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文化の視点で見たサステナビリティ経営の課題

企業価値とサステナビリティ価値の両立目指せ
2024.6.1
猪瀬 淳也

金融コンサルティング本部猪瀬淳也

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INSIGHT

「サステナビリティ経営」と「文化」の関係について考えてみたい。企業価値を左右するのは投資家からの評価だけではない。サステナビリティに対する企業の取り組みが、顧客企業や消費者から前向きに評価され、その価値が商品・サービスの価格に反映されることが当たり前の社会になって初めて、サステナビリティ経営が真の企業価値向上につながる。しかし日本は、国際的に見てサステナビリティへの関心が低いとの指摘がある。サステナビリティ文化の健全な醸成のために、企業と政府は果たして何をなすべきか。キーワードは「共鳴」と「共創」だ。

日常からサステナビリティを語ろう

サステナビリティ経営とは本来、環境・社会・経済の持続可能性(サステナビリティ)に配慮することを通じて、自社事業のサステナビリティ向上を図ることを指す。中長期的な企業価値向上のために欠かせない取り組みだが、短期的な業績向上には直結しにくく、社員もその意義が実感しにくい。日常から全社員の取り組みを促すには、サステナビリティの考え方を企業文化に浸透させていくことがポイントになる。

文化の重要性は、主に気候変動の分野で注目を集める移行計画タスクフォース(TPT)※1 でも言及されているが、社内文化にサステナビリティを実効的に組み込めている日本の企業は極めて少ない。

企業文化に浸透させることは、自社のパーパス(存在意義)とサステナビリティの関係を明確に定義する必要がある。「どのような会社でありたいのか」「社会に対しどんな価値を提供することを目指すのか」。経営やマネジメント層だけでなく、全社員を巻き込んだグループディスカッションやワークショップなどを重ねて、職場の日常会話でもパーパスとサステナビリティが語られるように促す地道な活動が必要である。こうした取り組みを怠ったまま、「我が社はサステナビリティ経営を推進します」といった形式的な説明に終始してしまっては、従業員は納得感が得られず、結局は企業価値の拡大にもつながらない。

顕著に低い日本のサステナビリティへの関心

「文化」は、日本の産業界全体にサステナビリティ経営を浸透させていく上でカギとなる。しかし端的に言えば、日本は海外と比べて、サステナビリティへの関心が低い。サステナビリティ関連の主要トピックに対する各国の国民の関心について、いくつかの機関が行った調査を概観してみると、7つの調査のうち6事例で、日本の関心度が最下位となっている(表1)。

もちろん生活習慣や文化的背景の違いなどもあり、アンケート結果だけを単純に比較すべきではないが、複数の調査で共通して明確な差が見られる。企業がサステナビリティ経営を推進する上で、日本特有の課題があると考えられる。

価格への反映のカギを握るサステナ文化の醸成

さまざまな調査を見るとサステナビリティの価値が商品・サービスなどの価格に反映されにくいことが分かる。YouGovの調査(表1)では、特に日本における追加での支払意思額が低いことが指摘されている。

仮にある企業が、投資家からの要請を受けて気候変動に対応するための大規模な投資を行い、脱炭素に貢献するような商品・サービスを開発したとしても、その価値を適切に評価してくれる顧客企業や最終消費者が少なければ、その商品・サービスは残念ながら、社会には浸透しない。

