マンスリーレビュー

2023年2月号特集3サステナビリティ経済・社会・技術

循環の経済価値を踏まえたエコシステム形成を

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2023.2.1

金融DX本部猪瀬 淳也

サステナビリティ

POINT

  • 脱炭素とは異なり、循環の経済価値はあまり計測されていない。
  • 多様な資源がある循環でこそ、共通の尺度が不可欠である。
  • 官民挙げた日本発のサーキュラーエコシステム構築が重要。

循環が生み出す経済価値

サーキュラーエコノミー(CE:循環型経済)の概念が現在のかたちに進化したのは1980年代とされる※1。類似の概念はそれ以前からあったが、資源が循環する図が生まれたのはこの頃であった。

それから40年をかけ、CEを分析・評価する多くのツールが開発されてきた。例えば資源消費や排出物の量を計測して環境影響評価を行う枠組みであるライフサイクルアセスメント(LCA)や、循環の度合いを評価するための材料循環指標(MCI)などは、比較的よく知られている。

しかし、循環がもたらす経済価値を測るツールは多くない。利用や調達にかかるコストの低減分などを循環が創出した価値とみなす例※2もあるが、それはあくまで循環に伴う効率化の度合いを計測したものである。

他方、脱炭素化をめぐっては、気候変動という外部不経済を、温暖化をもたらすCO2排出に価格をつけることで是正する考え方が主流である。外部不経済とはこの場合、企業や消費者の経済活動で生じた環境汚染などによる不利益を、当事者の企業や消費者ではなく社会が被ることだ。

サーキュラークレジットという考え方

資源が循環しないことは外部不経済に当たるだろうか。例えば、リサイクル品ではないバージン材を得続けようとするなら、新たな資源を得るため各地で新規開発を行わなくてはならず、環境への影響は無視できない。資源消費国の責任として埋蔵国の環境を守るためにも、資源が循環していないことに伴う外部不経済を、価格をつけることで是正することは重要といえる。

是正策の1つに、循環分野での「クレジットの適用」がある。ここでいうクレジットとは、目標を上回る成果を上げた際にその差分を認証して、経済的な取引を可能にするものだ。温室効果ガスの排出権などを企業間で取引する「カーボンクレジット」で使われている言葉と同義である。

循環に関するクレジット運用の実例はすでにある。ブラジルのNPOのBVRioがドイツ政府の協力を得て2013年から運営している「サーキュラークレジット・メカニズム」では、リサイクルによって工場に届けられた資源を対象として認証・発行したサーキュラークレジットを、企業が買い取るサイクルを構築している(図)。

具体的には使用済み資源をリサイクル事業者に売却した事業者や個人に、認証団体がサーキュラークレジットを付与する。リサイクル手法が適切と認められることなどが付与の大前提となる。

こうした事業者や個人は、認証団体が開設するプラットフォーム上でクレジットを売却できる。取引相手は、環境政策上の拡大生産者責任※3を重視するドイツ企業などが中心となっている。
[図] ブラジルのBVRioが運営するサーキュラークレジット・メカニズム
[図] ブラジルのBVRioが運営するサーキュラークレジット・メカニズム
出所:BVRioのサイトなどをもとに三菱総合研究所作成

日本発のエコシステム確立を

日本では包装資材のリサイクル率が他国よりも高く、拡大生産者責任は一定程度果たされているともいえる。ただ、このほかにも循環をより高める意義のある素材は少なくない。プラスチックに限らず、多様な資源を含む素材の循環を加速させるには、共通の尺度の導入などを通じて、経済負荷が大きく変わらないような工夫も必要となろう。

この点については、循環を高度化させるのにかかる労力などを金銭価値へと変換した上で、循環を促すインセンティブを付加することが、最も明確で公平な方法だろう。

サーキュラークレジット確立に向けては、CO2における排出削減目標に相当するターゲットの設定を起点として、企業へのインセンティブの設計、クレジットの認証、クレジットを取引する市場の設計など乗り越えるべき課題が極めて多い。

しかし、排出枠を取引する炭素市場とともに、循環市場も官民を挙げて整備していくことができれば、カーボンニュートラルと資源循環が両立した社会への到達が可能となる。

さらに、循環を促進する価値には「自分の孫に今の環境を残したい」というような、数値化が困難な派生的な価値も挙げられる。これは企業が重視する非財務価値にも通じうる。

前述のクレジット取引では、外部不経済から直接的な影響を受ける当事者間で金銭化しやすい価値のみが、売買の対象となる。しかし、循環市場が活性化すれば、金銭化しやすい価値だけでなく、大多数の人が感じる派生的な価値も実現できる。その意義は大きい。

サーキュラークレジットなどの取り組みを通じて、こうした派生的な価値の実現も後押しするサーキュラーエコシステムを日本発で構築することが重要である。そのためには、官民を挙げて循環の価値を定義し、負担についての共通認識をつくり上げていくことが求められる。

※1:2019年7月に経済協力開発機構(OECD)会合に提示された資料 "The Circular Economy: What, Why, How and Where" より。

※2:橋本征二(2018年)「情報技術活用による3Rの推進・資源効率の向上と労働力不足・労働環境改善への対応」廃棄物資源循環学会誌 第29巻

※3:製品が消費された後まで、生産者が責任を負うという考え方。