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人材流動化時代の企業戦略 第4回:社員のリカレント教育を企業が後押しするには

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2022.7.29

キャリア・イノベーション本部沼田雅美

久保寺さつき

MRIトレンドレビュー

POINT

  • 社会人がリカレント教育に取り組まない理由の1つは、「何を学ぶべきかわからない」こと。
  • 実現したいキャリアシフトが明らかになれば、取り組むべきリカレント教育が選びやすくなる。
  • 企業が明確な人材戦略を提示し、社員のキャリアシフト選択およびその実現のためのリカレント教育を支援することが重要。

リカレント教育の阻害要因の1つ:「何を学ぶべきかわからない」

リカレント教育の重要性が叫ばれて久しい。リカレント教育は、「学校教育を終えて社会に出た後、個人のニーズに合わせて再び教育を受ける、循環・反復型の一種の生涯教育(lifelong learning)」※1と定義される※2が、時間や場所を問わない「教育らしき活動」(従来の学校教育以外の活動を含む)としての「生涯教育」と同様の意味合いで使われることも多い※3。本コラムでは、「生涯教育」のように柔軟な教育・学習も含むものとして「リカレント教育」という言葉を用いる。

政府や経済界の各種方針・提言などにおいても、「やり直しのできる社会」の実現やSociety 5.0への対応などに向けて、リカレント教育の充実が鍵となるとされている※4

しかしながら、諸外国と比較すると、日本ではリカレント教育が活発に行われているとはいいがたい。例えば、経済協力開発機構(OECD)加盟国およびパートナー国での25~64歳の教育訓練への参加率を見ると、日本は42%で、38カ国中28位だ※5。また、アジア太平洋地域を対象とした調査では、「あなたが自分の成長を目的として行っている勤務先以外での学習や自己啓発活動についてお知らせください」という問いに関して、「とくに何も行っていない」とする日本の回答率は46.3%であり、14カ国・地域中最も高い※6。なぜ、日本では、リカレント教育があまり行われていないのだろうか。

日本の社会人がリカレント教育に取り組んでいない理由として、多くの調査で上位を占めるのは、「時間的余裕のなさ」と「金銭的余裕のなさ」である。しかし「何を学ぶべきかわからない」という回答がそれに次いで多いことは、注目に値するだろう。例えば、厚生労働省の調査では、「自己啓発を行う上での問題点」として、多忙・費用負担の次に「どのようなコースが自分の目指すキャリアに適切なのかわからない」「自分の目指すべきキャリアがわからない」という回答が挙げられている※7(図1)。また、マイナビの調査でも、「学び直しをしない理由」として、多忙・費用負担のあとに「何から始めればいいか、分からないから」という回答が続いている※8(図2)。
図1 自己啓発を行う上での問題点の内訳(複数回答)
図1 自己啓発を行う上での問題点の内訳(複数回答)
出所:厚生労働省(2022)「令和3年度「能力開発基本調査」 第3章 統計表 第3節 個人調査 第15表 性・産業・事業所規模・企業規模・年齢階級・雇用形態・就業状態・最終学歴・勤続年数階級・業務・役職・1週間の就業時間階級、自己啓発を行う上での問題点別労働者割合」の数値を基に三菱総合研究所作成
https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&layout=datalist&toukei=00450451&tstat=000001031190&cycle=8&tclass1=000001166666&tclass2=000001166670&tclass3=000001166671&stat_infid=000032210085&tclass4val=0(閲覧日:2022年7月15日)
図2 「学び直し」を現在していない理由(複数回答)
図2 「学び直し」を現在していない理由(複数回答)
出所:マイナビ(2020)「マイナビ転職 学び直しの『理想』と『現実』に大きなギャップ? 学び直しでキャリアアップに成功した人は少数」の数値を基に三菱総合研究所作成
https://tenshoku.mynavi.jp/knowhow/careertrend/03(閲覧日:2022年6月1日)
これらの調査結果を踏まえると、社会人がリカレント教育を実施するにあたり、業務時間の調整や費用の補助等以外にも、「何を学ぶべきか」を明確にすることが重要である。

「どのようなキャリアシフトを実現するか」の検討が有効

「何を学ぶべきか」を明確にするには、社員個人による検討も欠かせないが、勤務先企業が「何を学んでほしいか」を提示したり、「何を学ぶべきか」を社員が見つけるための支援をしたりすることなども重要である。その方法の1つとしては、勤務先企業が社員に、学習後にどのようなキャリアを築いてもらいたいのか、すなわち、「どのようなキャリアシフトを実現してほしいか」を検討することが有効と考えられる。