このような状態では、サステナビリティ領域への企業の投資は進みにくいだろう。結果的にサステナビリティ経営は普及せず、環境・社会・経済の持続可能性にもつながらない。

当然ながら、サステナビリティに向けた企業の取り組みには相応のコストを要する。「サステナビリティに配慮した商品・サービスであれば、むしろ高くても購入したい」という層が拡大していくことが欠かせない。これまで日本はデフレと賃金停滞が長期間続いていたため、たとえサステナビリティに配慮した優れた商品であっても、その価値を価格に反映することは難しかった面がある※2。 しかし足元ではインフレと賃金上昇が起こりつつあり、価格転嫁しやすい環境が徐々に整ってきたと言えよう。顧客企業や消費者の間でサステナビリティへの関心が高まり、価格への反映を受容する文化が社会全体に広がれば、サステナビリティ経営に向けた企業の背中を押すことになるだろう。
表1 サステナビリティに関する意識などの国際比較事例
サステナビリティに関する意識などの国際比較事例
注1:”In Response to Climate Change, Citizens in Advanced Economies Are Willing To Alter How They Live and Work”, Pew Research Center, 2021.09.14
https://www.pewresearch.org/global/2021/09/14/in-response-to-climate-change-citizens-in-advanced-economies-are-willing-to-alter-how-they-live-and-work/(閲覧日:2024年5月28日)
注2:株式会社電通総研 クオリティ・オブ・ソサエティ 電通総研コンパスvol.9( 「気候不安に関する意識調査(国際比較版)」、2023.03.22)
https://qos.dentsusoken.com/articles/2823/(閲覧日:2024年5月28日)
注3:株式会社 博報堂 博報堂SDGsプロジェクト(TBWA HAKUHODOと共同で制作した 「Climate Crisis Action Report」を公開 —日英米の生活者インサイトから、気候危機に対する行動促進のヒントを提示—、2024.04.18)
https://www.hakuhodo.co.jp/news/info/109863/(閲覧日:2024年5月28日)
注4:ボストン コンサルティング グループ「日本の消費者の環境意識は他国に比べて低く、自分の行動が与える影響をいつも気にしている人の割合は調査対象国中最低の10%~BCG調査」(2022.06.30)
https://www.bcg.com/ja-jp/press/30june2022-sustainable-consumer-survey-2204(閲覧日:2024年5月28日)
注5:”Green Awakening: Are Consumers Open to Paying More for Decarbonized Products?”, Boston Consulting Group, 2023.12.04
https://www.bcg.com/publications/2023/consumers-are-willing-to-pay-for-net-zero-production(閲覧日:2024年5月28日)
注6:PwC Japanグループ サステナビリティ経営インタビューシリーズ(「日本でも見え始めた、サステナブル消費の兆し——“未来の暮らし”を提案し、「顧客至上主義」をアップデートする」、2022.10.18)
https://www.pwc.com/jp/ja/knowledge/column/sustainability-interview/sustainability-survey-interview.html(閲覧日:2024年5月28日)
注7:”Global: Consumer willingness to pay for environmentally friendly products”, YouGov, 2021.04.29
https://yougov.co.uk/consumer/articles/35593-global-willingness-pay-for-sustainability(閲覧日:2024年5月28日)

三菱総合研究所作成

価値の「共鳴」生む商品開発を目指すべき

では、個別企業がこの課題に対して何ができるだろうか? 突破口の1つが、「商品価値」と「サステナビリティ価値」の双方を高めることだろう。だが一般には、既存の商品にサステナビリティへの配慮を加えた場合、商品価値が上がる場合もあれば、下がってしまう場合もある。

ここで両者の関係を整理してみよう。表2を参照していただきたい。IMD Business SchoolのFrédéric Dalsace とGoutam Challagallaらによれば、3つのパターンが考えられる。

①独立……サステナビリティへの配慮が、既存の商品価値に影響を与えないパターン
②相反……サステナビリティへの配慮が、商品価値の一部を毀損するパターン
③共鳴……商品価値とサステナビリティの価値を共に高めるパターン

例えば原材料などを一切変えず、パッケージだけを環境に配慮したリサイクル資材に変更した場合は①に、原材料のサステナビリティに配慮した結果、品質や性能が低下してしまった場合は②に該当すると考えられる。

これに対し、原材料をサステナビリティに配慮した結果として、品質や性能も高まる場合が③だ。例えばある食品メーカーが、原料となる野菜や果物、畜産品を生育する際の肥料・飼料をすべて自然由来に変更し、生産地域の生物多様性の保護などにも徹底して配慮した結果、最終商品の味が向上した、といったケースが当てはまる。

