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日本企業の革新に向けて 総論:4つの大課題を解決する

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2022.9.26

経営イノベーション本部企業・経営研究チーム

経営戦略とイノベーション

失われた30年からの脱却は可能

意外な統計データを紹介しよう。世界各国・地域の貿易依存度(GDPに対する貿易額=輸出+輸入の比率、UNCTAD、2018年)をランキングすると、台湾が約108%で16位、韓国は約70%で59位となっている。日本は約29%でなんと184位であり、昔からそれほど変わっていない。

貿易立国と言われてきた日本であるが、実際に高度成長を支えたのは、人口の大幅な増加に伴う内需と積極的な公共投資によるものであった。失われた30年は人口が停滞から減少に向かう時期と重なっており、産業構造が変わらない中では、この時期の経済の停滞は必然だったと言えよう。

そして、これからも日本国内の人口減少が続くことは、ほぼ確実な未来である。いつまでも規模拡大を目指すことはできないし、急激な輸出拡大も望み得るものではない。産業構造を変え、「量や効率」を追求する経営から「質と効用」を追求する経営に転換し、規模拡大ではなくサステナブルな経済システムを確立することが急務である。

企業もしくは産業の新陳代謝によりダイナミックに産業構造を転換していくのが世界の潮流だろう。しかし、果たしてそれが日本企業にも当てはまるものだろうか。伝統を重んじ、求心力を基本とする企業文化が根差している日本では、日本企業(特に大企業)自身が構造変革することも現実的な解となろう。幸い日本企業には、これまで変革して生まれ変わった事例が多数あり、これからも変革を起こせる力が必ずある。日本企業が内部からの変革の力を発揮したとき、日本の変革も成し遂げられるはずである。

日本企業・日本的経営が立ちすくんでいる4つの大課題

われわれは、日本企業もしくは日本的経営と言われるもののどこに課題があるのかを検討してきた。よく言われる、イノベーション意識の欠如、人事制度疲労、SDGs対応の遅れ、DXの遅れなどは、それぞれの側面から正しいのであろうが、これらを網羅的にあげつらっても意味はない。従来の日本的経営に基づく日本企業の成長スピードは、現状、世界の中で劣後しているとはいえ、これまで総じてうまく行ってきたのも事実であり、現在の現象的課題を挙げるのではなく、これから飛躍するための課題を挙げねばならない。

日本企業が抱えている課題を紐解くため、日本の医療制度や年金制度を考えてみる。不利益を被る世代がいることなど、さまざまな現象的課題が指摘されているものの、皆保険制度の下でいつでも誰でも病院にかかることができるし、世界的にこれほどうまく機能してきた制度は他にはない。欧州の小国との比較で小手先の制度変更を論じるのではなく、人口減少社会でのあり方を抜本的に検討する必要がある。われわれはこのような立場に立ち、議論を重ねてきた。そこで着目した大課題は以下の4点である。仕組みや制度などの表面に現れる問題というよりは、日本国民の意識レベルに根差した問題であり、このうちの1つでも心底から取り組むことにより、変革は促されると考えている。

①存続環境の理解

旧来からの価値提供(商品やサービスによる顧客満足の追求)にとらわれ、新たな社会課題を発見・解決する仕組みがなく、また労力も払われていない。

②人的資本の再建

専門的な知識や能力を軽んじ、人財投資も不十分なままOJTとローテーションで身に付ける業務遂行能力に過度に依存した結果、組織内人材の能力を引き出せていない。制度や働き方も総じて制度疲労を起こしたままとなっている。

③CGX(コーポレートガバナンス・トランスフォーメーション)

企業不祥事は頻発しているが、ガバナンスを自社自身の問題と捉えず、外部から課される制約条件とする考えが横行している。また、守り偏重のガバナンスとなり、攻めの観点が欠如している点も大きな課題である。

④新たな市場機会の創出

収益力は向上しているものの、既存領域でのマーケティングやコスト削減の最適化の結果であり、新たな社会価値を創出している訳ではない。

大課題に立ち向かう解決策の方向性

日本企業の革新に向け、前節で述べた4つの大課題に対する解決策の方向性を蜂の巣になぞらえて整理してみた(図1)。
図1 日本企業の革新に向けた解決策の方向性
図1 日本企業の革新に向けた解決策の方向性
出所:三菱総合研究所
図の一番下では、自社が存続するための環境(存続環境)への理解が不足していることを指摘している。業界内の他社動向には注意を払っても、社会の大きな流れの変化にはどうしても後追いとなり、結果として決められたルールの中で必死で追随しようとするのが、日本産業の現状の姿ではないか。はやりのキーワードに振り回されることなく、冷静な目で社会課題を観察する眼力が求められている。その上で、自社が取り組むべき社会課題を抽出し、それに対し事業として解決にコミットすべきである。

