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人材流動化時代の企業戦略 第3回:実践的な人事施策に繋がるHR-Tech活用

タレントマネジメントを例に

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2022.3.10

キャリア・イノベーション本部小原 太

MRIトレンドレビュー

POINT

  • 人材領域でのテクノロジー(HR-Tech)活用が進んでおり、タレントマネジメントはその一つ。
  • AIの技術も利用したタレントマネジメントにより人材活用の可能性が広がる。
  • 単なるツール導入にとどまらない、実践的な人事施策に繋がるタレントマネジメントの実践が重要。
人材領域でのテクノロジー(HR-Tech)活用が進みつつある。本コラムでは近年の状況と、AIの動向も見据えた今後のHR-Tech活用において重要となる着眼点について考察する。

実践的な人事施策に繋がるHR-Tech活用とは

これまでテクノロジー活用が遅れているとされてきたHR領域だが、昨今、採用や給与計算、労務管理などでテクノロジーの活用が進んでいる。これらHR領域におけるテクノロジー全般は「HR-Tech」と呼ばれ、人事業務に浸透しつつある。

HR-Techの1つとして、タレントマネジメントシステムがある。人材データを一元管理し、人材の教育や成長、ひいては組織の成長を促すものである。加えて、近年ではデータを活用してタレントマネジメントシステムの機能を用いてAIを構築することも可能となってきており、各社での導入が進んでいる。

ただし、やみくもにツールを導入する、あるいは、データを投入するだけでは当然本来の意味でのタレントマネジメントを行っているとはいえない。HR総研が実施したアンケートによると、「効果を実感した項目」として「戦略的な人材育成」を挙げた企業が17%、「ヘルスチェック(メンタル)」を挙げた企業が4%※1と、現状ではまだまだ各社が十分にタレントマネジメントを実践できているとはいえない。せっかくのテクノロジーを有効に活用するために、実践的な人事施策にまで繋げることを意識しておくことが重要である。

導入が進むタレントマネジメントシステム

具体的な人事施策の例を紹介するにあたり、まずはHR-Techのこれまでの流れを整理し、効果的な活用事例や今後の方向性について以降述べるものとしたい。

今後の企業活動、社会活動の源泉となるデータ活用、さらにはAIの活用は急ピッチで進んでいる。例えばマーケティングの領域では、顧客が特定の商品を購買する可能性がスコアリングされ、営業活動に活かされている。顧客に関する属性情報や行動情報がデータ化されており、過去同様の商品を購入した顧客のデータ上の特徴を、AIが分析することで実現されている。

かつては、人事担当者の勘と経験に頼り、属人的な人材管理が行われ、テクノロジーの活用が遅れているとされてきたHR領域であるが、近年デジタル化が進展しつつある。具体的には、採用、教育・研修関連業務においてデータ化が進み、テクノロジーの活用が進んできた。その一例がタレントマネジメントシステムである。

タレントマネジメントとは、人材情報の可視化を行うことで、教育・研修の機会を提供して本人の成長を促進する、あるいは人材を最適配置することである。その出発点はデータの一元管理であり、各所に散在する属性情報、勤務情報、資格情報、評価情報などをタレントマネジメントシステムに投入することにある。これら一元化されたデータを活用することで、AIによる分析も可能となる。さらに、従業員が適性診断、スキル診断を受けることや、e-learningを受講すること、組織へのエンゲージメントや本人のモチベーションを把握するためのアンケートを配信し、回答結果を分析、確認することも可能である。

タレントマネジメントシステムは、入社後の従業員の状況に寄り添い、成長を支援し、本人の適性に沿った配置を実現し、ひいては組織の成長に繋げることを目的とするものであり、近年企業での導入が進んでいる。市場規模は従業員エンゲージメントだけに絞っても、2017年度の8億円から翌2018年度は24億円へ成長しており、2023年度はさらに118億円まで成長すると予測されている※2。今後さらに導入が加速するものと思われる。

また、データが一元管理されることで、AIによる分析をタレントマネジメントに活用できる可能性も出てきた。実際に製品化されている事例もあるが、ロールモデルとなる従業員(キャリア形成上手本となる従業員)を選び、データ上にどのような特徴があるかをAIが分析することで、その従業員の特徴について定量的な示唆を得ることができる。ただし、示唆を得るだけではなく、それを従業員の成長に繋げる、あるいは、従業員のケアに繋げるなどの、施策を講じることが重要である。

