GHG排出削減のカギ「カーボンファーミング」と「炭素貯留」

農業・食料サプライチェーンの環境対応 第2回

タグから探す

2024.4.22

ビジネスコンサルティング本部岸 紘平

食と農のミライ
温室効果ガス(GHG)排出削減が農業分野においても最優先課題となり、生産者はもちろん食品メーカーなど農産物を調達する企業も対応に力を入れている。期待されるのは農業分野ならではの「炭素貯留」の活用だ。化石燃料の使用削減だけでなく、炭素貯留を取り入れることでGHG排出削減を加速させるきっかけとなりうる。カギとなる「カーボンファーミング」の関連技術やその効果、実装上のポイントを考察する。

積極的に推進 「カーボンファーミング」「再生農業」

これまで、評価の難しさなどから他産業と比較して脱炭素化が遅れていた農業分野において、GHGプロトコルの確立など制度設計が進むとともに、企業行動に対する機運も高まっている。(制度動向に関しては、当社コラム「公開迫る!GHGプロトコル新ガイダンスで何が変わる?」参照)

こうした動向を一つの機会と捉えたとき、特に農産物を調達している企業(食品・飲料メーカーなど)にとって重要になるのは、「生産要素である農地に炭素を蓄積・固定することでGHG排出削減に貢献できる」という、他産業にはない特徴を活用することだ。このような、大気中の二酸化炭素を土壌に取り込んで、土壌の質を向上させながらGHG排出削減を目指す農法は、「カーボンファーミング」として知られ、今までも行われてきた。

さらには、「再生農業(リジェネラティブ農業)」と呼ばれる、土壌や水資源、生物多様性なども含めて農地の保全・回復を目指す環境再生型の農業手法も広がっており、ネスレやダノン、ペプシコ、パタゴニアなどグローバル企業が積極的に推進している。近年では、日本においても、キリンホールディングスなどの大手食品・飲料メーカーが原料調達先の農場における再生農業などを推進しているが、規模や実績としては、海外のグローバル企業が先行している。

このように企業がカーボンファーミングや環境再生型の農業手法を推進する狙いは複数ある。1点目は、消費者に対する企業や製品・サービスのブランディング。2点目は、持続可能性に資する具体的取り組みを推進し、その効果を投資家に定量的に評価・開示することで、中長期的な企業価値の向上を図ることである。

そして3点目が、(長期的な目線での)自社の調達リスクの軽減だ。特に再生農業の取り組みは調達リスクと関わりが深い。農地を「自然資本」として捉え、単なるGHG排出削減だけではなく、土壌の生産力や水資源、生物多様性など幅広い観点から、農地の維持・改善を図ることが将来的な自社の調達リスク削減につながる、という考え方である。

GHG排出削減や炭素貯留にはどのような手法がある?

カーボンファーミングをはじめ、農業現場に対してGHG排出削減の各手法を導入する際には、GHG排出/吸収のメカニズムや見込まれる効果を適切に把握することが重要である。

一般的に、農業(耕種農業および酪農畜産)におけるGHGの排出/吸収は図表1のような物質循環のもとで行われている。対象となるGHGは二酸化炭素(CO2)、メタン(CH4)、亜酸化窒素(N2O)である。なお、CH4、N2OはそれぞれCO2の28倍、265倍の温室効果を持つ。いずれも、植物の光合成や、肥料・飼料の投入から始まり、生産プロセスを通じてGHGへと分解・変換されて大気へと放出される流れである。
図表1 農業のGHG排出/吸収に関する物質循環
農業のGHG排出/吸収に関する物質循環
注:このほかに関連する排出として、農業機械の動力としての燃料・電気や、化学農薬・肥料等の農業資材の生産工場で発生するGHGなどもある。これらの排出と、それに対する削減策に関しては、本稿では対象外としている。

