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気候変動対応と自然資本保全の統合とは?

TCFD・TNFD一体開示へ、カギを握る金融機関

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2024.9.10

エネルギー・サステナビリティ事業本部藤馬裕一

佐々木美奈子

環境・エネルギートピックス
2024年5月21日、環境保全に関する政府の総合的・長期的な施策方針を定めた「第六次環境基本計画」が閣議決定された※1。早急に経済社会システムの変革を図り、「ネットゼロ」「循環経済」「ネイチャーポジティブ」などの施策を統合することがポイントとされている。気候変動対応と自然資本保全を企業が両輪で進める後押しとして、金融機関による投融資やエンゲージメントなどの働きかけは効果的である。金融機関のTNFD※2への対応状況を概括した上で、金融機関に期待される役割を考察していく。

金融機関によるTNFD対応の最新動向

まず金融機関の「自然関連財務情報開示タスクフォース」(以下、TNFD)への対応動向を概括するため、TNFD Adopters※3の中で、日本を本社とする金融機関24社のうち、2024年度までのTNFDの開示を表明している18社を取り上げ、その統合報告書などの検証を行った(図1)。
図1 金融機関のTNFD対応状況(対象:TNFD Adopters、2024年6月時点)
金融機関のTNFD対応状況(対象:TNFD Adopters、2024年6月時点)
出所:各金融機関の統合報告書など※4~15を基に三菱総合研究所作成
統合報告書などでTNFDを開示した金融機関は12社あった。全てがポートフォリオ分析を実施しており、自然資本との依存・インパクトが大きい優先セクターや、自社にとって重要な自然資本を特定している(TNFD提言※16で推奨されるツール:ENCORE※17を利用)。そのうち10社では自然関連のリスクなどに関する取締役会などの役割を明確化し、「ガバナンス」に関する章で説明していた。「気候関連財務情報開示タスクフォース(以下、TCFD)」※18のガバナンスで、すでに気候変動と経営の関係性の整理が先行しており、これに自然資本を加える形で開示すればよく、統合報告書内での位置付けがしやすかったと考えられる。

一方で、投融資先などで、自然関連の依存・インパクトが大きい地域や保護区などの優先地域を特定するために、地理情報分析を実施しているのは8社であった。地理情報分析は、自然資本の種類によって多様な評価ツールの使い分けが必要であり、一定の専門性が求められるため、難易度が少し高まる。さらに投融資先のリスク・機会を評価していたのは8社にとどまり、評価の中で気候変動と自然資本の関連性を分析していたのは2社のみであった。

なお、投融資の判断やエンゲージメント(投資先との対話)の方針に自然資本保全を位置付けていたのは9社だった。これは自然関連リスクがある企業や事業に対して行ってきた既存のネガティブ・スクリーニング※19などの取り組みを、TNFDの開示内容として改めて位置付けた結果といえる。

また測定指標とターゲットに自然資本関連の値を設定していたのは10社であるが、既存指標を援用している場合と、学術機関との研究成果やTNFD提言の測定指標を採用している場合があり、ギャップが大きかった。

以上の金融機関のTNFD対応動向を総括すると、簡便な初動の分析や、既存の取り組みを改めてTNFDの開示内容に位置付け直すような対応は進んでいたが、投融資先のリスク・機会や優先地域を特定し、気候変動対応と組み合わせながらエンゲージメントに落とし込むまでの一連のストーリー性を有する開示例は、一部にとどまった。

気候変動と自然資本の関連性開示の先進事例

一方、気候変動と自然資本の関連性分析へ先進的に取り組んでいる事例もある。

気候変動は、生物多様性の損失要因の1つと特定されている※20。気候変動対応が自然資本保全にシナジーを生む場合もあれば、トレードオフとなる場合もあることから、一体的に取り組む必要がある。

