コラム

カーボンニュートラル時代の原子力エネルギー・サステナビリティ・食農

世界の原子力需要拡大で考える日本の使命

世界に信頼される技術力を強みにASEAN市場開拓へ

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2024.9.17

政策・経済センター吉永恭平

カーボンニュートラル時代の原子力
日本の原子力産業は世界市場でどのような立ち位置にあるのか? 長年にわたり、原子炉部品の供給で強みを発揮してきたが、最近ではその存在感が薄れつつある。脱炭素の潮流の中、世界の原子力市場は成長しながらも、輸出は特定国への集中が続くと見込まれる。日本が存在感を発揮し続けるためには何が求められるのか。「サプライチェーンを支える優れた技術力」「国際法を尊重・支持してきた信頼性」などを起点に考える。

成長と停滞が併存する世界の原子力市場

2023年の「国連気候変動枠組条約第28回締約国会議(COP28)」の合意文書では、脱炭素化に向けて加速すべきゼロ・低排出技術の1つとして原子力が初めて明記された。また国際イニシアチブとして原子力発電設備容量を2050年までに2020年比で3倍にする有志国による宣言も発表され、原子力利用を拡大する世界的な潮流が生じている。

国際原子力機関(IAEA)による世界の原子力発電設備容量の予測(2023年10月)では、特にアジアにおける原子力発電の伸長が大きく見込まれている(図表1)。
図表1 世界の原子力導入予測
世界の原子力導入予測
出所:IAEA「Energy, Electricity and Nuclear Power Estimates for the Period up to 2050」を基に三菱総合研究所作成
※高位ケースの設備容量見通し
一方で、原子力発電技術を保有する国は限られている。これまでに35カ国が発電に原子力を利用した実績があるが、そのうち自国開発の原子炉を有する国は10カ国※1に過ぎない。足元の世界の建設計画は、その大半が中国、インド、ロシアに集中しており、この3カ国が世界の原子力導入量増をリードしている。特にロシアは自国での建設に加えて原子炉輸出にも力を入れており、エジプト、トルコ、バングラデシュなど、原子力の初号機導入を目指す国での建設にも乗り出している。
図表2 世界の建設/計画中の原子炉とロシア製原子炉数※2
世界の建設/計画中の原子炉とロシア製原子炉数
出所:世界原子力協会(WNA)「Plans For New Reactors Worldwide(Updated Tuesday,30 April 2024)」および各国の「Country Profiles」を基に三菱総合研究所作成※3
https://world-nuclear.org/information-library/current-and-future-generation/plans-for-new-reactors-worldwide(閲覧日:2024年6月4日)
https://world-nuclear.org/information-library/country-profiles(閲覧日:2024年6月4日)
前述の3カ国(中国、インド、ロシア)以外の主要な原子力技術保有国では、スリーマイル島原子力発電所や福島第一原子力発電所での事故、電力需要の伸びの鈍化などにより新規建設は停滞している。この結果生じた建設のない空白期間が影響し、原子力発電所建設を支えるサプライチェーンの弱体化があらわになってきている。

例えば、世界最大の原子炉保有国であるアメリカは、スリーマイル島原子力発電所の事故以降35年もの間、新設の計画が本格化しない空白期間が続いた。その後初めて実現したボーグル原子力発電所3・4号機の新設では、建設費用が当初計画より190億ドル以上の上乗せとなり、8年遅れの2023年8月の稼働となった。また14年ぶりの新設計画となったフランスのフラマンビル原子力発電所3号機は、当初2012年に完成予定であったが、12年遅れての2024年9月の稼働となった。

