マンスリーレビュー

2022年9月号特集1情報通信経済・社会・技術

「健全な情報爆発」を育む分散型ICT基盤

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2022.9.1

English version: 10 April 2023

政策・経済センター西角 直樹

POINT

  • 昨今の通信インフラ障害でデジタル社会のリスクが露呈した。
  • 今後の情報爆発を支えるレジリエントなICT基盤の整備は待ったなし。
  • 分散型のICT基盤整備を通じて多様性と主体性を伴ったデジタル化を。

通信インフラ障害で露呈した社会リスク

近年、大手通信事業者の大規模障害が相次ぎ、通話だけでなく電子マネーや電子チケットが使えないなど、社会生活に支障が生じた。障害の影響は金融、交通、宅配、医療など広範な産業に及んだ。通信インフラはエネルギーと同様に他の社会インフラの土台であり、その機能停止は社会に甚大な損害をもたらす。

通信だけではない。GAFAMなど海外メガプラットフォーマーのサービス障害で日本企業の活動が機能不全に陥る例もある。障害の発生を想定した場合、社会の重要機能の維持を限られた特定の事業者に依存しているとすれば、レジリエンスの課題がある。

歴史を振り返れば、インターネットの構築意義は、拠点間通信の確立と同時にレジリエンスの確保でもあった。サーバーや伝送路が分散化・多重化されることにより、有事の際にも耐障害性の高い堅牢なネットワークが形成された。

その後のインターネット商用化の過程で、アドテック※1の台頭など情報の集約分析に価値が生まれ、メガプラットフォーマーが台頭する。サービスやOSで覇権を握ったメガプラットフォーマーはクラウドなどICT基盤への進出を強めた。デジタル産業の一極集中化により、インターネットが本来有していた分散・協調の利点は失われ、系全体のレジリエンスは損なわれている※2

安全・信頼性の確保に強い規制を受ける通信インフラ※3だけでなく、サービスなど規制の弱い上位レイヤーでも一極集中によるレジリエンス低下が進行し、デジタル社会の重大リスクとなった。今後、自動運転や遠隔手術、重要インフラの遠隔制御などが普及すれば、リスクの影響範囲は拡大する。ICT基盤のレジリエンスを強化することは、デジタル社会の最重要テーマのひとつである。

デジタル化における主体性の回復

レジリエンスと並んで重要な課題に主体性の欠如がある。ここでの主体性とは、デジタル技術を課題解決などに適用する際に、他者や既製サービスへの丸投げでなく、自らの創意工夫をもって対応する態度や能力のことである。

1990年代にICT先進国だった日本は、その後のDXの遅れなどに起因してビジネスの効率性が低迷して、「デジタル敗戦」とも呼ぶべき事態に甘んじている※4。消費者側でデジタルサービス利用が大幅かつ急速に進む※5半面、企業などにおいて課題解決や業務革新が劣後したのは、デジタル活用の主体性に課題があることを示唆している。

再び歴史を振り返ると、1990年代にウェブ技術が急速に普及した理由のひとつは、この主体性であった。誰もが自ら情報発信できシステムを公開できることに人々は興奮した。分散型のオープンな基盤上でユーザーは競って主体性を発揮した。しかし、その後はメガプラットフォームが台頭しユーザーの主体性発揮の余地は縮小していく。

「現在も、SNSなどでクリエーターが主体性を発揮しているではないか」という指摘もあろう。しかし、例えばYouTuberはGoogle社の設定したビジネスの枠組みの中で活動しており、その活動ルールや収益、データを含め生殺与奪権はメガプラットフォーマーに握られている。

同様の事象はデジタル社会のあらゆる領域で生じており、消費者も企業も利便性と引き換えに主体性を放棄する局面が多い。プラットフォーマーへの依存が進めば自由で多様な創意工夫と競争を通じたイノベーションの機会は限定される。こうした状況が続けば、日本の「デジタル敗戦」は長期化するおそれがある。