具体的なプロセスとしては、まず、社員の現在の業務内容や保有する知識・スキル・経験などの棚卸しを行うとともに、将来的にあってほしい姿を描く。次に、そのギャップを埋めるために獲得すべき知識・スキル・経験などを特定する。そして、それを獲得するのに必要な学習とは何かを検討するのである※9

当社では、上述の「キャリアシフト」を、大きく3つの類型に分類している。また、3類型それぞれのキャリアシフトを実現するにあたり、適切なリカレント教育は異なると考えている。

第1の類型は、「ワンノッチ型キャリアシフト」である。現職のスキルをベースとして、日常的に人的資本を向上させることを目指すものであり、マイクロラーニング※10やeラーニング、MOOC※11などが適していると考えられる。

第2の類型は、「再チャレンジ型キャリアシフト」である。産業構造の変化に伴い、成長領域で求められる実践的なスキルの習得を目指すものであり、一時的な離職も考慮に入れた専門職業訓練が有効だろう。

第3の類型は、「創造人材育成型キャリアシフト」である。現職では得難い知識や経験を取得することで、長期的な人的資本の向上を目指すもので、一時的な離職も考慮に入れた、留学や社会人MBA、社会人大学院、戦略的出向などが効果的と考えられる※12(図3)。
図3 キャリアシフトの3類型
図3 キャリアシフトの3類型
このように、実現すべきキャリアシフトを明らかにすることで、各社員が学ぶべき内容が具体化され、さらに、そのキャリアシフトが上記の類型のいずれに該当するのかを判断することで、それを学ぶ方法もある程度特定することが可能となる※13

企業の人材戦略に基づくリカレント教育支援の具体的事例

ここまで、「何を学ぶべきかわからない」というリカレント教育の阻害要因に対して、目指すべきキャリアシフトを明確にし、そのキャリアシフトに適した学習内容・方法を特定することが重要であると述べてきた。

繰り返しになるが、これらの検討および学習の実施は、個人で行うことも可能であるが、企業が自社の人材戦略を基にキャリアシフトの可能性を例示したり、そのキャリアシフトを実現するための学習機会を提供したりするなどの支援を行うことも有効であると考えられる※14

そこで最後に、上述のキャリアシフトの類型別に、リカレント教育の実施を通して社員のキャリアシフトを支援している企業の例をいくつか紹介する。

(1) ワンノッチ型キャリアシフト:SCSK

ワンノッチ型キャリアシフトの支援を行っている企業としては、SCSKが挙げられる。同社は、ソフトウエアおよび情報通信システムの開発、輸出入等を行う、従業員数1万5,000人程度(連結)の企業である※15※16

同社では、「高度化・多様化・拡充」の観点から人材への投資を行っており、各種施策を①「事業革新」「DX事業化」を実現する人材マネジメント、②事業戦略とキャリア形成を連動させた専門性の向上、③ニューノーマルに対応した「働きがい」を実現するワークスタイルの確立、という方針に沿って展開している※17

同社によるワンノッチ型キャリアシフトの支援策と考えられるのが、②の方針にひもづけられた、営業職・技術職の専門性認定制度である(図4)。専門性認定は、同社独自のキャリアフレーム(14職種・35専門分野)に基づいて行われ、社員の専門能力や知識を7段階のレベルで認定している。認定審査は全社の高度IT人材が務める審査員により行われ、各自の強み・弱み・今後必要なスキルについて詳細な助言を受けることができる※18。社員は、専門性認定を受けるために、スキルアップや資格取得、配置変更も含めた実務経験の獲得を行っていく※15
図4 SCSKにおける専門性認定制度
図4 SCSKにおける専門性認定制度
出所:SCSK株式会社「人事方針・評価制度」
https://www.scsk.jp/corp/csr/professionals/human_resources.html(閲覧日:2022年6月14日)

(2) 再チャレンジ型キャリアシフト:コニカミノルタ

再チャレンジ型キャリアシフトの支援を行っている企業としては、コニカミノルタが挙げられる。同社は、デジタルワークプレイス事業(複合機関連およびITサービス・ソリューション事業)や、プロフェッショナルプリント事業(デジタル印刷関連および各種印刷サービス・ソリューション事業)、ヘルスケア事業などを行う、従業員数3万9,000人程度(連結)の企業である※19※20

