自然災害と感染症等のリスクの同時生起
新型コロナウィルス感染症の流行が拡大していた令和2(2020)年3月9日北海道標茶町での避難指示に始まり、7月上旬にも九州を中心に記録的な豪雨(令和2年7月豪雨)に見舞われ、各地で避難指示等が発令された。現在は集中豪雨や台風の多い時期を迎えており、日本全国で感染症と自然災害の同時生起への懸念が高まっている。
新型コロナウィルス感染症の流行下における自然災害においては、いわゆる3密を回避した避難行動を取る必要がある。しかし、7月に九州などで生じた水害からの避難状況を見ると、避難所だけでは密を避けられず、フィジカルディスタンスを確保するためにはより多くの避難場所(自宅、ホテル、自家用車等)への分散避難や、人との接触を極力減らす取り組みが必要となる。また、避難所での感染を恐れ、避難をためらうとの意見も聞かれており、被害拡大につながりかねない状況も生じている。
感染症と自然災害の同時生起などの複合災害に対応するためには、これまでの想定に基づく防災・減災対策だけでは十分ではない可能性がある。複合災害に対応するためには、現在生じている状況や過去の避難行動(避難所への避難、垂直避難、安全な親戚宅等への避難)などをデータに基づき把握すること、それらを行政や専門家、地域住民との対話の中で活用し、行動につなげていくことが一層重要となってくると考えられる。
状況に応じた効果的・効率的な施策を検討するためのデータの活用
近年はICTの革新により、スマートシティ※2という旗印のもと、人流データなど多様なデータが都市で収集・活用される動きが活発化しており、これらのユースケースの一つとして防災が想定されている。
ICTを活用することで把握した人流データ等を活用することで、災害発生時の状況を客観的に分析し、効果的な施策を打つことにつながる。例えば、避難所の利用状況をリアルタイムで計測・発信するシステムが構築できれば、地域住民がすいている避難所を選択して避難できる可能性がある。また、災害の沈静化後に実際の避難行動の有無や経路を人流データによって定量化・可視化することで、避難行動を最適化するための避難所配置や、重要な避難路のリダンダンシー※3確保のための整備およびメンテナンスの優先順位付けなど、ハードインフラ整備へのリソース(人的資源、予算等)の最適投入にもつながるだろう。
新たなインフラとしての住民対話・地域学習のプロセス
想定を超える災害が毎年のように発生する時代では、行政や専門家のみが河川の水位上昇の予測データ等 を活用して地域住民に避難指示等を発信するのではなく、地域住民自身が主体的に雨量や河川、土砂災害に関するリアルタイムのデータを把握・活用して、自ら避難行動を判断することが重要になると考えられる。
そのためには、行政や専門家から地域住民への一方的な情報発信だけでなく、地域住民がどのような情報を必要としているか、現状は何が避難行動のボトルネックになっているか、ということを双方が学び、地域住民が実際に避難行動をとるための理解しやすいデータを整備することが重要になる。
例えば、新潟県長岡市摂田屋地区では、長岡技術科学大学の松田准教授らにより、地域で災害に関するデータを活用して水災害に備える取り組みが進められている※4。この地区では、河川の水位情報の見える化などの防災情報技術を「住民が普段から行動判断能力を養うための学習ツール」と位置づけ、専門家と住民が相互に学習(ダブル・ループ学習)する場を設けている。具体的には、専門家が河川の水位情報を住民にとって見やすいように画像処理により色付けし、災害発生時の実際の避難行動に役立てる取り組みや、地域住民が撮影した水害時のドライブレコーダー映像を活用して、身近な情報から過去の水害状況を学習する取り組みが行われている。
今後、さまざまなリスクから人命や生活を守ることのできる強靱な社会を実現するためには、ICTを活用することで把握した人流データ等を活用して現状分析を行い、状況に応じて効果的・効率的な対策を行うことが重要になる。その対策を一層効果的なものとするためには、雨量や河川、土砂災害に関するリアルタイムのデータや過去の水害を記録したドライブレコーダー映像等の使い方、見せ方などを専門家と地域住民が相互に学習していくプロセスそのものが重要になる。このような地域内の関係主体が対話を深めていく「地域学習のプロセス」が、これからの時代に新たに求められる減災対策の一つと言えるだろう。