マンスリーレビュー

2023年2月号特集1エネルギー・サステナビリティ・食農

カーボンニュートラル資源立国実現に向けて

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2023.2.1

政策・経済センター井上 裕史

POINT

  • 中長期的にはカーボンニュートラルと経済安全保障の両立が必要。
  • 鍵は資源循環であり、新たなビジネスモデルやDXを駆使すべき。
  • エネルギーと資源循環の政策融合に向けて産官学は連携強化を。

ウクライナ危機後の世界と日本

カーボンニュートラル(CN)を表明する国が増加を続け、日本も2020年10月に2050年の実現を宣言した。これに伴い、企業は自社だけではなくサプライチェーン全体でのCO2排出管理が必要となり、負うべき社会的責任の範囲も拡大した。

しかし、2022年2月にロシアがウクライナに侵攻したため、経済安全保障を考慮せざるを得ない状況となった。短期的には、CNよりも経済安全保障が重視されるともいえるが、中長期的には両立させることが必要である。

ウクライナ危機を踏まえ欧米では、経済安全保障を重視しつつCNへの取り組みも強化する動きが見られる。欧州連合(EU)は天然ガスのロシア依存脱却に向け、再生可能エネルギー(再エネ)導入目標を引き上げ太陽光パネルの域内生産加速を図っている。米国は新たに成立したインフレ抑制法に厳しい経済安全保障要素を盛り込み、電気自動車(EV)への税額控除を進めようとしている。

日本によるCNへの取り組み状況を国際比較した(表)。固定価格買取制度※1によって太陽光中心に再エネ導入が加速したものの、発電電力量に占める再エネ比率は欧州の半分程度である。洋上風力は先行する欧州を中国が追い上げる中、日本の本格導入は数年先の見込みだ。EV普及も欧州と中国が先行している。日本が強みとする素材産業ではCO2排出削減が難しいことからも、CN実現へのハードルは高い。

経済安全保障の観点でも、資源に乏しい日本の立ち位置は厳しい。CN実現には太陽光発電など成長産業のさらなる進展と、素材産業における排出削減の強化が必要である。

しかし、太陽光パネルの国内生産比率はこの10年間で約8割から約1割まで急落した。EVに用いられる蓄電池に必要な金属資源、素材産業に必要な原材料も、ほぼ輸入に依存している。
[表] CN達成に向けた日本の立ち位置
[表] CN達成に向けた日本の立ち位置
出所:国際エネルギー機関、世界風力会議、東京センチュリーの資料をもとに三菱総合研究所作成

日本はCN資源の循環を

日本が置かれた状況を概観すると「CN実現に向けて国際競争が激化」「ロシア・中国の脅威を背景に経済安全保障が大前提」「企業の社会的責任は増加」「排出削減が難しい素材産業こそが強み」となっている。

CN実現に向け、山積している課題を解決する鍵は資源循環である。ここで、以下3つの資源を「カーボンニュートラル資源」と定義する。

①CN実現に不可欠な再エネ資源
②CN実現に不可欠な再エネ発電・蓄電池などに含まれる金属資源
③素材産業のCN実現に不可欠な鉄スクラップ・廃プラスチックなど

その上で、国内外のCN資源を積極的に循環させて技術力を磨き、カーボンニュートラル資源立国を目指すべきである。実現すればCNと経済安全保障の両立が可能となり、日本の成長と国際競争力確保にも資すると考えられる。

資源循環がCNと経済安全保障に貢献する事例として、成長産業では太陽光発電、EVに使われる金属資源、素材産業では製鉄とプラスチックを取り上げる。

【太陽光発電】

CN実現に不可欠な技術だが、部材の多くを輸入に依存している。発電パネルの再利用や、ペロブスカイト太陽電池※2に代表される次世代製品の国産化を進めれば、2050年時点で輸入比率を低減可能である。

【EVに使われる金属資源】

EVも太陽光発電と同様に導入拡大が不可欠だが、必要な金属資源はほぼ輸入に依存せざるを得ない。経済安全保障と両立を図るには国内で廃車となったEVだけでなく、輸出された車からも金属資源を可能な限り回収して国内で再利用すれば、自給率を高めることができる。

【製鉄】

高炉による製鉄は大量のCO2排出が避けられないため、鉄鋼業全体のCNに向けては鉄スクラップを利用する電炉の比率を高める必要がある。市中の廃スクラップの効率的回収や、輸出に回っている鉄スクラップを積極的に活用することで、電炉比率の向上が期待される(特集2「鉄鋼の『カーボンニュートラル資源化』における課題」)。

【プラスチック】

現状、プラスチックは石油を原料としている。上流工程の石油化学プラントでは、原料の石油製品(ナフサ)を熱分解して得られる副産物を燃料として有効活用しており、石油系燃料の消費によるCO2排出は不可避である。CN実現に向けては、プラスチック需要自体を減らすとともに、廃プラスチック由来の再生資源やバイオマス資源を最大限活用することが重要だ。その結果、プラスチックの原料に占める石油の比率を低減可能である。

