マンスリーレビュー

2023年5月号特集1スマートシティ・モビリティMaaS

行動と価値を結ぶ「actfulness」の挑戦

同じ月のマンスリーレビュー

タグから探す

2023.5.1

政策・経済センター磯野 文暁

POINT

  • コロナ禍を経て人々の新たな行動様式に基づく生活が始動。
  • actfulness(行動機会の創出)による価値創造も新たなフェーズに。
  • 価値創造サービスの社会実装に向け行動変容と効果計測の再考を。

コロナ禍で再認識された行動機会の価値

2023年5月8日に新型コロナウイルス感染症の感染症法上の位置付けが、これまでの「2類相当」から季節性インフルエンザなどと同じ「5類」へ移行する。実に約3年間にもわたって人々の行動は制限されてきたが、ようやく解除となる。

コロナ禍による長期の移動の制限・自粛はICTの社会浸透とリモート化を促進し、新たな行動様式をもたらした。人々の価値観も大きく変化し、リアルな行動の良さ・価値を再確認させる機会にもなった。行動機会の創出に関して、従前と異なる新たなフェーズに突入したといえよう。

旅行需要では、その兆候がじわりと表れ始めている。観光庁の「宿泊旅行統計調査」によると延べ宿泊者数は、緊急事態宣言やまん延防止等重点措置が解除されるたびに回復に転じ、「全国旅行支援」が導入された2022年10〜12月の日本人延べ宿泊者数は2019年同月比で104.1〜107.8%とコロナ禍前を超える水準まで回復している※1

actfulness=行動機会創出がもたらす価値創造

3年という長期の停滞から一転、加速する行動もあれば、原状復帰にとどまる行動もあるとみられる。リモートワークのような、コロナ禍前には完全に戻らない行動もしかりである。こうした変化を先取りして個人の新たな価値観・ニーズをくみ取ることは、企業や地域社会が差別化、収益拡大を図るチャンスともなりうる。

当社は、個人の行動機会創出を起点にウェルビーイング(永続的な幸福)を向上させる概念として「actfulness」を提唱し、本誌ならびにコラムで数回にわたり社会実装する意義を提言してきた※2※3。生活者と都市機能・交通に関する各種サービスをつなぐことで、個人の価値観や生活環境に応じた行動機会を創出し、行動の価値を向上させる。端的に言えば「ワクワクする行動を、希望するときにできる」状態に社会を導く概念である。

actfulnessを初見の方向けに簡単に説明したい。例えば、「趣味が高じて音楽教室に通い始める」「家族と裏通りを散策して隠れた名店を発見する」などの行動が促進され、結果として高揚感、達成感などが生み出される状態をイメージいただきたい。高揚感、達成感などは換言すればウェルビーイングを構成する「価値」と深く関わる。

当社はこの価値を4種類に分類した※2。このうち3つは新たな行動を喚起したり個々の行動の価値を高めたりする「望みの実現(Wish)」「新発見(New)」「期待以上の価値の実感(Great)」である。最後の1つは、価値の高い行動を実現すべくゆとりを創出するための「困りごと解決(Smooth)」である。当社はこれらを総称して「WiNGS」と呼んでいる。

WiNGSの実現は日常生活の満足度というかたちで個人のウェルビーイングを向上させ、企業にとってはサービス提供機会を創出する。前出の「困りごとが解決する」という価値を実現するニーズであれば、育児や家事、介護などをはじめとする各種サービスを企業が投入する余地が生じる。

actfulnessサービスを体現する「ACT5」

行動起点で価値を創造するactfulnessを具現化するのが「actfulnessサービス」だ(図1)。都市機能・交通に関する各種サービスをつなげて生活者に提供する特徴がある。利用者(価値の受益者)がサービスの恩恵を受けるには、サービス事業者が立案・運用時に性能と効果の両面から予測して、運用時に測定と改善サイクルを回すことが求められる。この結果、企業や自治体が住民の潜在・顕在ニーズを踏まえ、自らのリソースを投入してサービスを開発することが可能になるのである。
[図1] actfulnessサービスの概要
[図1] actfulnessサービスの概要
出所:三菱総合研究所
actfulnessサービスを体現しているのが、大手町・丸の内・有楽町地区(大丸有エリア)を起点にSDGs達成に向けた活動を推進する「大丸有SDGs ACT5(通称ACT5)」である。利用者はSDGs推進という行動を通じた充実感や発見などの価値(WiNGS)を享受できる。特徴的なのはプロジェクトベースの運営である点だ。

actfulnessサービスの理念は、同一地域の多業種企業・自治体の相互連携を前提とした地域価値向上を目指すことである。地域内のパイ(市場や顧客)を奪い合うのではなく、人々の行動機会創出を通じてパイそのものを拡大させる。

actfulnessを価値創造につなげるために

これまで当社が調査研究した結果、actfulnessを価値創造につなげる要点は、「施策→行動変容→価値向上」に至るプロセスを通じた構造化・可視化にある。actfulness実現上の課題についても「行動変容を促す仕掛けづくり」と「効果計測手法の確立」であることが見えてきた。

