マンスリーレビュー

2023年5月号トピックス1人材

「身体機能」に着目した人的資本経営

2023.5.1

イノベーション・サービス開発本部川村 有希子

人材

POINT

  • コロナ禍で労災が急増。作業行動に起因するものが約4割を占める。
  • 労働者の身体機能への着目と働きかけは、企業成長の基盤となる。
  • 新技術をうまく活用すれば、個人だけでなく業界全体の課題が解決する。

コロナ禍で労災が急増

2021年の労働災害(労災)による死傷者数※1は前年比4.4%増の約13万人、2017年比では8.4%増であった。このうち、「転倒」および「動作の反動・無理な動作」で起こる腰痛など「作業行動」に起因する死傷は約4割を占め、コロナ禍を経て増加ペースが加速している。

原因としては、労働者の高齢化やコロナ禍による外出自粛に伴う運動不足、感染後の療養などによる身体機能の低下が考えられる。このような傾向は、商業・運輸交通業・保健衛生業で特にみられる。日本の労働力人口が今後も減少を続けると見込まれる中、働き手の維持と個人の生産性向上のための対策が急務となっている。

身体機能への着目と対策の重要性

転倒災害や持ち上げ動作などで起こる腰痛は、作業環境や業務オペレーションといった外的要因だけでなく、身体機能低下などの内的要因が深く関連する。しかし従来の対策では、「人を守る」環境や機器整備など安全性に重点が置かれ、「人の身体機能の向上」のための具体策は不足していた。

法定健診などでも、筋量・バランス機能のような身体機能は診断対象には含まれない。そのため、企業が転倒防止や腰痛予防に関連した従業員の身体機能を把握するのは難しかったと考えられる。

厚生労働省は2023年2月に公表した第14次労働災害防止計画で、重点事項として、「高年齢労働者」や「作業行動に起因する」労災防止の推進などを掲げ、労働者の身体機能へのアプローチの必要性を明記した。今後5年間、企業は同計画に従い、従業員の身体機能にも着目して労災防止に努めるよう求められる。

改めて重視される人的資本経営と技術活用

労災防止は、法令順守など「守りの対応」から、従業員の持続的な活躍と経営改善を目指す「攻めの対応」に変化している。従来は個人任せだった対策・予防が、企業と従業員が一体となって取り組むべき課題へと押し上げられている。企業は人材の知識や技術だけでなく、健康や身体をも資本と捉え、「人的資本経営」を推進する必要がある。

企業の対応範囲が増える中で効率的な労災対策を実践するには、新技術の活用も有効である。例えば、各従業員にウエアラブル端末を装着してもらえば、手軽に身体機能や体調に関するデータが取得できる。

こうしたデータを、現場が有する業務負担・難易度などの知見と融合させれば、「労災のリスク予見」や「予防対策」など、より現場の課題に即した新たな仕組みの創出につながるだろう。もちろん、その際はプライバシー保護や従業員の不利益防止に十分配慮することが前提である。

これらは、個人への働きかけを効率化するだけでなく、業界全体の課題解決にもつながると期待できる。このような技術の導入と、人材への投資を基盤とした健康経営が、企業の持続的成長の源泉として重要性を増す時代となるだろう。

※1:死者と、休業4日以上が必要となった負傷者の合計。新型コロナウイルス感染症への罹患によるものを除く。