コラム

食と農のミライ食品・農業

公開迫る!GHGプロトコル新ガイダンスで何が変わる?

農業・食料サプライチェーンの環境対応 第1回

タグから探す

2024.4.15

エネルギー・サステナビリティ事業本部安川夏子

食と農のミライ
「FLAG」という言葉をご存じだろうか。Forest, Land and Agricultureの略、つまり、森林、土地および農業分野のことを指す。今、このFLAGセクター由来の温室効果ガス(GHG)排出量削減に向けて、科学的根拠に基づく目標設定や評価枠組みの整備が急速に進み、企業の対応が急務となりつつある。その背景と、今後企業が取り組むべきFLAG排出量削減に向けた第一歩について考える。

GHG排出の4分の1を占めるFLAG領域の削減が急務

GHG削減といえば、まずは化石燃料や電力使用の削減、再生可能エネルギーへの転換、といった対策を思い浮かべる方が多いだろう。しかし近年、FLAG(森林、土地および農業分野)セクターのGHG排出量の影響に注目が集まっている。

森林や農業分野からGHGが排出されるとはどういうことか。例えば、パーム油を使ったバイオ燃料を調達していたとしても、その原料であるアブラヤシ栽培のために天然林を伐採しているとすれば、天然林に蓄えられていた炭素が放出される。また、農作物の収量を上げるために過剰に肥料を使えば、二酸化炭素の265倍の温室効果を持つとされるN2O(亜酸化窒素)が多く排出されてしまう。その他にも、家畜の排せつ物やゲップに含まれるメタンも見過ごせない。これらの土地利用変化(森林から農地)や農畜産業に由来するFLAGセクターのGHG排出量は、世界のGHG排出量のほぼ4分の1を占め、エネルギーに次いで大きな排出源となっているのだ。

企業に対して、科学的根拠に基づくGHG削減目標の設定と実行を促すSBTi※1は、2015年の発足以来、エネルギー・産業セクター向けに目標設定のガイダンスを策定している。多くの企業がこれに従ってGHG排出削減目標を設定してきたが、FLAGセクターの活動については、これまで排出量の算定手法やデータ整備が不十分であることから手付かずの状態であった。この課題に対してSBTiは、FLAGセクター、特に土地利用に係る排出・除去を含む科学的根拠に基づく目標設定のためのツールとガイダンスを提供することを目指し、2020年にプロジェクトを始動、2022年9月にFLAGセクター目標設定ガイダンス公表に至った。

いよいよGHGプロトコル新ガイダンスの公開へ

目標設定の第1ステップとして、まず現状のFLAG排出量を把握する必要がある。この排出量を算定するための新ガイダンスがGHGプロトコル※2から2024年中に正式に公開される見込みとなっている(図表1)。
図表1 FLAGセクター目標設定に関連するガイダンスの概要
FLAGセクター目標設定に関連するガイダンスの概要
出所:“FLAG Science Based Target-Setting Guidance”(2022年9月)、”Greenhouse Gas Protocol: Land Sector and Removals Guidance”ドラフト版(2022年9月)をもとに三菱総合研究所作成
SBTiに加盟している企業で、森林・紙製品、食料生産などの業種に属する場合は、GHGプロトコルの新ガイダンス公開後半年以内に目標設定を行うことが必須とされている。また、目標設定が義務ではない業種の企業であっても、SBTiに加盟していれば、今後はエネルギー・産業セクターと同様にFLAGセクターからのGHG排出量を把握することが求められる(図表2)。
図表2 SBTiに加盟している企業のうちFLAGセクター目標設定が必要となる範囲
SBTiに加盟している企業のうちFLAGセクター目標設定が必要となる範囲
出所:FLAG Science Based Target-Setting Guidance(2022年9月)をもとに三菱総合研究所作成

SBTiで目標を掲げる日系企業も対応が迫られる

SBTiへの加盟企業は、2016年時点では世界で30社にも満たなかったが、2024年2月現在、7,500社以上にまで拡大している。中でも日本企業の加盟数は2020年からの3年間で約20倍となり、950社を超える(図表3)※3。世界の機関投資家が投資判断材料の一つとして参照するCDP※4のスコアリングにおいてもSBTiへの参加状況やその内容が評価項目の一部に組み込まれており、2023年に全ての分野(気候変動・水セキュリティ・フォレスト)で最高位のトリプルA評価を受けた積水ハウス・花王はもちろん、気候変動分野でA評価を取得した日系企業109社のうち80%以上がSBTiに加盟している。一企業として環境対応に真剣に取り組んでいたとしても、投資家たちはその内容が世界基準の中でどう評価されるかを見ている。そういう意味で、国際的に認められた機関であるSBTiに加盟し、実効性のある目標設定を行うことは、今や企業がパリ協定に沿ったGHG削減対策を行うことをステークホルダーに示すための最も有効な手段の一つになっているともいえるだろう。
図表3 SBTi加盟企業数 地域別推移
SBTi加盟企業数 地域別推移
出所:SBTi公式ウェブサイトをもとに三菱総合研究所作成
https://sciencebasedtargets.org/(閲覧日:2024年2月28日)
前述のように、今回のガイダンス公表によって、SBTiに加盟または加盟を検討している企業は、FLAGセクターの排出量算定や削減対策を行うことが必須の対応事項となる。とはいえ、「急にFLAG排出量を算定せよ、と言われてもどうしたらいいかわからない」という場合には、最低限の対応として、世界的に公開されているデータベースを用いて簡易的に把握する、という方法が考えられる。例えば、小麦を1万トン仕入れているなら、「1万トン×CO2原単位(データベースによる数値)」といった具合だ。ただし、この計算方法を使った場合、小麦1万トンを9,000トンにするなど「調達量を減らすこと」による排出削減しか数値化できない。調達先の農法を改善して肥料の施肥量を減らす、炭素固定技術を導入する、といった削減対策を数値に表れる効果として反映するためには、データベースによる簡易的な推計ではなく、現状の排出量を精緻に把握することが必要になる。

