれで終わりということではない。時々刻々と対象範囲や種類が拡大するリスクへの対処に加え、「攻めのガバナンス」への対応も含め、意思決定の仕組みを継続的に高度化していく必要がある。多様化するリスクの見落としを極力減らし、上振れのあるリスクのうち取るべきリスクはしっかりと取れるような柔軟性のある仕組みを構築することが必要だ。その際に重要となるのは、ルールだけでは対処できない領域も想定した上で、自社のリスクアペタイト※2についても検討・考慮した仕組みの設計である。言葉を換えれば、これまでの「ルールベース」の仕組みから、「プリンシプルベース」の仕組みへと転換していくことがCGXに取り組む企業の必須要件となる。その「プリンシプルベース」の礎となるものが、次に述べる経営理念であると考える。

②グループ全体で経営理念が理解され・浸透している

企業がルールや既存の物差しに頼らない意思決定を進めていく上で、拠り所となる判断軸をもつ必要がある。そして、その判断軸は自社独自の尺度で設定する必要がある。ガバナンスの判断軸は、従来は短期的あるいは財務的観点といった、外部要因に即した客観的なものが重視されることが多かった。しかし、第1回で述べたように、このような観点だけでは企業に求められる新たな社会的要請への対応や、ルールベースで判断できないリスクへの対処は難しい。これからは、自社ならではの判断軸を各社が持っておく必要がある。

これはすなわち、経営理念(あるいは、パーパス)ということだろう。普遍的な判断軸としての経営理念がグループ全体に浸透することで、変化する環境にも柔軟に対応可能なしなやかさを産む土台となる。経営理念の浸透を通して一体感が醸成され、社員一人ひとりが経営方針や組織運営などを自分事として捉えることにより、自律的なガバナンスを図ることが可能になる。

③自社なりのガバナンスのあり方が認識共有されている

ガバナンスの実効性を担保する上で、ガバナンスに対する社員の理解や共感を深め、ガバナンスの仕組みが自律的に機能する状態が求められる。心理的安全性が担保され、社員が安心して異論を言い合える組織風土の下に、自社なりのガバナンスのあり方が認識共有されることが望ましい。

ガバナンスは社内だけでなく、株主、顧客、地域社会なども含めた企業のステークホルダーに対する責任も発生する。社外とのコミュニケーションも円滑になされる必要がある。社外ステークホルダーを通じて企業に求められるものや外部環境の変化を取り込み、ガバナンス全体を継続的に進化させることができれば、企業のレジリエンスの一層の向上が図れるだろう。

解決策の方向性

ここまで論じたガバナンスに関する日本企業の課題とあるべき姿を踏まえ、両者をつなぐための解決策として以下の3点を提案したい。

【短期対応】旧来のリスクマネジメントシステム再構築・刷新

「透明・公正」かつ「迅速・果断」な意思決定の仕組みの実装のため、まずは従来のRMSなどの仕組みが機能不全に陥っていないか再点検し、現在の外部環境を踏まえたアップデートを行うべきだ。例えば、サプライチェーンにおけるカーボンニュートラル対応や人権配慮、地政学リスクの高まりなど、これまで捉えられていなかったリスクへの対処ができているかを改めて確認すべきである。

あわせて、「攻めのガバナンス」の実現に向けた意思決定の仕組みの検討、次に述べる「プリンシプルベース」への転換についても、順次着手していくべきであろう。

【短~中期対応】経営理念の見直し、組織浸透

RMSなどの仕組みの基盤となるものとして経営理念の見直しがある。自社の経営理念は、「普遍的な判断軸」として機能するような、「共感を伴った組織浸透」に対応できているのだろうか。今一度、自社の経営理念を見直し、組織内の共感・認識共有ができているかを確認すべきだ。社是や理念があっても、内容が古く社員に十分に共有ができていない企業があるとたびたび耳にする。現在の経営環境を省みて、必要に応じ内容や解釈の見直しを行っても良いだろう。

【中~長期対応】ステークホルダーとの「対話」

社内外のステークホルダーとの継続的な対話を通じて、ガバナンスに関する認識共有をしつつ、外部環境の変化を継続的に取り込んでいく必要がある。その際にも、経営理念などの「対応原則」があることで、企業は認識共有を図りやすくなる。対話を通じて経営理念自体の理解・浸透も深まるだろう。継続的な対話を通じ、外部環境の変化の取り込みと経営理念の浸透の好循環を作っていくことで、時代の変化に合わせて継続的に進化する、レジリエントなガバナンスが実現される。
以上の3つの解決策の関係性を図で表すと図1のようになる。以降の回では、個々の解決策について、詳細に解説する。
図1 ガバナンスのあるべき姿と解決策
図1 ガバナンスのあるべき姿と解決策
出所:三菱総合研究所

※1:Barnard, C. I. (1938)."The Functions of The Executive", Harvard University Press.(山本安次郎・田杉競・飯野春樹(訳)『新訳 経営者の役割』1968年、ダイヤモンド社)

※2:企業の経営戦略や事業計画に照らし、受け入れるべきリスクの種類・量、あるいはその設定の考え方。

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