もちろん決して簡単ではないが、企業としては長期的には「③共鳴」の商品を生み出していくことを目指すべきであろう。商品価値もサステナビリティ価値も高い商品であれば、当然ながら価格転嫁しやすい。結果としてサステナビリティ価値にお金を払う文化が醸成できよう。一方、商品価値を犠牲にした②相反の商品は、この文化醸成に逆行する。できるかぎり避けるべきだ。
表2 商品価値とサステナビリティ価値の関係性
商品価値とサステナビリティ価値の関係性
注:サステナブルな商品であれば、少し価格が高くても購入される場合、サステナブルな商品と通常の商品の価格差をサステナビリティプレミアムと呼ぶ。

出所:"How to Market Sustainable Products", Frédéric Dalsace and Goutam Challagalla, Harbard Business Review, From the Magazine(March-April 2024)
https://hbr.org/2024/03/how-to-market-sustainable-products(閲覧日:2024年5月28日)を基に三菱総合研究所作成

求められる政府の「政策的な介入」

ここで国の動きを見てみたい。

2024年3月、経済産業省の研究会が、GX製品の需要創出に向けた官民の取り組みについて中間整理 を公表。具体的には、①GX価値を示す消費者に分かりやすい指標作り、②各社製品のGX価値を比較可能とするダッシュボード化、③GX価値のある民間調達に対する優遇ファイナンス、④GX価値の高い商品の優先的な公共調達や補助金などが挙げられている。製品のGX価値とは、企業の脱炭素投資によって生み出された製品単位のGHG排出削減量と定義されている。

これが進めば直接的なGHG削減効果だけではなく、資源循環を通じて間接的にGHG削減に寄与するような商品についても適切に算定できるようになる。共通の基準で「この商品のGX価値は◯◯です」などと公表できるようになれば、サステナビリティ価値の見える化が図られることになる。

政府は、サステナビリティ価値の価格への反映や需要創出の重要性を認識しているが、国内のサステナビリティ文化の醸成のためには、個別企業の努力だけではなく政府の「政策的な介入」や積極的な「仕組み作り」も必要となろう。

ネックはやはり意識の低さ

さまざまなことを考える上で、冒頭で指摘した日本の消費者のサステナビリティ意識の低さがやはり課題として浮かび上がる。消費者の意識が低いままでは、いくらサステナビリティ価値の見える化に向けた仕組みを整備したとしても、それが価格転嫁にはつながりづらい。

着目したいのが、前述のTPTで提示されたもう1つの注目点「エンゲージメント」の考え方だ。TPTにおけるエンゲージメントとは、自社が排出するGHGのネットゼロを自社だけで実現できない場合、取引先や政府、社会などの多様なステークホルダーを巻き込むために関与することを指す。つまりTPTでは、実効性のある脱炭素化に向けて、ステークホルダーとの対話や連携を明確にすることを求めている。

このようなステークホルダーとの協調を図る発想は、消費者のサステナビリティ意識の改革においても有効であろう。サプライチェーンに関わるさまざまな取引先や地域社会までを巻き込んだ潮流を生み出すことができれば、サステナビリティに取り組む意義が少しずつ消費者の心にも届くようになるはずだ。

今日本で求められているのは、産官学やNPOなどを含めたさまざまなプレイヤーが、「どうすれば消費者へのサステナビリティの価値訴求が実現できるか」を共創し、消費者に対する広報活動などを含めた多様なエンゲージメントにつなげていくことだ。その推進のためにも、あらゆるステークホルダーとともに議論する場が早急に必要である。

※1:移行計画タスクフォース(TPT:The Transition Plan Taskforce)は2022年4月、英国政府により発足。GHG排出ネットゼロに向けて、移行計画の開示義務化を目指しており、2022年11月には開示フレームワークと実践ガイダンス案を公表した。気候変動分野での企業の戦略策定・情報開示の標準化を推進する動きの1つとして注目が集まっている。

※2:サステナビリティやグリーンを価格転嫁できている欧州においては、昨今実際サステナブル/グリーンでないのにあたかもそうであるかのように宣伝するサステナブルウォッシュ/グリーンウォッシュに対する規制が強化されている。一方、日本では議論には上がるものの、実態的にサステナブル/グリーンであると宣伝したとしても価格転嫁ができないため宣伝するインセンティブが低く、結果ウォッシュの規制も進んでいない。

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