気候変動と自然資本の関連性は、生物多様性フットプリントで表現可能である。生物多様性フットプリントとは、人類による特定の財・サービスの生産と消費の結果、生物多様性の変化の観点から影響を受ける土地・淡水・海洋の表面積などで表現したものである。その算出手法について、TNFDのタスクフォースは2023年12月にディスカッションペーパー※21を発行している。本手法にのっとり、農林中央金庫と野村アセットマネジメントが、気候変動と自然資本の関連性の分析を試行しており、金融機関の先進事例として紹介する(図2)。

農林中央金庫は、ライフサイクルアセスメントの考え方を適用した被害算定型影響評価手法(LIME※22)を活用し、気候変動が生物多様性へ与えるインパクトを分析している。

一方、野村アセットマネジメントは、Institutional Shareholder Services社のツール※23を用いて、PDF(種の潜在的消失割合※21)を算出している。セクター別に自社のベンチマークとの比較が可能である点が有用である。

ただ現状では、生物多様性フットプリント算出手法の限界が説明され、最適な手法を選択するためのステップが解説されている段階である※21。気候変動と自然資本の関連性分析の手法やツールは発展途上であるが、TNFDのタスクフォースの発信情報やここで紹介した先進事例などを通して、自社に最適な手法がないか、最新動向を把握しておくことが望ましい。
図2 気候変動との関連性を踏まえた生物多様性フットプリントの開示事例
気候変動との関連性を踏まえた生物多様性フットプリントの開示事例
出所:各金融機関の統合報告書など※11※14を基に三菱総合研究所作成

サステナビリティ施策統合に向けた金融機関への期待

最後に企業による「気候変動対応」と「自然資本保全」の統合的な対応と適切な情報開示に向けて、金融機関が果たすべき役割について考察したい。

これまで気候変動の分野では、TCFDにおいて、金融機関はGHG排出量をもとに優先セクターを特定し、投融資先のネットゼロを支援してきた。このTCFDの経験を活かし、金融機関自身もTNFD対応を進めつつ、投融資先へのエンゲージメントを通して、気候変動対応と自然資本保全の施策統合をリードすることが望ましい(図3)。例えばキリンホールディングスは、TCFD・TNFDを一体で開示し、リスク管理や対応戦略の中で気候変動と自然資本の関連性を説明している※24。一体開示は、サステナビリティ関連のリスクや機会へ統合的に対処していることを投資家に説得力をもって説明する効果がある。気候変動と自然資本の関連性の整理には一定の専門性が必要で、その客観的なデータの分析・提供など、金融機関に期待される役割は大きい。

具体的な手順について、金融機関はまず、投融資先の自然関連リスク・機会の中で気候変動と関わるものを抽出し、図2の事例のようにリスク・機会の定量評価を行った上で、その優先順位付けを行う。そして投融資先にとって重要なリスク・機会への統合的な対処を支援できるように投融資・エンゲージメント方針を更新する。当該方針にのっとって投融資先の経営層などに効果的な施策の統合をアドバイスし、TCFD・TNFDの一体開示も視野にコンサルティングを行う、というステップが考えられる。

気候変動対応策は時に自然資本を毀損(きそん)するトレードオフの関係をもつ。その意味でも金融機関は両者の関連性を整理し、投融資先とのエンゲージメントを行うことが有効である。投融資先のネットゼロとネイチャーポジティブの適切な施策統合を主導し、新たな事業機会の創出につなげることを金融機関に期待したい。
図3 気候変動対応と自然資本保全の統合に向けて金融機関に期待される役割
気候変動対応と自然資本保全の統合に向けて金融機関に期待される役割
三菱総合研究所作成

※1:環境省「第六次環境基本計画について」
https://www.env.go.jp/council/02policy/41124_00012.html(閲覧日:2024年6月23日)