主体性とレジリエンスを実現する分散型成長

2040年に向けたデジタル社会の指針として、本誌2021年12月号の「Beyond 5Gがもたらす社会変革」では快適・公平・成長の3要素を指摘し、分散型成長への転換を提言した。

目指すべきは「誰もが主体的に安心してデジタルの果実を享受する社会」(図1)である。社会がデジタルの果実を享受して快適・成長を謳歌(おうか)することは当然として、「誰もが」「主体的に」「安心して」という公平に資する要素を重視することが大きな価値転換となる。デジタル田園都市国家構想※6やWeb3※7などは、同様の価値観をベースにした変化の兆しである。前節までに指摘したレジリエンスと主体性の回復はこれを実現する鍵となる要素であり、その実現手段が「分散型成長」である。
[図1] 分散型成長への転換を通じたレジリエンスと主体性の回復
[図1] 分散型成長への転換を通じたレジリエンスと主体性の回復
出所:三菱総合研究所
集中型と分散型にはそれぞれの長所・短所がある。一般に集中型は規模の経済など効率性を発揮しやすいが、多様性や主体性、レジリエンスの確保には不向きである。現実の社会システムでは両者の最適なバランスが模索される。

近年のICT基盤は集中の方向に大きくかじを切り、結果として主体性やレジリエンスは損なわれている。一方で多くの産業でデータが分散したまま未活用であるという課題もある。これらの課題を早期に改善し、集中と分散・協調の新たな最適解を確立することが、分散型成長の狙いである。

分散型成長は、ICT基盤を構成する通信インフラ、データ基盤、サービスのそれぞれで実現される必要がある。ただし各レイヤーの性質に応じて「何を分散させるのか」は異なる。

データ基盤層ではメガプラットフォーマー依存の構造から脱却するために信頼性確保に係る分散型ガバナンスの樹立が重要であり、これをWeb3の動向と絡めて特集2「Web3のポテンシャルを引き出すガバナンス」で論じる。サービス層では地域や利用者の主体性の確保が重要であり、教育や行動変容、技術改革※8などさまざまな論点があるが、中でも分散型イノベーションに着目した提言を、特集3「日本発イノベーションを迅速化するテストベッド」で行う。

情報爆発で変わるICT基盤とデータ流通

国内のデータ利活用を支える通信インフラは、光回線整備率(FTTH世帯カバー率)が99%を超えるなど世界最高の水準にある。しかしICTの世界では現世代の勝者が次世代の敗者に容易に転じる※9。情報爆発を支える十分なインフラ供給の確保とデータ基盤の分散化を通じて、国全体のレジリエンスと、地域や利用者のデータ主権を高めることは、日本が取り組むべき喫緊の課題である。

Beyond 5G時代の情報爆発とそれを支えるICT基盤の在り方を定量的に論じるために「情報爆発モデル」を開発して分析を行った。モデルでは代表的なユースケースを100種類以上選定し、各ケースの利用率や発生データ量を積算し流通経路を想定することにより推計を行った。

6Gの普及がおおむね完了すると見込まれる2040年には、潜在的なデータ需要は2020年の309倍となる(年平均成長率33%に相当)。一方でインフラ供給が逼迫(ひっぱく)し有望ユースケースの育成に失敗するシナリオでは、データ需要は2020年の38倍にとどまる(年平均成長率20%に相当)。

日本がデータ利活用の先進国となるためには、現状の300倍を超えるデータ需要をさばける十分なICTインフラを早期に整備することで、ユースケースの健全な成長を促す必要がある。

特に無線ネットワークの帯域を現状の数百倍に高めるには、高周波数帯を有効活用する技術開発に加え、大量の基地局を含むネットワーク投資の確保が重要となる。海外では米英など先進国でも投資不足でブロードバンド構築が進まない現状がある。消費者の通信料を安価に抑えながら投資余力を確保するためには、投資負担を広範な利活用産業でシェアするための仕組みや、ローカル5G・6Gなどプライベートネットワークの効果的な導入策を検討することも一案となる。