蜂は存続環境(外界)の変化に敏感である。気候や草花の変化に応じて、自らの活動内容も変化させ、相互依存関係にある生態系の維持に貢献している。もちろん、自らの生存のためということであるが、花の受粉などにも貢献している訳である。そのようにして、サステナブルな生態系は保全されている。

図の中段右は人材活用の不十分性ということになる。最近では人的資本経営の重要性が指摘されるようになったが、これまでは組織優先で人が組織に合わせてきたことの裏返しだろう。少子化も進む中、人を中心とした組織作りを取り戻すことがまずは必要なことである。その上で、ひずみが生じているミドル層や時間的に制約のある働き方の人でも、その経験や能力を価値に変えていく仕組みを構築する必要があろう。人的資本の再建は急務の課題である。

蜂には働き蜂のような「役割」があることはよく知られている。しかし彼らは機械の歯車のような緻密に構築された効率性は備えていない。適度な裕度(意味もなく飛び回る)を持ちつつ、その行動から得られた観察結果は、女王蜂の巣立ちの時期や場所の意思決定に用いられているという。

一方で、中段左は言うまでもなく、内部崩壊を招くガバナンスに対する認識不足の指摘である。しかし、これまでのハード(制度)優先のマネジメントシステム整備だけでは解決しえないことは明らかとなっている。ハードは必要であるものの、その前提となるパーパス・ビジョンの共有、コミュニケーション・対話といったソフト面を強調したい。このソフト面を前提にすることで、攻めの意思決定(リスクテイク)における秩序も生まれる。われわれはこれらを、CGX(コーポレートガバナンス・トランスフォーメーション)と名付けている。

例えば蜂でも、巣の秩序維持は大変である。暑いときには羽ばたいて冷やし、寒いときには一定の場所に固まって温度を上げるという、巣内を一定温度に保つ仕組みを持っている。しかしそれは特定の蜂の役割という訳でも、誰かの指示で動いている訳でもなく、数匹の行動が巣全体に広がるそうだ。新たな花を探せなくなった場合、新しい住み処(か)の候補があれば、密なコミュニケーションにより情報が伝達される。

図の上部の蜂蜜の絵のところは、新た市場機会の創出について述べたものである。収益だけを追う時代は終わりつつある。家電製品や自動車といった「モノ」の所有欲を満たす時代から、社会課題解決型事業を通じて新たな市場機会を獲得し、価値を創出する時代となった。これは、既存事業からのパラダイムシフトが求められていることを意味する。

蜂は蜂蜜を作り出すことで子孫を繁栄させることが目的だろう。蜂蜜を食用としている人間の視点では、どうしてもそこだけに注目しがちだ。しかしより大きな価値創出として、新たな女王蜂に巣を譲り、別の場所に飛び立ち、新たな巣を作るという営み(巣別れ)がある。このような意思決定時には、日常の最適化ではなく、大きなパラダイムシフトが必要となる。

日本企業の革新に向けた解決策の方向性について概略を述べてきたが、むろんこれらも普遍的であるものではない。課題自体も常に変化する中で、絶え間ない企業変革をし続けることが求められている。

変革が必要となるタイミングとして分かりやすいのは、何らかのインシデントや問題が発生したとき、法律や政策が変更されたとき、業界のリーダーが先陣を切ったとき、などである(図2左)。そして、ここで重要なのは、そのときに最低限の対応を追従型で行うのか、それとも先進的対応を自発的に行うかである。もちろん変革の内容によっても異なるし、すべてを先進的に行動すべきと主張するものでもない(図2右)。

しかし、ほとんどのことに対して追従型であったと言える日本企業が迫られている変革を考えるとき、少しでも自発型に行動を変える必要があるだろう。
図2 絶え間ない企業変革
図2 絶え間ない企業変革
出所:三菱総合研究所
今後は、前述した4つの課題について、解決に導く処方箋を連載で詳しくお届けする。シリーズを通して、日本企業の革新に少しでも貢献できれば幸いである。

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