※2:自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD:Taskforce on Nature-related Financial Disclosures)は、2021年6月に、国連環境計画・金融イニシアティブ(UNEP FI)、国連開発計画(UNDP)、世界自然保護基金(WWF)、英環境NGOグローバル・キャノピーにより発足した国際的なイニシアティブ。生物多様性・自然資本と相互関係性が高い事業活動とその資金の流れをネイチャーポジティブに移行させる目的で、金融機関や企業に対し、自然資本および生物多様性の観点からリスクと機会を評価し、開示することを推奨している。
TNFD
https://tnfd.global/(閲覧日:2024年6月23日)
TNFD「The TNFD Forum」
https://tnfd.global/engage/tnfd-forum/(閲覧日:2024年6月23日)

※3:TNFD Adoptersとは、2024年度(それ以前を含む)または2025年までに、TNFD提言に沿った開示を企業報告書で行うことを表明している組織・団体である。
TNFD「TNFD Adopters」
https://tnfd.global/engage/tnfd-adopters-list/(閲覧日:2024年6月23日)

※4:アセットマネジメントOne「SUSTAINABILITY REPORT 2023」
https://www.am-one.co.jp/img/company/47/sustainability_report_j2023.pdf(閲覧日:2024年6月26日)

※5:第一生命ホールディングス「INTEGRATED REPORT 2023」
https://www.dai-ichi-life-hd.com/investor/library/annual_report/2023/pdf/index_001.pdf(閲覧日:2024年6月26日)

※6:かんぽ生命保険「サステナビリティレポート2023」
https://www.jp-life.japanpost.jp/aboutus/sustainability/assets/pdf/JPlife_sustainability_report23.pdf(閲覧日:2024年6月26日)

※7:三菱UFJフィナンシャル・グループ「MUFG TNFDレポート」
https://www.mufg.jp/dam/csr/report/tnfd/2024_ja.pdf(閲覧日:2024年6月26日)

※8:みずほフィナンシャルグループ「気候・自然関連レポート2024」
https://www.mizuho-fg.co.jp/csr/mizuhocsr/report/pdf/climate_nature_report_2024.pdf(閲覧日:2024年6月26日)

※9:MS&ADホールディングス「TCFD・TNFDレポート」
https://www.ms-ad-hd.com/ja/csr/main/09/teaserItems2/03/link/TCFD_TNFDReport_2023.pdf(閲覧日:2024年6月26日)

※10:日本生命保険相互会社「TCFD・TNFDレポート2024」
https://www.nissay.co.jp/kaisha/annai/gyoseki/pdf/tcfdtnfdreport.pdf(閲覧日:2024年6月26日)

※11:野村アセットマネジメント「責任投資レポート2023」
https://www.nomura-am.co.jp/special/esg/pdf/ri-report2023_all.pdf(閲覧日:2024年6月26日)

※12:りそなアセットマネジメント「Climate/Nature-related Financial Disclosure Report 2023」
https://www.resona-am.co.jp/investors/pdf/climate-nature_report2023.pdf(閲覧日:2024年6月26日)

※13:三井住友フィナンシャルグループ「2023 TNFDレポート」
https://www.smfg.co.jp/sustainability/materiality/environment/naturalcapital/pdf/tnfd_report_j_2023.pdf(閲覧日:2024年6月26日)

※14:農林中央金庫「Climate & Nature Report 2024」
https://www.nochubank.or.jp/sustainability/backnumber/pdf/2024/climate_nature.pdf(閲覧日:2024年6月26日)

※15:東京海上ホールディングス「TNFD REPORT 2024」
https://www.tokiomarinehd.com/ir/download/l6guv3000000h3b7-att/sustainability_tnfdreport_202403.pdf(閲覧日:2024年6月26日)

※16:TNFD「Taskforce on Nature-related Financial Disclosures (TNFD) Recommendations」
https://tnfd.global/publication/recommendations-of-the-taskforce-on-nature-related-financial-disclosures/#publication-content(閲覧日:2024年6月26日)

