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CGX(コーポレートガバナンス・トランスフォーメーション)第4回:経営理念浸透で実現するCGX

日本企業の革新に向けて

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2022.11.21

経営イノベーション本部瀧 陽一郎

佐々木 伸

秦 知人

経営戦略とイノベーション
三菱総合研究所が提唱するコーポレートガバナンス・トランスフォーメーション(CGX)とは、企業がビジネス環境の激しい変化に対応するため、コーポレートガバナンスを高度化して、業務、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、ステークホルダーの要求に応え、企業の成長性を高めることである。

第3回では、日本企業のリスクマネジメントの体制・仕組みを中心に、顕在化している課題と、その対応策について提案した。いくら体制・仕組みを整備したとはいえ、従来のルールベースでは対処しにくいリスクや、ESGなど新たな社会的要請への対応には、原則に従いつつも個別に判断する、柔軟な構造の確立が求められる。今回は、このように柔軟な構造をもつガバナンス体制をボトムアップ的に実現するのに不可欠な経営理念もしくは、近年注目されているパーパスの組織浸透の重要性について述べる。ポイントは以下の4点である。
  • 組織に対する社員の理解や共感が不十分であると、ガバナンスの仕組みは自律的に機能しない。
  • 経営理念を介して組織の方針に共感をもつことで、社員は経営方針や組織運営などを自分事として考えられる。
  • 経営理念の浸透は、心理的安全性の確立にも不可欠。
  • 経営理念浸透のためには、「社員参加プロセス」「あるべき姿の共有認識醸成」「個別ポリシーなどとの整合性確保」の3点が重要である。

なぜガバナンスが機能しないのか

企業は、ESGや社会的責任、資本効率などの観点で、多様なステークホルダーからガバナンス強化を迫られている。東京証券取引所のコーポレートガバナンス・コード※1全原則適用はその1つであるが、comply(遵守)すれば終わりではなく、実効性が重要なのは言うまでもない。

ガバナンス実現の責任は経営層にあるものの、不確実性が高く、正解がなく、変化が激しい事業環境下では、トップダウンで仕組みを整備し号令をかける方法だけでは実効性の担保は難しい。なぜなら、事業環境の最前線の状況は経営層では十分に把握・理解できず、現場での情報を重視し、迅速に対応する必要があるからである。

第3回でも述べたように、ベストプラクティスとされる仕組みを導入した企業でも低成長や不祥事が続くのは、組織に対する社員の理解や共感が不十分であり、ガバナンスの仕組みが自律的に機能していないからである。

社員の共感を高め、経営を自分事化させる経営理念

コロナ禍でのリモートワーク増加や若手世代を中心とした人材流動化、ワークライフバランス志向などのトレンドは、ともすれば会社に対する社員の帰属意識や求心力を弱め、会社をよりよくするための言動を自発的・積極的に行う動機を減退させかねない。この結果、ガバナンスに悪影響を与える可能性もある。

一方で、このような社会状況と、昨今の「パーパス経営」の流行は無関係ではないだろう。経営理念やパーパスの定義・意味合いはさまざまだが、「組織がよって立つ不変の軸」という部分は共通しており、社員が組織の考え方に対して共感し、行動を起こすよりどころという意義が根底にあると考える。

経営理念やパーパスを介して組織の方針に共感をもつことで、社員は経営方針や組織運営などを自分事として考えられるようにもなる。これらの自分事化を通して、自律的なガバナンス機能が発揮されると考えられる(なお以降では、パーパスも「経営理念」に含める)。

「心理的安全性」のある組織風土

ガバナンスの仕組みが自律的に機能するためには、忖度(そんたく)をせずに素朴な疑問・異論も言え、Bad Newsを共有し、ネガティブな評価を気にせず安心して言動できる組織風土もまた不可欠である。いわゆる「心理的安全性」の確保だ。

一例として、企業が品質問題などを起こした場合に公表する調査報告書には、以下のようなことが度々指摘される。経営層や上司、そして(親会社がある場合は)親会社に対し、組織内で脈々と継続されてきた不適切な対応などの悪い情報を上申できず、こうした組織風土が、自浄的な問題解決を阻んだ真因となるというものである。まさに、心理的安全性が醸成されていなかったことによるガバナンス不備と言えるだろう。

社員一人ひとり、日々現場で直面するさまざまなビジネス機会や脅威を自分事として捉え、経営層、社員が互いを意識的に尊重しつつも、意見を言い合える状況が醸成され続けることが、ガバナンスの実効性を高める上で不可欠だ。「風通しのよい組織文化なくしてガバナンスなし」と言っても過言ではない。

ガバナンス実現には、「心理的安全性」と経営理念浸透が必要

一例として、グループ子会社まで含めた自律的なガバナンス実現の姿を考えてみたい。そこでは「心理的安全性」と経営理念浸透の2点が極めて重要だ。「心理的安全性」の重要性は上述のとおりであり、想像に難くないだろう。

他方、一般的に親会社がグループ内でガバナンスを効かせ、子会社の末端まで目配りし、統制を徹底することは容易ではない。リスクマネジメントシステムや内部統制といった仕組みをグループ全体に整備し、親会社・子会社が一体となって実効性を高めることはもちろん重要だが、仕組み一本槍の対策にもおのずと限界がある。ガバナンスはトップダウンで整備するだけのものではなく、社員一人ひとりの自律的な意識と行動によりボトムアップ的に実現されるものと考えるべきである。