日本は原子炉部品供給や国際連携で存在感

原子力発電所は、1,000万点にも達するといわれる部品点数から構成される複合施設であり、世界的なサプライチェーンが建設を支える。

世界の原子炉部品輸出高割合の推移を見てみよう(図表3)。部品輸出は近年ロシア・中国の存在感が大きくなりつつあるが、日本は2000年以降、世界トップ3の規模を維持し続けてきた世界有数の原子炉部品輸出国である(図表4)。これは日本が、「圧力容器」「蒸気発生器」「タービンに使用される鍛造品」など、原子力安全上、重要な部材を高品質に製造する高度なものづくり技術を有しており、多様な国から高い信頼を得ている証左にほかならない。2011年3月の福島第一原子力発電所の事故後でも、イギリス、ポーランド、ベトナム、トルコなど、各国の首相・閣僚からも、日本の原子力技術に対する期待が表明されている。
図表3 世界の原子炉部品輸出高シェア
世界の原子炉部品輸出高シェア
出所:UN Comtradeを基に三菱総合研究所作成※4※5
図表4 世界の原子炉部品輸出 上位5カ国の変遷
世界の原子炉部品輸出 上位5カ国の変遷
出所:UN Comtradeを基に三菱総合研究所作成※4※5
次世代炉開発でも日本企業は海外市場で一定の存在感を発揮している。米テラパワー社が開発するナトリウム冷却高速炉「Natrium」に対しては、原型炉「もんじゅ」によって国内で培った経験を活かし、日本原子力研究開発機構(以下、JAEA)と三菱重工(MHI)、三菱FBRシステムズ(MFBR)との間で開発協力※6している。また米Holtec社が開発中の小型原子炉「SMR-160」向けの計装制御システムでは三菱電機が設計を担う※7。カナダや欧州で建設プロジェクトが先行する小型原子炉「BWRX-300」に対しては、日立GEニュークリア・エナジー社が主要機器・部品供給を予定する。高温の熱利用で水素などの生成が期待される高温ガス炉の開発でも、イギリスと連携中だ。こうした国際協力で次世代炉の初号機建設プロジェクトへ日本企業が参画することは、日本が将来の原子力市場を獲得していく上で重要な意味がある。

部品輸出高は足元で減少、岐路を迎える日本

一方で、日本の原子炉部品供給推移を確認すると、輸出高は足元で減少傾向にある(図表5)。2011年の原子力事故以降の国内原子力産業の先行き不透明感による事業縮小や、新設が進む中国などで、原子炉部品の国産化が進んでいる影響もあり、一時は300億円(2億ドル、150円/ドル換算)を超えた日本の原子炉部品輸出高は、2023年には10分の1以下に減っている。グローバルで拡大が想定される世界の原子力市場に対して、今後も原子炉部品サプライヤーとして日本が選ばれ続け、継続的な貢献ができるか、今まさに重要な分かれ道にある。
図表5 日本の原子炉部品輸出高の推移(2000~2023年)
日本の原子炉部品輸出高の推移(2000~2023年)
出所:UN Comtradeを基に三菱総合研究所作成※4※5

ASEAN支援が世界市場に食い込むカギ

日本が今後も原子炉部品サプライヤーとして貢献するためのカギの1つが、ASEAN市場への展開だ。商用原子力発電所の稼働実績がないASEAN諸国でも原子炉導入の機運は高まっている。ASEAN諸国最大の人口を抱えるインドネシアでは、2030年代の原子炉導入を計画する。タイでは、2024年9月公表のエネルギー計画に対して、小型原子炉の導入を盛り込む方針だ※8。ミャンマーやフィリピンでも、同様に原子炉の導入が検討されている。

原子炉導入にあたっては、厳格な管理が求められる核物質を取り扱うことになる。国際法の理解や核物質の計量管理・輸送などに対応できるような、核不拡散や核セキュリティ分野の専門家育成が必要不可欠となる。JAEAの核不拡散・核セキュリティ総合支援センター(ISCN)では、アジア諸国への核不拡散・核セキュリティ強化のための能力開発支援プログラムを展開してきた。ASEANのエネルギー分野に関わる国際機関であるASEAN Center for Energy (ACE)ともセミナー・研修を共催するなど、各国の支援ニーズの把握や日本の取り組みの共有を行っている。その他の国際的な枠組みの中でも、法制度整備や人材育成などの点で、日本は原子炉導入のソフト面の整備を支援している※9