同社では、コピー機等のプロダクツ販売から、DXによる高収益ビジネスへの転換を目指し、DXを推進する人材の確保・育成を行っている※19※21。特に、開発人員や販売・企画人員に対しては、「Re-skill」と呼ばれる研修体系においてIoT転換教育や専門技術のマッチングを行い、デジタルワークプレイス事業やプロフェッショナルプリント事業、ヘルスケア事業、インダストリー事業など、従来のオフィス事業に続く柱となる事業で活躍する人材へと、シフトを促している※22(図5)。
図5 コニカミノルタにおけるDXビジネス領域人財の強化
図5 コニカミノルタにおけるDXビジネス領域人財の強化
出所:岡慎一郎(コニカミノルタ 執行役人事担当)(2021)「人財戦略」(p.6)
https://www.konicaminolta.com/jp-ja/investors/management/midterm_plan_presentations/pdf/irday_210311_human-capital.pdf(閲覧日:2022年6月14日)

(3) 創造人材育成型キャリアシフト:三井不動産

創造人材育成型キャリアシフトの支援を行っている企業としては、三井不動産が挙げられる。同社は、不動産事業を行う、従業員数2万4,000人程度(連結)の規模の企業である※23※24

同社では、不動産業自体のイノベーションとグローバリゼーションを重視した施策を展開しており、イノベーションの推進や新産業の創造ができる人材の育成に取り組んでいる。特に、将来のリーダーとなる人材の育成にあたっては、大学や民間の長期のビジネス研修や私塾、グループ企業による研修などに年間数名程度を派遣しており、短期的なスキル向上ではなく、外部からの刺激を通じたイノベーション創出を企図している。なお、長期の派遣研修に際しては、兼務辞令を発出することで、業務としての派遣であることを明確化している※23
以上の企業では、企業自体を取り巻く環境の変化や、社員自身の希望等も踏まえながら、適切なリカレント教育の機会を提供し、社員のキャリアシフトの実現を支援している。

本コラムでは、社会人がリカレント教育に取り組むにあたり、時間的・金銭的な支援だけではなく、「何を学ぶべきか」を特定するための支援が重要であると述べてきた。「何を学ぶべきか」を検討する際には、キャリアシフトの3類型などを参考にしつつ、実現したいキャリアシフトを明らかにすることが有効であると考えられる。企業は、自社が求める人材像を明確化した上で、社員のキャリアシフト検討およびその実現のためのリカレント教育の実施を支援すべきではないか。

※1:田中茉莉子(2020)「リカレント教育の経済への影響」『日本労働研究雑誌』No.721, 51-62.

※2:佐々木英和(2020)によれば、厳密には、就学期と就労期を分け、人生において集中的に教育を受ける機会を何度か設けることを想定した概念である。

※3:佐々木英和(2020)「政策としての「リカレント教育」の意義と課題——「教育を受け直す権利」を足がかりとした制度設計にむけて」『日本労働研究雑誌』No.721, 26-40.

※4:新しい資本主義実現会議(2021)「緊急提言(案)~未来を切り拓く「新しい資本主義」とその起動に向けて~」(p.1)
https://www.cas.go.jp/jp/seisaku/atarashii_sihonsyugi/kaigi/dai2/shiryou2.pdf(閲覧日:2022年7月15日)
日本経済団体連合会(2020)「Society 5.0時代を切り拓く人材の育成—企業と働き手の成長に向けて—」(p.16-17)
https://www.keidanren.or.jp/policy/2020/021_honbun.pdf(閲覧日:2022年7月15日)など

※5:OECD(2021)「Education at a glance 2021」(p.141, Table A7.1)
https://www.oecd-ilibrary.org/docserver/b35a14e5-en.pdf(閲覧日:2022年7月15日)
2016のTotalの数値を基に当社集計。ただし国により2016年以外の数値が用いられている場合がある。

※6:パーソル総合研究所(2019)「APAC就業実態・成長意識調査(2019年)」(p.99)
https://rc.persol-group.co.jp/thinktank/assets/APAC_2019.pdf(閲覧日:2022年7月15日)

