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外交・安全保障 第15回:有事を想定した海底ケーブルの防護・強靭化

独自のリスク分析から導く切断の影響と、目指すべき対策

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2024.5.24

先進技術・セキュリティ事業本部小野真之介

外交・安全保障
島国・日本にとって、海底ケーブルは国際的な情報通信を支える重要なインフラである。近年、日本近海における地政学的リスクが高まっているにもかかわらず、安全保障の観点から海底ケーブルを防護する施策は十分とは言えない。有事に備え、防衛当局をはじめ関係省庁や民間企業を巻き込んだ新たな防護策の構築について議論が必要だろう。台湾有事の影響に関する独自検証などを基に、日本が目指すべき海底ケーブル防護のあり方を考える。

社会・経済・防衛に欠かせない重要インフラ

現在、日本の国際通信の99%は海底ケーブルシステム(図1)で伝送されている※1。衛星通信技術の進化が注目されているが※2、通信の速度と容量で優れる海底ケーブルは、大量のデータが流通する現代の社会・経済に不可欠なインフラだ。また、海底ケーブルは自衛隊や在日米軍の防衛活動を支えるインフラとしても機能している※3※4。今後、AIや自動運転、メタバースの普及などに伴うデータ流通量の急増に対応するために、日本では新規海底ケーブルの敷設と陸揚局への接続(「陸揚げ」と呼ぶ。図1参照)が予定されており、その重要性は今後さらに高まると考えられる(表1)。
図1 海底ケーブルシステムによる国際通信のイメージ
海底ケーブルシステムによる国際通信のイメージ
三菱総合研究所作成
表1 日本への陸揚げが予定されている新規海底ケーブル
日本への陸揚げが予定されている新規海底ケーブル
出所:TeleGeography, Network Database(閲覧日:2024年3月26日)を基に三菱総合研究所作成

海底ケーブル障害が安全保障上の重大リスクに

海底ケーブルは深海の環境に耐える強度を有するが、それでも世界で毎年100~200件程度の障害が発生している※5。主要な原因は、地震などの自然災害ではなく、底引網や錨の使用といった人為的活動だ(図2)。
図2 海底ケーブル障害の原因
海底ケーブル障害の原因
出所:ICPC, "Submarine Cable Protection and the Environment"(https://www.iscpc.org/publications/submarine-cable-protection-and-the-environment/ICPC_Public_EU_March%202021.pdf、閲覧日:2024年3月26日)を基に三菱総合研究所作成
特に最近では、安全保障の観点から人為的活動による海底ケーブル切断リスクが懸念されている。NATO(北大西洋条約機構)は、ウクライナを巡る戦争の一環としてロシアが海底ケーブルを攻撃する重大なリスクがあると警告している※6。また、日本近海では台湾付近で中国船の事故による海底ケーブル障害が発生しており※7、台湾政府は有事にも機能する海底通信インフラの整備に着手している※8