また、グループ内への経営理念の浸透を通してグループ一体感を醸成し、ひいては、会社の自分事化を高めることにより、自律的なガバナンスを図ることが理想である。

特にM&A後や、海外子会社のガバナンスにおいては、異なる文化や価値観を持つ者同士での相互理解が重要となる。そのポイントが経営理念の共有である。

経営理念浸透のポイント

経営理念の浸透は一朝一夕にして成し得るものではないことは自明であり、そのポイントとして、ここでは以下の3点を挙げたい。
  1. 社員参加型で策定、見直しを行う
  2. 経営理念が組織内で機能している状態を明文化し、社内で認識共有する
  3. リスクマネジメントや内部統制、その他各種の全社大・グループ大のポリシー(例として品質や環境のISOなど)に、経営理念実現の観点を入れ込み、整合性を図る

①社員参加型の理念策定、見直しを行う

若手・中堅世代の求心力を強め、組織の風通しを良くするために、経営理念の策定や、その継続的な見直しを社員参画、社員主導で進めることは効果的だ。

例えば、「自分たちが実現したい未来社会の姿」「その中で自社が果たす役割」「現在の経営理念はその実現にかなった内容か否か」を全社で自由闊達に議論し理念案を策定する。経営陣が社員を信頼し、議論の行方を任せる姿勢で臨めば、さらに効果は高まる。

求心力や心理的安全性が高まれば、社員は事業機会やリスクを能動的に察知し、その対応や得られる情報を自分事にでき、結果としてガバナンスが継続的に機能する組織に変革されるだろう※2

組織の規模が大きく、全員参加型での策定が難しいという声もきく。そのような場合も、オープンなアンケートや意見募集をすることで、提案や意見を出せる場を設けることが重要である。そのうえで、意見を集約、公表する。それだけでも、一部メンバーのみで作られたものという意識を軽減し、活動への関与実感を持たせることにつながるだろう。

一方、新たな経営理念を策定するのではなく、既存の理念を維持、継承していこうとするのであれば、再浸透活動も有効である。その際、現行理念をそのまま浸透させようとするのではなく、例えば、その経営理念は将来にも通用する内容であるか否かを全社で議論する。時代を超えて通用する解釈が可能であれば、それは普遍的な経営理念、ひいては自社の強みの証しとなる。そのような経営理念であれば社員も納得しやすい。共感や求心力を生み出す源泉の再確認プロセスとしても有効だろう。

②経営理念が組織内で機能している状態を明文化し、社内で認識共有する

経営理念を策定した後、浸透の任を負う所管部署が独自にKPIを定めるなどして、性急に成果を求めることは避けたい。理念浸透の効果は即効性のあるものでなく、「漢方薬」のように組織の体質改善として少しずつ効果を発揮するものだからである。

一方で、「理念が浸透している状態とはどういう状態か」「経営理念が浸透した暁に、社員がどのような行動を取るようになることを期待するのか」といった点をイメージし、言語化、共通認識を図ることは重要である。まずはこのような活動に、腰を据えて取り組んではどうだろうか。

会社の規模によっては複数年を要するケースも想定されるが、経営や社員ら同士で議論することで、そのあるべき姿をイメージでき、それに向けた行動もしやすくなる。また、あるべき姿にひもづくKPIを導出することにより、KPI自体の納得感も高まり、結果的に、浸透を推進することにつながっていくと期待できる。

③各種ポリシーに経営理念実現の観点を入れ込み、整合性を図る

経営理念の実現のために戦略があるので、中計などの経営戦略や事業戦略との整合性確保は当然である。

方針との整合性という点で細かく考えると、ISOや社内の各種規定などには、ポリシーや方針が掲げてあるはずである。それらと、経営理念とが整合しているかについて今一度確認してはどうだろうか。

このような部分まで一貫性、統一感が図られることにより、本気度が伝わり、より浸透も図られ、各施策自体の実効性も高まると期待できる。

ステークホルダーにも認知される経営理念へ

昨今、社会課題解決を標ぼうする企業が増加している。

経営理念の多くは、社会課題解決を自社の存在意義に帰着させている。しかし実態としては、社会課題テーマの一部において、その重要性は認識されつつも、事業の成立が見込めないため参入を見送っているケースも少なくない。これは、同テーマに関わる想定市場規模が自社の参入基準を大きく下回る、またはリスクに対するリターンが見合わないといった要因による。裏を返せば、短期的な株主配当偏重や、過度な事業リスク忌避をしている限り、そういった社会課題解決の一翼を担うことは難しい。

このような事業への参入には、経営理念を社員に浸透させるだけでなく、株主や広く社会からの共感を得て、後押しを受けることにより、果断な意思決定が必要だ。すなわち、攻めのガバナンスが求められる。

経営理念とは、ステークホルダーとの「対話」のよりどころにもなる。

詳細は第5回で言及したい。

※1:金融庁と東京証券取引所が共同で策定した法的拘束力のないガイドライン。

※2:当社でも試行錯誤ではあるが、創業50周年を機に社員全員参画での経営理念策定を実践した。貴社の経営理念見直しの参考となれば幸いである。

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