※17:ENCORE:Exploring Natural Capital Opportunities, Risks and Exposureとは、経済が自然にどのように依存しており、影響する可能性があるのか、環境の変化がどのようにビジネスのリスクを生み出すかを評価し、可視化するツールである。
ENCORE
https://www.encorenature.org/en(閲覧日:2024年6月26日)

※18:気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD:Taskforce on Climate-related Financial Disclosures)は、G20財務大臣・中央銀行総裁会議の要請を受け、2015年12月に金融安定理事会(FSB)により、気候関連の情報開示および気候変動への金融機関の対応を検討するために設立された。気候変動要因に関する適切な投資判断を促すための一貫性、比較可能性、信頼性、明確性をもつ、効率的な情報開示を促す提言を2017年6月に公表した。
日本取引所グループ「ESG情報開示枠組みの紹介」
https://www.jpx.co.jp/corporate/sustainability/esgknowledgehub/disclosure-framework/02.html(閲覧日:2024年6月26日)
TCFD
https://www.fsb-tcfd.org/(閲覧日:2024年6月26日)

※19:ネガティブ・スクリーニングとは、ESG評価・指数を含む特定のESG基準に基づき、企業の業種、事業内容、ガバナンスなどに着目して特に課題のある先に投資を行わない投資戦略のことである。
金融庁「インパクト投資等に関する検討会報告書 ─社会・環境課題の解決を通じた成長と持続性向上に向けて─」
https://www.fsa.go.jp/singi/impact/siryou/20230630/01.pdf(閲覧日:2024年9月3日)

※20:公益財団法人 地球環境戦略研究機関「IPBES生物多様性と生態系サービスに関する地球規模評価報告書 政策決定者向け要約」
https://www.iges.or.jp/jp/publication_documents/pub/translation/jp/10574/IPBESGlobalAssessmentSPM_j.pdf(閲覧日:2024年7月29日)

※21:TNFD「Discussion paper on Biodiversity footprinting approaches for financial institutions」
https://tnfd.global/wp-content/uploads/2023/12/Discussion-paper-on_Biodiversity-footprinting-approaches-for-financial-institutions_2023.pdf?v=1701785880(閲覧日:2024年7月1日)

※22:被害算定型影響評価手法(LIME:Life cycle Impact assessment Method based on Endpoint modeling)は、信頼性と汎用性を向上した日本発のライフサイクル影響評価手法として、LCA国家プロジェクト(経済産業省/NEDO/一般社団法人産業環境管理協会)において開発された。LIMEの基本構成は、特性化、被害評価、統合化によって構成されており、環境負荷物質の発生や土地の改変などによる環境負荷物質の濃度の変化などによって共通するエンドポイントごとにそれぞれの被害量が評価され、さらに、エンドポイントの重要度を適用させて環境影響の統合化指標を得ることができる。LIMEでは、最終的には貨幣換算といった統合化指標がされる点、取り組みたい影響評価の範囲を評価者によって設定できる点(1つの製品か企業全体か、など)、係数リストと統計量が開示されている点がポイントである。「生物多様性民間参画ガイドライン(第3版)」(環境省)でも紹介されている。
環境省「生物多様性民間参画ガイドライン(第3版)-ネイチャーポジティブ経営に向けて-参考資料編」
https://www.env.go.jp/content/000212980.pdf(閲覧日:2024年7月1日)

※23:Institutional Shareholder Services「Biodiversity Impact Assessment Tool」
https://www.issgovernance.com/esg/biodiversity-impact-assessment-tool/(閲覧日:2024年7月1日)

※24:キリンホールディングス「環境報告書2023」
https://www.kirinholdings.com/jp/impact/files/pdf/environmental2023.pdf(閲覧日:2024年8月9日)

著者紹介

  • 藤馬 裕一

    エネルギー・サステナビリティ事業本部

    生物多様性政策に関する官公庁調査、サステナビリティ経営やサプライチェーンマネジメントに関するコンサルティングを担当しています。これらの領域で活躍するスタートアップとの新規事業開発にも取り組んでいます。