独自検証 台湾有事での海底ケーブル切断リスク

海底ケーブルが切断された場合、どの程度の影響が想定されるだろうか。

2023年時点で、日本には22本※9の海底ケーブルが陸揚げされており(図3)、1本が偶発的に切断されても、他の海底ケーブルにデータを迂回して通信を維持できる。しかし、複数本の海底ケーブルが同時に切断された場合、社会・経済・防衛に影響が生じると考えられる。
図3 日本に陸揚げされている海底ケーブルのマップ
日本に陸揚げされている海底ケーブルのマップ
出所:TeleGeography, Submarine Cable Map(閲覧日:2024年3月26日)を基に三菱総合研究所作成
例えば「台湾有事」が発生した場合、米国の同盟国である日本に対して、特定の国が情報封鎖を目的に海底ケーブルを切断する可能性が指摘されている※10。この指摘に基づき、本コラムでは台湾有事で想定されるケースごとに、海底ケーブル切断が日本に与える影響を独自に試算した(表2)。
表2 台湾有事で想定される海底ケーブル切断の影響(2023年時点)
台湾有事で想定される海底ケーブル切断の影響(2023年時点)
出所:TeleGeography, Submarine Cable Map(閲覧日:2024年3月26日)を基に三菱総合研究所作成
ケース1(日台間ケーブルの切断)、ケース2(日台間、日米間ケーブルの切断)では通信帯域幅※11が減少するが、約20カ国と接続を維持できる※12。しかし、ケース3(日台間、日中間ケーブルの切断)では、通信帯域幅が半分程度になるだけでなく、欧州との接続が失われる。また、実現可能性は低いが、最も影響が大きいケース4(日台間、日中間、日米間ケーブルの切断)では、さらに通信帯域幅が減少すると想定される。有事では衛星通信などの代替手段が利用されることを考慮しても、海底ケーブル切断は経済活動に多大な損害をもたらすだけでなく、防衛作戦の遂行に不可欠な指揮統制能力や、他国の情報を収集する能力などに深刻な影響を与え、日本の安全保障を脅かす可能性がある。

また、海底ケーブル切断の影響には非対称性がある。ケース3、4において日中間ケーブルが切断された場合、中国は日本との接続を失うだけであるが、日本は中国以西との高速通信が困難になる。地理的な位置関係からも、海底ケーブル切断は日本に対する効果的な攻撃手段になり得る。

官民連携がカギ 新たに取り得る4つの防護策

海底ケーブルを取り巻くリスクに対して、日本はどのような防護策を講じるべきだろうか。本コラムでは、(1) 切断を防止する活動(A. 既存ケーブルの防護、B. 新規ケーブルの防護)、(2) 切断の影響を最小化する活動(C. 早期復旧性の確保、D. 冗長性の確保)という計4つの活動の課題に対して、日本が新たに取り得る対策を考える(表3)。
表3 海底ケーブルの防護活動の課題に対して、日本が新たに取り得る対策
海底ケーブルの防護活動の課題に対して、日本が新たに取り得る対策
出所:各種情報を基に三菱総合研究所作成

(1) 切断を防止する対策

A. 既存ケーブルの防護

平時では、主にケーブル船※13を保有する民間企業が既存ケーブルのメンテナンスや予防保全工事を実施している※14※15。また、今後の海洋政策の方針を定めた「第4期海洋基本計画」では、海底ケーブルの安全対策に係る政府機関として、警察庁、総務省、国土交通省が言及された※16。しかし民間企業はもちろん、警察庁や総務省も有事に防護を担う部隊を有していない。国土交通省の海上保安庁は防護部隊を有するが、非軍事組織であるため※17、有事における防護を担当できない可能性が指摘されている※18。一方、諸外国では海軍が有事に備えて、海底インフラの防護演習を実施している(表4)。日本でも、有事における海底ケーブル切断を防止するために、海上自衛隊と連携した防護体制についての議論が必要だろう。
表4 各国の海軍・沿岸警備機関・民間企業による海底ケーブルの防護活動
各国の海軍・沿岸警備機関・民間企業による海底ケーブルの防護活動
出所:各種情報を基に三菱総合研究所作成

B. 新規ケーブルの防護

民間企業は新規ケーブルを海底に敷設する際に、海域の調査を行っているほか、海底面下にケーブルを埋設して物理的損傷を防ぐなど海底部の安全対策を講じている。一方で、海底ケーブルを陸揚局に接続する陸揚げ部の安全対策は相対的に脆弱性が高い。例えば、地域ごとに攻撃や破壊行為のリスクを評価し、高リスク地域への陸揚げを避けるなどの対策を講じることで、安全性が向上するだろう※19。米国では安全保障上の懸念を理由に、米中間ケーブルの陸揚げを却下した事例がある※20。日本も新規海底ケーブルの敷設を検討する際に、自国のデータを直接的に伝送する陸揚げ国を選定し、有事にも機能する通信網を構築することが望まれる。

