コラム

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動き始めた日本の電力インフラ分野のDX

最新技術で送配電の効率化・付加価値創出を目指す

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2024.10.2

エネルギー・サステナビリティ事業本部中村俊哉

北村俊平

攝待彰久

環境・エネルギートピックス
カーボンニュートラルや労働人口減少など、電力インフラ事業を取り巻く環境の変化を踏まえ、電力インフラ分野でもDX(デジタルトランスフォーメーション)の導入が急務となっている。欧米諸国では、機械学習やデジタルツインなどの最新技術を、送配電事業の効率化や高度化につなげるような先進事例が次々と登場している。一方、日本の取り組みはまだ緒に就いたばかりだ。送配電分野のDXソリューションを単なる技術実証で終わらせず、真の現場実装につなげるためのポイントを紹介する。

送配電高度化の契機となるレベニューキャップ制度

一般送配電事業者はカーボンニュートラル実現に向け、電力ネットワークの次世代化が求められている。図1に示すように、従来、日本で採用されていた総括原価方式の託送料金(電力を送るための配電網の利用料金)制度は、送配電事業に必要な原価に応じて託送料金を設定する仕組みであり、収支を一致させることで一般送配電事業者に一定の事業報酬を保証するものであった。2023年4月から新たに導入されたレベニューキャップ制度は、ネットワーク次世代化や設備の高経年化対策などへの投資費用を機動的に確保しつつ、一般送配電事業者としての費用を抑制する新たな託送料金制度である。再生可能エネルギーの主力電源化や、電力需要の伸び悩みなども踏まえて導入された。具体的には、一定期間において一般送配電事業者が得る託送料金収入の総額に上限を設けつつ、コスト削減を図ることで発生した利益の一部も得ることができる仕組みである。
図1 総括原価方式とレベニューキャップ制度のイメージ
総括原価方式とレベニューキャップ制度のイメージ
出所:資源エネルギー庁「料金設定の仕組みとは?」などを基に三菱総合研究所作成
https://www.enecho.meti.go.jp/category/electricity_and_gas/electric/fee/stracture/pricing/(閲覧日:2024年10月1日)
日本のレベニューキャップ制度は、欧米をはじめとする諸外国の制度を参考に設計されたものである。すでに諸外国の送配電会社ではこの制度により、コスト低減をインセンティブとしてデジタル技術の導入を加速し、電力ネットワークの次世代化を図っている。この結果、送配電分野の多様な課題をデジタル技術で解決するDXソリューション※1の事例が数多く生まれている。

諸外国で加速する点検・保安業務のデジタル化

諸外国に見られる先進的なDXソリューションをいくつか紹介したい。まず諸外国の送配電会社では、デジタル技術を駆使して、送配電設備の日常の巡視点検や保安のための伐採業務の効率化を図る動きが見られる。

米カリフォルニア州の大手電力会社の1つであるPacific Gas & Electric(PG&E)では、衛星写真を活用して、山火事につながりうる送配電線に近接する樹木伐採の高度化に取り組んでいる。具体的には、機械学習ベースの樹木認識と枯れ木の検出モデルを利用し、樹木の近接度合いなどを評価。それにより山火事リスクの高い地域を特定することで、伐採業務の最適化を目指している。

またアイルランドの配電系統運用者であるESB Networks(ESBN)では、点群データ(レーザーにより物体の位置情報などを把握し、点で構成したデータ)を含む地理空間データや画像データを利用して、送配電設備のデジタルツイン(現実世界のデータをコンピュータ上で再現したもの)を構築。これを異常気象などによる停電リスク軽減のために活用することを検討している(図2)。将来的には、より多くの再エネ電源を系統に連系できる潜在的な系統容量を特定し、既存のインフラを有効活用するためにも、このデジタルツイン技術を利用することも想定している。
図2 点群データによるデジタルツイン構築のイメージ
点群データによるデジタルツイン構築のイメージ
三菱総合研究所作成

DXソリューション開発ベンチャーへの投資も急増

このほか諸外国では、電力会社がDXソリューションを開発するベンチャー企業へ投資する例も増えている。例えば英国を母体とするNational Gridでは、National Grid Partners(NG Partners)と呼ばれるコーポレートベンチャーを立ち上げ、電力システムのクリーン化・スマート化に資するイノベーター・スタートアップへの投資活動を行っている。またNG Partnersは、グループの送配電事業者にて新技術の検証や実証を行い、自グループでの活用も検討している。さらには、NextGrid Allianceと呼ばれるアライアンス(登録メンバーは世界で120社以上)を立ち上げ、世界中の電力会社との共創によるイノベーション創出にも取り組んでいる。

日本でも動き始めた送配電分野のDXソリューション

再び日本に目を向けると、2023年に導入されたレベニューキャップ制度のもと、一般送配電事業者各社は、コストを抑制しつつ確実に設備更新を実施していくことが求められている。各社が公表しているレベニューキャップ制度の第1規制期間(2023~2027年度)事業計画では、人員効率化や、デジタル技術を活用した業務の効率化・高度化や付加価値創出が掲げられている。

デジタル技術の活用に関しては、一般送配電事業者各社がさまざまな取り組みを計画している。代表的な施策として、現地における目視での確認が基本である設備の巡視・点検業務において、ドローンやMobile Mapping System(モービルマッピングシステム、MMS)※2を活用することが検討されている。巡視・点検業務だけでなく、設備設計業務を効率化することを目指す取り組みである(図3参照)。