サブスクやDXなどを駆使すべき

資源循環を活用してカーボンニュートラル資源立国を実現すれば、成長産業と素材産業が共に、CNと経済安全保障に貢献できる。実現策として、①サーキュラーエコノミー(CE:循環型経済)型ビジネスモデルの確立、②DXを活用した基盤データ整備、の2つを提示する。

①CE型ビジネスモデルの確立

具体的なCE型ビジネスモデルとしては「サブスクリプション(サブスク)を活用したCN資源確保」と「CN資源を活用した製品のブランド化」の2通りが考えられる。サブスクとは、商品やサービスごとの購入額を支払うのではなく、一定期間の利用権として料金を払う方式である。

前者のサブスク活用は、ユーザーが太陽光発電設備やEVを所有する従来の形態とは違い、メーカーなどが所有権を保持しながらユーザーが利用権を手にする。このためメーカーやサービス提供者は、ユーザーの利用終了後も二次利用やリサイクル、資源の再利用に関わり続けることが可能となる。例えばEVのバッテリーに含まれる希少金属資源を確実に再利用できる(図)。
[図] 太陽光発電・EV・省エネ機器のサブスク活用イメージ
[図] 太陽光発電・EV・省エネ機器のサブスク活用イメージ
出所:三菱総合研究所
後者のブランド化では、CN達成に貢献するエネルギーを利用した素材の提供が進もうとしており、いずれ最終製品のCN化が実現する。「CN製品」のブランド力をいち早く高めてグローバル市場に投入すれば、国際競争力の確保につながる。

さらに、CN製品の海外展開にもサブスクモデルを活用することで、海外に流出したCN資源を日本のメーカーなどが管理し、再び製品として活用することも可能になるだろう。

②DXを活用した基盤データ整備

CE型のビジネスモデルを確立させる上では、CNへの貢献をうたう製品が「本物」であることを客観的に立証する必要がある。そのためにはDXを活用した基盤データの整備が必要である。有力候補としては欧州で提唱されているデジタルプロダクトパスポート(DPP)が考えられる。

DPPとは製品の所有者が移転する際、持続可能性などに関する情報を引き継ぐパスポートである。具体的にはトレーサビリティ、CO2排出量などの環境負荷、原材料構成、リサイクル材利用率といった情報をサプライチェーン間で共有し、必要な情報を可視化する。EUは、蓄電池にDPPを適用する制度の構築に着手している。

DXを活用したトレーサビリティ確保については日本でも、複数の主体が再生プラスチックを対象にブロックチェーンを活用した仕組みづくりを進めている。ただし、CO2排出量などの環境負荷まで対象とする事例は少ないのが実情である。可能であれば、トレーサビリティ確保と環境負荷把握は一体的に進むことが望ましい。

4つの課題とその解決策

カーボンニュートラル資源立国の実現に向けては、さまざまなハードルがある。ここでは4つの課題を、解決の方向性と併せて紹介する。

まず、①低コストな資源回収システムの確立が必要である。そのために資源循環に関する市場規模予想を可視化したい。解決策としては、官民一体で将来の市場に対する定量目標を設定することが考えられる。そうすれば市場の予見可能性が高まり、企業や金融機関の投資が進みやすくなる。

次いで、②CN製品に対するブランド価値(プレミアム)への社会的受容性を高めたい。このためには、環境に対する価値を知ることができる炭素市場※3の創出が必要だ。制度検討が進められているGXリーグ※4における排出量取引市場の活性化が期待される。資源循環がもたらす経済価値の定量化も重要だろう(特集3「循環の経済価値を踏まえたエコシステム形成を」)。

さらに、③DPP普及に向けた協調領域の確保も必要である。この点に関してはサプライヤーが自社製品の情報を積極的には開示したがらないという課題がある。解決に向けて、サプライチェーン間で対話を進め、最低限開示が必要な範囲を協調可能な領域として定めていくべきだ。DPP普及拡大のメリットを享受できるようになれば、サプライヤーが開示を進める可能性もある。

最後に、④DX人材・GX人材の確保とスキルアップにも言及したい。①にも関係するが、将来の市場拡大を見据えた人材育成を進めるとともに、今後縮小していく産業における人材のリスキリング(学び直し)も支援していく必要がある。


ウクライナ危機によって、短期的にはCN達成への逆風が吹いてはいる。しかし、中長期的にはCNと経済安全保障の両立を目指すべきである。

そのためには、従来は個別に議論されてきたエネルギー分野と資源循環分野の政策を巧みにリンクさせていかねばならない。その際は政府が単独で動くのではなく、産官学の対話の場を設けて両分野の推進に向けたボトルネックが何かを突き止めた上で解決策を探る必要がある。

産官学の連携を通じて両分野に関する政策をいっそう融合させることこそが、カーボンニュートラル資源立国を実現する鍵を握るだろう。

※1:一定価格での再エネ電力買い取りを電力会社に義務付ける制度。2012年に開始された。

※2:ペロブスカイトとは灰チタン石のこと。この太陽電池は従来型の製品と違い材料を塗布や印刷によって作製可能なため、軽量化や低コスト化が期待されている。

※3:CO2排出枠を取引する市場。

※4:脱炭素化を実現するための社会変革であるグリーントランスフォーメーション(GX)実現に尽力する企業群。経済産業省が2022年2月に設立の基本構想を打ち出した。