(2) 切断の影響を最小化する対策

海底ケーブルは監視が困難な海底に敷設されているため、すべての切断行為を防止することは難しい。そのため、損傷を迅速に修理する早期復旧性や、データを他の海底ケーブルに迂回させる冗長性の確保が必要だ。

C. 早期復旧性の確保

民間企業は要請から24時間以内にケーブル船を出動させ※14、3週間程度で損傷を修理できる※21。しかし、複数の海底ケーブルが同時に切断される有事では、ケーブル船数が不足して復旧までに追加の時間を要するだろう。これに対して米国は、ケーブル船運航者に補助金を支給することで、有事におけるケーブル船不足を解消している※22。日本でも有事に備えたケーブル船隊を編成・組織するために、船舶の建造や維持管理の費用に対して補助金を支給する施策が考えられる※23

D. 冗長性の確保

総務省は2024年に海底ケーブルの多ルート化に対する補助を実施する予定だ※24。安全保障を確保するためには、上述のように陸揚げ国を考慮しながら、できるだけ切断リスクを回避できるような多ルート化を図ることが求められる。例えば、中国の影響が比較的小さいルートとして、アラスカを介して日本と欧州を接続する北極海ルートが期待される※25(図4)。
図4 北極海ルート(Far North Fiberの敷設ルート)
北極海ルート(Far North Fiberの敷設ルート)
出所:Far North Fiber Inc., Home(https://www.farnorthfiber.com/、閲覧日:2024年3月29日)
4つの対策に共通した要件として「官民連携」が挙げられる。海上自衛隊が海底ケーブルの防護組織として機能するためには、敷設ルートなどを熟知した民間企業の協力が不可欠だ。他方、民間企業は経済合理性を確保する必要があるため、陸揚げ国や敷設ルートを安全保障の観点から選定したり、有事に備えたケーブル船隊を編成・組織することは難しい。こうした課題に対して官民が円滑に連携できるような体制を平時から構築し※26、海底通信の安全保障を確保することが望まれる。

※1:総務省「情報通信白書 令和2年版」
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r02/html/nd131420.html(閲覧日:2024年4月4日)

※2:例えば、中・低軌道に打ち上げた多数の小型非静止衛星を連携させて一体的に運用する衛星コンステレーションの構築が進められている。
総務省「情報通信白書 令和4年版」
https://www.soumu.go.jp/johotsusintokei/whitepaper/ja/r04/html/nd243430.html(閲覧日:2024年4月3日)

※3:慶應義塾大学 土屋大洋「日米サイバーセキュリティ協力の課題」(笹川平和記念財団「日米安全保障専門家会議」報告書⑨、2016年3月)
https://www.spf.org/topics/WG1_report_Tsuchiya.pdf(閲覧日:2024年5月8日)

※4:「ビジネス特集 知られざる海底ケーブルの世界」(NHK、2023年6月20日)
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20230620/k10014104331000.html(閲覧日:2024年4月4日)

※5:ICPC, "Submarine Cable Protection and the Environment"
https://www.iscpc.org/publications/submarine-cable-protection-and-the-environment/ICPC_Public_EU_March%202021.pdf(閲覧日:2024年4月4日)

※6:"NATO warns Russia could target undersea pipelines and cables", POLICTICO, 2023.05.03
https://www.politico.eu/article/nato-warns-russia-could-target-undersea-pipelines-and-cables/(閲覧日:2024年4月4日)

※7:"Interview with Bloomberg" Ministry of Digital Affairs (Taiwan), 2023.05.17
https://ipfs.moda.gov.tw/en/press/background-information/5685.html(閲覧日:2024年4月22日)

※8:"Enhancing the Resilience of Communications Network" Ministry of Digital Affairs (Taiwan), 2022.08.27
https://moda.gov.tw/en/digital-affairs/communications-cyber-resilience/operations/310(閲覧日:2024年4月5日)