このことから、新ガイダンスの公開はSBTi加盟企業だけではなく、その企業のサプライチェーンに関わる製造業企業・商社・農家・林業関係者など、国内外の裾野に広く影響することを意味している。なぜなら、現状の排出量の精緻な把握には、算定に必要なデータ(土地面積・肥料の施肥量等)を直接手に入れる必要があるからだ。原材料の調達先が国内の自社農園で、常に管理が行き届いている場合は、ある程度の対応がしやすいかもしれないが、特に、主要な調達先が海外である場合には、サプライチェーンの末端の農家の生産方法まで把握するような、一歩進んだトレーサビリティの確保にいち早く動き出すことが重要であろう。

目標設定の義務化を「チャンス」と捉える

ここまで読んで、また一つ環境対応が増えるのか、と気が重くなった方もいるかもしれない。しかしそれだけ世界は待ったなしの状況、本気の対応が必要な段階に来ているということでもある。

これまでも、森林伐採が行われていない土地を使って、適切な施肥量で十分に環境に配慮した農業活動を行ったり、持続可能な森林経営活動を行ったりしてきた企業は多くあるはずだ。しかし、そこから排出されるGHGの量も排出削減に貢献する除去量(例:森林吸収量)も把握できなかった、あるいは把握する必要がなかったために、環境に配慮した企業活動として消費者やステークホルダーから適切に評価されていない状態にあるといえる。

今回のFLAGセクター目標設定の義務化によって、世界のSBTi加盟企業とそのサプライチェーンに広がる関係者が、土地利用や農業に起因する排出量の精緻な把握とその削減に乗り出すこととなる。すでに、フランスに本社を置くダノンは酪農関連の排出量を中心に2020年をベースとして2030年時点でFLAGセクターでの排出量を30.3%削減する目標を設定し、SBTiの承認を得るなど、欧州企業の動きだしは早い。

国内でも、カーボンファーミング※5や再生農業※6、畜産分野のGHG削減技術を持つスタートアップ企業は出現し始めており、企業間連携や炭素クレジットの活用等も進みつつある。環境対応が適切に評価される土台ができるこの機会を一つの好機(=ビジネスチャンス)と捉えていち早く動き出すことで、森林保護や適切な土地利用に積極的な企業として、投資家や消費者から一目置かれる存在となるのか、あるいは単なる規制対応とみて数年先まで足踏みしてしまうのか。エネルギー消費活動に由来するGHG削減を目指すことが今や当たり前となっているように、近い将来、FLAGセクターのGHG排出量削減も必須となる世界が来るだろう。2024年の動きだしが今後の大きな転換点になりそうである。

第2回では、土地利用・農畜産業分野のGHG削減を実現する具体的な先進技術をご紹介する。

※1:The Science Based Targets initiativeの略。国際NGO(CDP、WRI、Global Compact、WWF)が運営する、パリ協定の目標達成を目指した削減シナリオと整合した目標の設定、実行を求める国際的なイニシアティブ。

※2:米国の環境シンクタンクWRI(World Resources Institute:世界資源研究所)とWEBCSD(World Business Council for Sustainable Development:持続可能な開発のための世界経済人会議)が主導して開発した、温室効果ガス排出量算定・報告の国際的な基準。

※3:目標設定済の企業および2年以内に目標設定を行うことを約束している企業の合計。SBTi公式ウェブサイトにて確認。
https://sciencebasedtargets.org/(閲覧日:2024年2月28日)

※4:2000年に英国で設立された国際的な環境NGO。機関投資家や顧客企業の要請に基づき企業や自治体に環境対応に関する質問書を送付し、環境情報開示を促している。2023年には、全世界の時価総額の3分の2を超える約23,000社(日本企業約2,000社を含む)がCDPを通じた環境情報開示に協力。日本からは、三井住友、みずほ、三菱UFJなど主要な金融機関が各企業の評価結果を活用している。

※5:大気中の炭素を土壌や作物に取り込んでGHG排出量削減を目指す農法。

※6:リジェネラティブ農業、環境再生型農業などとも呼ばれる。土壌やその生態系を回復・改善していく農法で、土壌中の炭素量も増加する。