今後、さらに日本が存在感を発揮するために重要になるのが「橋渡し」の役割だ。次世代炉などの開発で連携を強めているアメリカやイギリスなどの原子炉輸出国と、能力開発支援活動の中でニーズを把握してきたASEANなどの原子炉輸入国。日本は部品供給の強みと充実したソフト支援の取り組みを活かし、この両者をつなぐ橋渡しができる特異なポジションにある(図表6)。
図表6 原子炉輸出国と輸入国をつなぐ日本の「橋渡し」のイメージ
原子炉輸出国と輸入国をつなぐ日本の「橋渡し」のイメージ
三菱総合研究所作成
国内原子力サプライチェーンの維持・強化を目的に設置された原子力サプライチェーンプラットフォーム(NSCP)では、次世代炉向けの機器や部素材の設計・開発・実用化に挑戦する国内サプライヤーでチームを組成。海外の実機プロジェクトへの参画に向けて官民連携で対応している。さらにASEAN有識者への調査では、日本が国際法を尊重し、支持していることに対して好意的な見方が多く確認されている※10。次世代炉開発や建設サプライチェーンへの貢献と、制度・人材基盤の整備の両面で、日本は原子炉輸出国と輸入国の双方と連携し、複層的な支援を通じて原子力の安全・安心・平和な利用を進めるべきだ。

カーボンニュートラルへの世界的な潮流の中で、技術・人材基盤が未熟な国家や企業でも新規建設の検討が増えている。一方で原子力発電には、高度な技術力と品質管理による高い安全性、そして核不拡散の強い信念が必要だ。その意味でも、福島第一原子力発電所の事故対応の経験や唯一の戦争被爆国としての責任を有する日本が果たすべき役割は極めて大きい。

日本国内での原子力利用の縮小の中で、技術・人材基盤の衰退は顕在化しつつある。一方で、原子炉輸入国にとって、国際法を尊重・支持してきた日本は、信頼に足るパートナーとしての資質を十分に備えているのは間違いない。優れた原子炉部品サプライヤーとして、また各国の橋渡し役として、日本が次世代の原子力市場に貢献できる余地は大きい。世界の原子力動向を踏まえ、海外活動を想定した国内基盤を再構築し、日本が起点となってASEAN諸国、そして世界での安全安心な原子力利用を推進していくべきであろう。

※1:自国で開発した炉型を持つ国は、日本、アメリカ、フランス、ロシア、韓国、中国、ドイツ、カナダ、インド、イギリスの10カ国

※2:ウクライナ、日本、ブラジルは建設停止中(分類上は建設中)の炉を含む。日本の建設中は島根3号および大間、計画中は東通1号である

※3:建設中原子炉数はWNA「Country Profiles」に記載の数値を採用

※4:貿易データが十分に反映されていると考えられる2021年までを対象に、統計番号(H.S.code)8401.10(原子炉)および8401.40(原子炉の部分品)の輸出統計を合計。建設時に利用する部品のほか、メンテナンス時の交換部品が含まれる

※5:本統計には、原子力発電に必要となるタービン設備の費用は含まれていない

※6:JAEA「カーボンニュートラル実現に貢献するナトリウム冷却高速炉技術に関する日米協力の推進について(米国テラパワー社との覚書拡大について)」
https://www.jaea.go.jp/02/press2023/p23103101/ (閲覧日:2024年6月4日)

※7:三菱電機「米国Holtec社と小型原子炉「SMR-160」向け計装制御システムの設計契約を締結」
https://www.mitsubishielectric.co.jp/news/2022/0323-b.html(閲覧日:2024年6月4日)

※8:Bangkok Post「Revised power plan promotes clean alternatives」
https://www.bangkokpost.com/business/general/2790387/revised-power-plan-promotes-clean-alternatives(閲覧日:2024年6月4日)

※9:日本が主導し近隣アジア諸国が参加するアジア原子力協力フォーラム(FNCA)では、原子力技術の平和的で安全な利用を進め、社会・経済的発展を促進することを目的として、毎年1回大臣級会合、スタディ・パネル、コーディネーター会合を開催している。南アジア・太平洋・極東諸国地域を対象とするアジア原子力安全ネットワーク(ANSN)でも、原子力安全基盤整備の促進の活動に資金面含めた支援を実施する。ASEAN+3、東アジアサミット(EAS:ASEAN+8)などの枠組みの中でも、原子力協力に貢献する

※10:過去コラムより
ウクライナ危機で存在感増す「グローバルサウス」② 問われる日本の向き合い方(MRIエコノミックレビュー 2023.5.16)