出所:独立行政法人農業環境技術研究所 白戸康人「農業からの温室効果ガス発生をどう少なくするか?」(農林水産省 平成24年度委託プロジェクト研究「気候変動に対応した循環型食料生産等の確立のための技術開発」研究成果発表会、2012年12月10日)をもとに三菱総合研究所作成
この物質循環の中で、GHG排出削減を図るためのポイントは、【1】GHGの生成・排出プロセスの抑制(図表1の赤枠部分の抑制)、および【2】土壌中への炭素蓄積(図表1の青枠部分のコントロール)の2点である。【1】に関しては、さらに「①元となる物質(肥料等)の投入自体を削減するもの」と、「②土壌中や家畜飼養の中でのGHG生成プロセスを抑制するもの」、という2つの観点に分かれる。また【2】は、主には作物の残渣やバイオ炭等の農業資材を農地に投入するとともに、それらが土壌中で微生物によって分解されるのを抑制することで、もともと空気中にあった二酸化炭素を土壌中に蓄積するものである。

この観点で、現在開発・実装が進められているGHG排出削減技術を整理したものが、以下の図表2である。なお、個々の技術は、農林水産省「『みどりの食料システム戦略』技術カタログ」などの文献から抽出・整理した。
図表2 農業分野の主なGHG排出削減技術
農業分野の主なGHG排出削減技術
出所:農林水産省「『みどりの⾷料システム戦略』技術カタログ(Ver.3.0)」(令和5年5⽉)をもとに三菱総合研究所作成
仮に、上記のうち定量的な排出削減効果が公表されているいくつかの個別技術を、トウモロコシ生産および牛肉生産を事例として導入した場合、GHG排出削減効果は図表3のように試算される。ここからわかることは、「既存の技術を複数組み合わせることで相当量のGHGの排出削減やCO2の蓄積・固定化が期待できる」ということだ。

ただし、これらはいずれも一定の仮定を置いて試算したものであり、実際の技術実装の際は、適用先の諸条件(既存の農法・飼養法や環境条件等)に応じて数値は変動する※7

また、技術によっては、その適用の仕方に応じて、圃場の環境条件の変化を通じて収量や生産性に負の影響が及ぶ可能性もあるため、現場適用に当たっては実際の営農条件(栽培品目や作型、肥培管理等)を踏まえる必要がある。
図表3 GHG排出削減効果の試算例
GHG排出削減効果の試算例
出所:Poore & Nemecek (2018) “Reducing food’s environmental impacts through producers and consumers,” vol 360-6392, Science、農林水産省生産局環境保全型農業対策室「農地土壌が有する多様な公益的機能と土壌管理のあり方(1)」(2007年12月)、農研機構「緑肥利用マニュアル-土作りと減肥を目指して-」(2020年3月)、小林泰男「独立行政法人日本学術振興会 科学研究費助成事業(2008年~2010年) メタンの革新的削減を目指したルーメン発酵制御物質の開発」、環境省「温室効果ガス排出量算定・報告マニュアル(Ver5.0)(2024年2月)」をもとに三菱総合研究所作成※8

サプライチェーン連携を突破口に

近年、農業分野のGHG排出削減の取り組みが適切に評価される土台が整ってきた。企業にとっては自社の排出削減活動を一段階加速するチャンスが来ているといえる。特にグローバルに調達を行っている日本企業は、上述の「炭素貯留」のように農業が有する特徴を積極的に取り入れ、GHG排出削減を加速していくべきである。

一方で農業分野のGHG排出削減は、技術の確立やその効果測定・モニタリング手法の確立等、まだまだ発展余地のある領域であり、また前述の通り、農業現場の条件や技術の適用の仕方によっては、生産性やコスト等の面での課題もある。

より実効性の高い取り組みを進めていくためのポイントは以下の3点である。

1点目は「現状把握」である。農業・食品業界は、生産者や加工・流通も含めるとサプライチェーンが長く複雑で、かつ小規模事業者が多いという特徴がある。原料加工メーカーや商社などと協力しながら農業生産現場も含む調達先の情報を収集しつつ、GHGプロトコルなどに示されている算定手法も活用し、GHGの排出/吸収量を可視化していくことが第一歩となる。