変化するのは量だけではない。2040年にはメタバースや自動運転などの新技術が生む用途でネットワークを流れるデータの大半を占める。高いリアルタイム性(低遅延)を確保し災害時の地域のレジリエンスを高めるには、全てのデータをメガクラウドの集中する東京や大阪まで運ばずに、データの発生する域内で流通を完結させる必要がある。

加えて大きな制約条件となるのがエネルギー消費である。過去トレンドから推計される国内ICT分野の20年後のエネルギー効率上昇は約38倍※10で、300倍超の情報爆発が起きれば電力消費は単純計算で約8倍となる。エネルギー消費効率を劇的に改善させる光電融合などの技術開発に加え、再生可能エネルギーの余剰が発生した地域で、マシンラーニングやマイニングなどのCPU負荷の高いデータ処理を動的に行う要請も強まるだろう※11

このように、データ活用における低遅延やレジリエンス、エネルギー消費の要請、さらに医療・教育などの重要データに関する地域データ主権を確保する流れも加われば、データの地産地消が大きく進展する可能性がある(図2)。
[図2] データの地産地消と地域データ経済圏の形成
[図2] データの地産地消と地域データ経済圏の形成
出所:三菱総合研究所
情報爆発モデルの試算では、2040年にはデータ流通の7割以上は地域内での処理が可能である。現状ではメガクラウドの「規模の経済性」が圧倒的に優位とされるが、2040年にはデータセンターを都道府県以下のレベルまで分散配置したとしても、各拠点では現在の東京、大阪を上回るデータ需要が見込まれる。

データの流れ方の変化は、社会経済活動にも影響を及ぼす。メガプラットフォーマーはデジタル時代の石油とも呼ばれるデータを集積することで、デジタル経済の覇権を握った。データの地産地消を契機として地域のデータ経済圏を構築することで、利益を地域に還元し、地域発の創意工夫を社会に実装することも容易となる。

例えば地域の自治体や企業は、データの地産地消を念頭に置いて、住民情報を含む重要データを異業種間で連携させるデータプラットフォームを整備することができる。そうした取り組みを通じて、地域がICT利活用の主体性の回復とレジリエンスを実現することが、情報爆発時代の分散型ICT基盤整備の重要な果実となろう。

※1:インターネット上の広告技術のこと。

※2:Web3の台頭もこうした問題意識を背景としている。

※3:電気通信事業法や事業用電気通信設備規則などで規定。

※4:スイス国際経営開発研究所(IMD)の公表する世界競争力ランキングで、日本は1992年までは首位だったが、2022年には34位まで低下した。中でもビジネスの効率性が低迷している。

※5:「情報通信白書(令和3年版)」によれば、日米独中4カ国比較でインターネットショッピング、情報検索、支払い・決済などの利用率で日本が首位となっている。 

※6:2021年に岸田内閣が公表したデジタル社会の構想で、デジタル実装を通じて地方の課題解決を図るとともに住民生活の向上を目指す。

※7:ブロックチェーン技術などを基礎とした次世代のインターネットを指す概念。

※8:例えばAIエージェントの進化によって個人データ利用の許諾に関する煩雑な判断や手続きを簡便化することができれば、データ主権の回復に寄与すると考えられる。

※9:旧世代インフラが普及定着すると、次世代インフラへの移行インセンティブが阻害される場合がある。ATMと電子マネーの関係などが一例。

※10:MRIエコノミックレビュー(2022年7月4日)「2050年カーボンニュートラルの社会・経済への影響」

※11:欧州では再生可能エネルギーの発電地にデータセンターを置く動きが強まっている。ドイツWindcloud社は風力発電とデータ処理、廃熱を活かした藻の育成を組み合わせて実施。