※7:厚生労働省(2022)「令和3年度「能力開発基本調査」 第3章 統計表 第3節 個人調査 第15表 性・産業・事業所規模・企業規模・年齢階級・雇用形態・就業状態・最終学歴・勤続年数階級・業務・役職・1週間の就業時間階級、自己啓発を行う上での問題点別労働者割合」
https://www.e-stat.go.jp/stat-search/files?page=1&layout=datalist&toukei=00450451&tstat=000001031190&cycle=8&tclass1=000001166666&tclass2=000001166670&tclass3=000001166671&stat_infid=000032210085&tclass4val=0(閲覧日:2022年7月15日)

※8:マイナビ(2020)「マイナビ転職 学び直しの「理想」と「現実」に大きなギャップ? 学び直しでキャリアアップに成功した人は少数」
https://tenshoku.mynavi.jp/knowhow/careertrend/03(閲覧日:2022年6月1日)

※9:当社では、このプロセスを、「個人が自らの適性や職業要件を知り(Find)、スキルアップに必要な知識を学び(Learn)、目指す方向へと行動し(Act)、新たなステージで活躍する(Perform)『FLAPサイクル』」として提唱している。

※10:5分程度の短時間で受講できる「マイクロコンテンツ」による新しい学習スタイル。

※11:Massive Open Online Courseの略。インターネット上で誰もが無料で受講可能な講義。

※12:MRIマンスリーレビュー 2022年4月号 特集1「DX・GX実現に向けたキャリアシフト」

※13:ただし、キャリアシフトの類型により、実現に必要な期間や費用などが異なるため、社員個人あるいは所属企業の状況によっては、取りうる方策が偏る可能性も考えられる。

※14:なお、キャリアプランニングにおいては、しなければならないこと(≒企業が求めること)(Must)、社員自身がしたいこと(Will)、できること(Can)を踏まえた支援が重要であると考えられる。
田澤実(2018)「〈研究ノート〉キャリアプランニングの視点 “Will, Can, Must” は何を根拠にしたものか」『生涯学習とキャリアデザイン』15巻2号(p.33-38)

※15:経済産業省(2022)「令和3年度産業経済研究委託事業「イノベーション創出」のためのリカレント教育に関する調査 事例集(企業編)」(p.8-9)
https://www.meti.go.jp/policy/innovation_corp/houkokusho/reiwa3_company_case_studies.pdf(閲覧日:2022年7月15日)

※16:SCSK「会社概要」
https://www.scsk.jp/corp/outline.html(閲覧日:2022年7月15日)

※17:SCSK「プロフェッショナル人材」
https://www.scsk.jp/corp/csr/professionals/index.html(閲覧日:2022年6月14日)

※18:SCSK「人事方針・評価制度」
https://www.scsk.jp/corp/csr/professionals/human_resources.html(閲覧日:2022年6月14日)

※19:経済産業省(2022)「令和3年度産業経済研究委託事業「イノベーション創出」のためのリカレント教育に関する調査 事例集(企業編)」(p.10-11)
https://www.meti.go.jp/policy/innovation_corp/houkokusho/reiwa3_company_case_studies.pdf(閲覧日:2022年7月15日)

※20:コニカミノルタ「会社概要」
https://www.konicaminolta.com/jp-ja/corporate/outline.html(閲覧日:2022年7月15日)

※21:経済産業省(2020)「イノベーション創出のためのリカレント教育」(p.27)
https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/sangyo_gijutsu/kenkyu_innovation/pdf/021_02_00.pdf?msclkid=bdcd247bd00611ecabf753d0f6d872ae(閲覧日:2022年7月15日)

※22:岡慎一郎(コニカミノルタ 執行役人事担当)(2021)「人財戦略」(p.6)
https://www.konicaminolta.com/jp-ja/investors/management/midterm_plan_presentations/pdf/irday_210311_human-capital.pdf(閲覧日:2022年6月14日)

※23:経済産業省(2022)「令和3年度産業経済研究委託事業「イノベーション創出」のためのリカレント教育に関する調査 事例集(企業編)」(p.24-25)  
https://www.meti.go.jp/policy/innovation_corp/houkokusho/reiwa3_company_case_studies.pdf(閲覧日:2022年7月15日)

※24:三井不動産(2022)「有価証券報告書 第110期」(p.12)
https://www.mitsuifudosan.co.jp/corporate/ir/library/fs/pdf/YUHO_2203.pdf(閲覧日:2022年7月15日)

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