2点目は「排出削減効果の適切な評価」である。繰り返し述べた通り、各技術の適用可否やその効果・影響は農業現場によって異なる。また、「公開迫る!GHGプロトコル新ガイダンスで何が変わる?」でも指摘しているように、現状の排出量と技術導入による削減効果は、データベースによる簡易的な推計ではなく、現場の営農・環境条件に沿って精緻に把握することが、取り組みの成果を自社のGHG排出削減目標達成に反映していくために不可欠となる。加えて、技術実装後に排出削減効果を効率的にモニタリングするための仕組み作りもポイントとなる。

3点目は、上記2点に通ずる、「サプライチェーン連携」である。特に、海外産品を原料として調達している場合などは、生産・流通網もより複雑化する。農業生産現場や、その手前のサプライヤーや商社などの中間段階の事業者とも連携しながら、まずはできるところから、知見の蓄積や技術実装にトライすることが求められる。

これまでは、GHG排出削減の施策導入に費やす手間・コストや、それによる収益改善効果の低さなどがネックとなり、サプライチェーンの川上・川下の間の連携はなかなか進まなかった。しかし近年、GHG排出削減と生産性向上を両立しうる技術(高機能バイオ炭等)が登場したり、炭素クレジットなどの金融手法が農業分野へも広がったりしてきている。こうした技術進歩や制度構築も一つの後押しとして活用しながら、GHG削減技術の社会実装をサプライチェーン全体として進めていくことが求められる。

当社も、カーボンファーミングの社会実装に貢献するため、国内の圃場実証等を実施している(「三菱総合研究所とTOWING、高機能バイオ炭「宙炭(そらたん)」を用いたカーボンファーミングの圃場実証を開始」参照)。この活動内容に関しては、今後ぜひ発信していきたい。

※1:緑肥とは、栽培された植物そのものを肥料の一種として利用する手法。土壌環境の改善や化学肥料の代替となるなど複数の効果が見込まれる。

※2:硝化抑制剤は、窒素肥料が土壌中で分解(硝化)され、N2Oに変換されるプロセスを抑制するために投与される。

※3:生物的硝化抑制強化品種は、作物自身が硝化抑制を促進するよう品種改良されたもの。

※4:中干期間延長は、水田での栽培中に水を抜いて干す(中干し)期間を延長することで、通常の湛水田において発生するメタンの量を抑制する手法。

※5:不耕起栽培は、通常行う作付け前の土壌の反転・攪拌を行わない農法のことで、土壌中の有機物の分解およびCO2の生成を抑制する。

※6:バイオ炭は、炭や竹炭など、燃焼しない水準に管理された酸素濃度の下、350℃超の温度でバイオマスを加熱して作られる固形物で、難分解性であるため土壌中に長期にわたり炭素を貯留することが可能となる。

※7:技術によっては、異なるGHG間で排出削減と増加の両方に寄与しうるものもある。例えば、植物残渣のすき込みは、土壌中への炭素貯蓄効果はあるものの植物体に含まれる窒素成分が土壌中での分解を通してN2Oとして排出されるため、緑肥等のように化学肥料投入の代替として用いられない場合、N2O排出量増加に寄与する。

※8:各品目の単位重量当たりGHG排出量はPoore & Nemecek (2018) “Reducing food’s environmental impacts through producers and consumers,” vol 360-6392, Scienceから引用。トウモロコシに関しては、不耕起栽培による炭素貯留効果を0.5[t-CO2/ha]、緑肥投入による化学肥料削減効果のみを試算の対象としその割合を3割として、またバイオ炭は黒炭を150[t/ha]施用するとして試算(なお、バイオ炭の製造・輸送に伴うGHG排出は試算に含まれない)。牛肉に関しては、げっぷメタン発酵抑制飼料としてカシューナッツ殻液を用い排出量を38%削減したと仮定し、排泄物管理に関しては、処理方法を堆積発酵から強制発酵へ変更したと仮定し、試算した。

関連するサービス・ソリューション

連載一覧

関連するナレッジ・コラム

関連するセミナー