各社は上記のようなデジタル技術の積極的な活用により、業務体制の効率化につなげることを目指している。例えば、東京電力パワーグリッドは、送電線点検用ドローン自動飛行システムやAI技術を活用した電話受付などのデジタル技術の活用を進めることで業務量を削減し、要員を効率化することに取り組んでいる。具体的には、2021年度から2027年度までの期間で、全体の約9%に相当する約1,400人の要員を段階的に削減する計画を示している。

また、2023年9月に電力データ集約システムの運用※3が開始されたことを受け、データ利用事業者によるさまざまなサービスの提供が開始されている。例えば、中部電力ミライズコネクトは、賃貸物件に設置されたスマートメーターから取得する電力消費データを活用し、入居者の電気の使用状況から生活の異変を検知した場合に、本人、家族、不動産管理会社などに安否確認を行う見守りサービスを提供している。また東芝エネルギーシステムズは、工場などの電力データを分析し、生産のピークシフトや節電の余地があるかを見極める電気の需給調整サービスを提供する。このような平時のサービスに加えて、災害など緊急時において、自治体の防災業務に電力データを活用する仕組みも整備されつつある。
図3 ドローンやMMSを活用した送配電業務の効率化・高度化のイメージ
ドローンやMMSを活用した送配電業務の効率化・高度化のイメージ
三菱総合研究所作成

ベンダーとユーザーの柔軟性がDX現場実装のカギ

ここまで述べたように、送配電分野におけるデジタル技術の活用に関し、国内外で取り組みが進みつつある。

送配電分野におけるDXソリューションは、現地での作業を代替するための要素技術として、モデリング(点群データからの設備モデル構築)、物体検知(設備の識別)、画像解析(設備の劣化度判定)といったデジタル技術の成熟が不可欠である。昨今の生成AIの進化からも分かるとおり、これらは日進月歩の技術である。開発・提供するベンダーは、より使い勝手の良いソリューションとすべく、技術進化を絶えず吸収しながら、機能の改良を重ねていくことが競合他社との差別化要素となる。逆に、技術の進化やユーザーの多様なニーズに応じた柔軟な改良ができなければ、ソリューションはあっという間に陳腐化し、淘汰される可能性もある。近年は、大手のベンダーがITベンチャー企業を買収する動きも盛んであり、これは柔軟性の高いベンチャー企業の開発力に着目した動きである。

裏を返せば、ユーザーによるソリューションの選択では、そのベンダーがデジタル技術の進化に柔軟かつ迅速に対応可能であるか否かを見極めることが重要となる。加えて、ユーザー自身の業務プロセスも必要に応じて見直していくことが望まれる。生成AIをはじめとする新たなデジタル技術をユーザー自身が使い慣れていない場合、ソリューションを使用すること自体に心理的なハードルが生じる。このことは、DXソリューションの適用が概念実証(Proof of Concept)にとどまったり、現場での活用が進まなかったりする要因の1つでもある。その障壁を乗り越えるためには、ユーザーがDXへのリテラシーを高めることが必要だ。そのためにも、実際にDXソリューションを使う現場に対しては、最新デジタル技術についての十分なレクチャーが求められる。

また、DXソリューションは必ずしも万能なツールではなく、人手で対応する業務の全てを代替できるとは限らない。そのため、人手で対応する部分とDXで対応する部分をいかに協調させていくか、業務プロセスにおける役割分担の設計が重要である。

そこで当社は、送配電事業のDXソリューション導入において、初期構想の段階から現場実装までを一気通貫でサポートすることに取り組んでいる。先に述べたとおり、DXソリューションを開発・提供する側(ベンダー)と利用する側(ユーザー)の双方で柔軟性を持つこと(デジタル技術への進化に柔軟に対応すること)が現場実装のカギとなることから、コンサルティングを通じて多角的に支援を行っている。

例えば、ベンダーに対しては、当社が海外調査を通じて得た豊富な知見をもとに、真に組むべきパートナーの探索と提案が可能である。また、ユーザーに対しては、送配電事業に精通した当社メンバーが、現場業務の棚卸しを通じて取り組むべき課題を見極め、課題解決に資する最適なDXソリューションの探索、その有効性評価や、導入に向けた要件定義の支援などを行っている(図4)。

当社はこれまでも市場調査や現場実装に向けた支援を数多く実施してきた。今後、送配電事業の分野でもベンダー・ユーザー双方の立場に立ちつつ、現場業務の効率化や付加価値の創出を支援していく考えである。
図4 DXソリューション導入のフロー
DXソリューション導入のフロー
三菱総合研究所作成

※1:AI、IoT、ビッグデータなどの最新のデジタル技術を活用し、企業が抱える課題を解決し、ビジネスモデルや組織を変革するための取り組みやツールのこと。

※2:一般車両に搭載したデジタルカメラと3次元レーザースキャナの計測により、道路および周辺の連続画像と3次元座標データを計測する車両搭載型レーザー計測装置。

※3:一般送配電事業者が保有する電力使用量などの電力データを集約して、自治体などや認定電気使用者情報利用者等協会(一般社団法人電力データ管理協会)を通してデータ利用事業者に提供する仕組み。令和5年9月28日に電力データ集約システムの運用が開始され、電気事業法第34条および第37条の3に基づく、本格的な電力データの提供が開始された。
災害時の事故対策や早期復旧などレジリエンス強化、および平時の高齢者などの見守りや環境対策などの社会課題の解決につながるサービスの創出が期待されている。