例えば、特定の分野(営業分野や研究分野など)で活躍している、いわゆるハイパフォーマーを対象とした場合を考える。これまで属人的な判断で「この人はパフォーマンスを発揮している」と思われていたハイパフォーマーたちが、データ上でどのような特徴を持つかが定量的に把握できる。システム上では適性診断、スキル診断の結果も参照できるため、これらの特徴も分析可能である(ある特定のスキルがパフォーマンス向上に寄与し、別のスキルはあまりパフォーマンスに影響しない、など)。本人のパーソナリティーに関する部分を研修で変えることは難しいだろうが、スキルや能力等の育成余地のある部分について伸ばすことが可能だ。

AIによるタレントマネジメントの活用で広がる可能性

一方、従業員のメンタルケアも広義の意味でタレントマネジメントに含まれる重要な人事業務の一つである。メンタルの状態が低下していること自体、本人にとって不幸なことであるし、仮に休職に至るようなことになってしまった場合、本人のキャリア上好ましくない。

また、本人の休職により周囲の業務負荷が増えてしまうなど、そのマイナス面での影響は決して看過できない。さらにコロナ禍で在宅勤務が増えたため、従業員へのケアが行き届きづらくなっており、メンタルケアに関する課題感がいっそう高まっている。

休職のような事態を防ぐため、過去にメンタルケアが必要となった従業員が、データ上どのような特徴があったかをAIで分析することが考えられる。例えば毎月の本人のデータを投入し、過去のAI分析結果と照合することで、どの程度メンタルケアが必要な状況にあるのか、いわゆる心の健康状態を数値化することができる。上司が本人の状況を見て、メンタルケアが必要な状態であるかをある程度判断することは可能であるが、日々徐々に変化していく状況の検知は難しい。人が見て気付けないデータ上の特徴を客観的に分析できるのがAIの強みである。

三菱総合研究所ではメンタルケアを支援するためのサービスとして「COCOPRO(ココプロ)」を開発した。このサービスでは3カ月先の従業員の心の健康状態をAIが数値化し、分析者が確認できるようになっている。加えて本人も心の健康状態を時系列で確認することが可能となっており、健康状態が低下しているような場合は、自主的に産業医や外部サービスに相談することが可能である。上司は、この3カ月の間に本人の業務の状況を確認する、従業員支援プログラムを案内する、場合によっては稼働やアサインを調整するといった対応も可能となる。これまで人材に対してAIによる分析を行うことは、機械的な扱いをするかのような印象を与え、社会的にやや後ろ向きであるような捉え方をされることもあったが、昨今受容性も高まりつつあり、今後は、このようなサービスを導入することが、むしろ会社が従業員を大事にしている証しとなっていくのではないだろうか。
図 「COCOPRO」による従業員メンタルケア支援
図 「COCOPRO」による従業員メンタルケア支援
出所:三菱総合研究所
このように、人事施策の実践までを見据えることでタレントマネジメントがより実のあるものになるといえる。ただし、AIを活用するに当たっては、限界と留意点がある。

まず、データが蓄積されて一元管理され、利用可能になっていることが必要である。加えて、AIを過信してはいけない。例えば、精度が不十分なAIによる分析は言わずもがな、精度が高い場合であってもAIだけを信用した判断を下すことはできない。分析者自身が分析結果や分析元となったデータを確認し、慎重に施策実行の判断を下さなければならない。また、AIの分析を行い、その結果を解釈し理解するためには、AIのロジックに対する一定程度の理解は必要である。加えて、社会全体としてはAI活用への受容性を高めることが必要である。

既にHR領域でテクノロジーやAIを活用するニーズは着実に高まっており、 HR-Tech活用の動きは今後加速すると考えられる。また、人事担当の理解、受容も高まりつつある。近い将来、人事担当がこれらテクノロジーを難なく使いこなす世界が到来するのではないか。これまで挙げたテクノロジーの利点を有効に活用しながら、その限界、留意点にも配慮し、うまくテクノロジーと付き合い、より高度な人事業務を遂行することで、人と組織の成長を促していくことが期待される。

※1:HRpro「HR総研『タレントマネジメントシステム』に関するアンケート調査 結果報告」(ProFuture株式会社)
https://www.hrpro.co.jp/research_detail.php?r_no=246(閲覧日:2022年2月18日)

※2:ITR「ITR Market View:人事・人材管理市場2020」
https://www.itr.co.jp/report/marketview/M20001100.html(閲覧日:2022年1月27日)

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