※9:日本のみに陸揚げされる国内ケーブルは集計から除いている。

※10:山崎文明氏・情報安全保障研究所首席研究員「ヤバすぎる日本の海底ケーブル 台湾有事でネット接続全滅リスク」(エコノミストOnline、2022年1月31日)
https://weekly-economist.mainichi.jp/articles/20220208/se1/00m/020/046000c(閲覧日:2024年4月4日)

※11:単位時間あたりに送信できるデータの最大容量。

※12:この接続は1本の海底ケーブル(FLAG Europe-Asia)のみで確保されたものであり、通信帯域幅は約1,100Gbpsであることに留意する必要がある。この帯域幅は全帯域幅の0.1%に相当する。

※13:海底ケーブルの敷設および保守の機能を有する船舶。

※14:「海底ケーブル保守」(KDDIケーブルシップ株式会社ウェブサイト)
https://k-kcs.co.jp/solution/cable_maintenance.html(閲覧日:2024年4月3日)

※15:「メンテナンス」(エヌ・ティ・ティ・ワールドエンジニアリングマリン株式会社ウェブサイト)
https://www.nttwem.co.jp/service/maintenance/(閲覧日:2024年4月3日)

※16:内閣府「海洋基本計画」(令和5年4月28日閣議決定)
https://www8.cao.go.jp/ocean/policies/plan/plan04/pdf/keikaku_honbun.pdf(閲覧日:2024年4月4日)

※17:海上保安庁法第25条

※18:「誰が海底ケーブルを防護するのか 太田文雄(元防衛庁情報本部長)」(公益財団法人 国家基本問題研究所、2023年10月10日)
https://jinf.jp/feedback/archives/41859(閲覧日:2024年4月19日)

※19:他には海底ケーブルシステムで使用される機器の安全性を評価し、供給事業者を選定する対策も考えられる。

※20:"Team Telecom Recommends that the FCC Deny Pacific Light Cable Network System's Hong Kong Undersea Cable Connection to the United States" U.S. Department of Justice, June 17, 2020
https://www.justice.gov/opa/pr/team-telecom-recommends-fcc-deny-pacific-light-cable-network-system-s-hong-kong-undersea(閲覧日:2024年5月8日)

※21:"Under the Sea" Shipping and Marine Magazine - September 2011
https://www.iscpc.org/information/news-articles/(閲覧日:2024年4月3日)

※22:Captain Douglas R. Burnett, U.S. Navy (Retired) ”Repairing Submarine Cables Is a Wartime Necessity”, Naval Institute, October 2022
https://www.usni.org/magazines/proceedings/2022/october/repairing-submarine-cables-wartime-necessity(閲覧日:2024年4月19日)

※23:国土交通省は「事業基盤強化計画認定制度」として、造船・舶用事業者を対象に長期・低利の融資や税軽減などの支援を実施しているが、ケーブル船の建造計画が認定された事例は報告されていない。
国土交通省「海事 認定事業基盤強化計画 一覧」
https://www.mlit.go.jp/maritime/maritime_tk5_000069.html(閲覧日:2024年4月18日)

※24:総務省「令和5年度補正予算事業「自動運転の社会実装に向けたデジタルインフラ整備事業」 及び「国際海底ケーブルの多ルート化によるデジタルインフラ強靱化事業」に係る 補助金の交付決定」(2024年3月6日)
https://www.soumu.go.jp/menu_news/s-news/01kiban14_02000633.html(閲覧日:2024年4月4日)

※25:北極海ルートは、NATOが攻撃のリスクを指摘しているロシアの近海を通過する点に留意が必要である。

※26:例えば、デンマークは同国の海域における海底ケーブルを人的攻撃および自然災害から保護し、電気通信サービスを安定供給することを目的とした、官民連携の組織(Danish Cable Protection Committee)を設立している。
Danish Cable Protection Committeeウェブサイト
https://dkcpc.dk/?lang=en(閲覧日:2024年4月24日)