課題1:「行動変容」を促す仕掛けづくり

変更した行動を維持することは意外なほど難しい。「関心はあるが実行に至らない」「実行はしたが長続きしない」という経験はつきものである。

生活習慣が変わり定着するまでには、「無関心期」→「関心期」→「準備期」→「実行期」→「維持期」という5段階の「行動変容のステージモデル」があるといわれている※4(図2)。
[図2] 行動変容のステージモデル
[図2] 行動変容のステージモデル
出所:厚生労働省 生活習慣病予防のための健康情報サイト「e-ヘルスネット-行動変容ステージモデル」に基づき三菱総合研究所作成
コロナ禍の外出自粛生活中に運動不足となり、健康的な生活習慣を心掛けようと思った人は多いはずだ。コロナ禍前の「無関心期」から健康を意識し始める「関心期」へと意識が変化し、その後にウオーキングの時間やダイエットの目標などを検討し始めるだろう。これが「準備期」に当たる。

そして行動を実践する「実行期」が6カ月以上継続すると「維持期」に移行する。晴れて新たな生活習慣が定着したと言える状態になる。

企業などがactfulnessサービスに取り組む際は、価値を提供する相手に対して各ステージの特徴に沿ったアプローチで臨むことが効果的である。例えば無関心期には潜在的ニーズや阻害要因をくみ取って「気付き」を与える。着手しないことで生じるデメリットに言及することも有効である。

関心期には「動機付け」が必要だ。ここでは行動時に必要な知識やメリットの情報価値が高まる。そして準備期には「自信」、実行期と維持期には「支援」を与える。実行期に継続・習慣化が心もとないときには、行動変容を褒めたり感謝を伝えたりして、自信を深めてもらうと良いだろう。

actfulnessの実現でも、当然ながら無関心期から関心期、さらには維持期に至るまで利用者(受益者)のフォローアップが必要である。とりわけ「都市・モビリティ」の分野の実行期・維持期には、支援以前にサービス自体の魅力や質の高さが重要であり、利用時にWiNGSが創出される「仕掛け」をつくるとリピートにつながりやすい。

継続・習慣化に至る支援では、ポイントなどの金銭的インセンティブの付与に加えて、社会貢献意欲・コミュニティ参加意識をくすぐる設計が肝要である。例えば、ANA Xの「ANA Pocket」、日本航空の「JAL Wellness & Travel」、Miles Japanの「Miles」といったモバイルアプリサービスでは、航空移動に限らず日常の徒歩・電車・自転車・自動車など全ての移動行動で特典・寄付などに交換できるマイルがたまりモチベーション向上を促してくれる。

課題2:効果測定手法の確立

まちづくりを主導する鉄道事業者との意見交換などを通じて、「効果測定」に係る3つの課題も見えてきた。

①施策効果の客観的計測方法の欠落

住民満足度や沿線価値の向上に関して、各事業者は関連施策を計画・実施しているものの、その効果の計測方法や活用方法を明確化できていない。当然ながら、まちの活性化の重要性を各社は十分に理解している。それでも施策実施後の客観的評価や次のアクションへの連接ができずにいる。

②ウェルビーイングと事業価値の関係性が不明瞭

各事業者は沿線住民のウェルビーイング向上の必要性を理解しつつも影響を計りかねている。必要なのは定量的な効果測定である。とりわけ鉄道事業の根幹となる事業収益への影響や事業戦略との関連、さらには中長期的観点で重要な居住地選択、定住意向などとの関連性については、「どのような」波及メカニズムで、「どの程度」寄与するのか把握する道を常に模索している。

③地域エンゲージメントに係る企業連携

地域住民のエンゲージメントを高めるにあたり、各事業者は自社単独での取り組みに限界を感じている。同一地域の多業種企業を巻き込んだ連携が必要との認識に至ったが、施策がもたらす各社への効果、特に直接的な収益増加の見通しを把握することが困難であり連携の深化に至りにくい。

actfulnessの可能性

行動変容手法と効果測定方法という2大課題(ミッシングピース)の解決に企業・地域の施策効果の構造化・可視化は必須である。ロジックモデルを活用して、施策実施から目的・目標に至るまでのインプット→アクティビティ→アウトプット→アウトカムといった論理的な因果関係を解き明かす際、主体間のモノ・サービス・情報・カネの流れをスキーム図で整理することも有効だろう。

actfulnessは当初、都市交通分野の研究からスタートした。まちづくりを担う都市・交通系事業者との連携により実証を進める中で評価を得るとともに、別分野への応用性の手応えも感じられた。前出のACT5の実証もその一つである。特集2「行動変容を促進するサービスの具体アプローチ」ではSDGs促進活動に係る行動変容の具体事例を通じて、施策から価値向上に至る道筋を示した。課題であるミッシングピースの存在については、特集3「行動とウェルビーイングの関係を解き明かす」で行動に伴う個人の価値・ウェルビーイング向上の計測方法に触れている。

今後もさまざまな実証を通じて拡張actfulnessとでもいうべき新サービスの可能性を追求したい。今般提示したミッシングピースを埋めることが人々の行動創出とウェルビーイング向上、企業・地域の価値創造に寄与すると確信している。

※1:観光庁「宿泊旅行統計調査」。 

※2:MRIエコノミックレビュー(2022年3月)「人々のウェルビーイングと企業・地域の価値を高める『actfulness』」。

※3:MRIマンスリーレビュー2022年6月号「ウェルビーイング実現と持続的成長のためのactfulness」。

※4:厚生労働省 生活習慣病予防のための健康情報サイト「e-ヘルスネット-行動変容ステージモデル」。