コラム

経営戦略とイノベーションテクノロジー経営コンサルティング

日本の競争戦略「インターバース」

リアルへの還流がもたらすバーチャルエコノミーの将来 第1回

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2023.3.31

経営イノベーション本部藤本敦也

森台

経営戦略とイノベーション
本連載は、当社が国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)※1から受託した『第3期「戦略的イノベーション創造プログラム」課題候補に係るフィージビリティスタディ』(第3期SIP※2「バーチャルエコノミー拡大に向けた基盤技術・ルールの整備」)の調査結果を、全3回にわたり紹介するものです。

第1回:日本の競争戦略「インターバース」
第2回:国内外インターバース市場の10年後を推定する
第3回:グローバルな技術動向

100兆円の巨大市場に日本はどう立ち向かうか

「メタバース」やVRなどに代表されるサイバー空間(仮想空間)サービスが注目されています。GAFAMなど世界経済を牽引するメガテック企業も続々参入し、2030年にはグローバルで100兆円をこえる巨大市場になると試算されています※3。サイバー空間を活用した経済圏、いわば「バーチャルエコノミー」の拡大期が到来しているのです。特に、世界的な新型コロナウイルス感染拡大は、サイバー空間の利用者増、そしてサイバー空間サービス市場の拡大を加速させました。

日本においてもバーチャルエコノミー圏の拡大は重要課題です。第6期科学技術・イノベーション基本計画において、「サイバー空間とフィジカル空間を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する人間中心の社会」であるSociety5.0※4を目指しているためです。

こうした背景のもと内閣府は、2023年度開始となる次期SIPの課題候補として、「バーチャルエコノミー拡大に向けた基盤技術・ルールの整備」のフィージビリティスタディ(内閣府から研究推進をNEDOに発注)を実施しました※5。本調査は、国内外の状況を踏まえて日本がバーチャルエコノミー圏を拡大させるにあたり特に戦略的に狙うべき分野とその理由、期待される効果などを明らかにしつつ、SIP第3期として行うべき研究開発テーマを抽出しました※6

日本の強みを活かし、従来型バーチャルエコノミーの「さらに先」へ

本調査では、検討対象とするバーチャルエコノミー市場を、「主にXR機器を利用してサイバー空間へアクセスし、価値が発生する市場」と定義付けています(図表1の「バーチャルエコノミー市場(狭義)」)。また図表1に示すように、バーチャルエコノミーの世界市場には、WEB3.0的な応用(投資、金融などの領域)や、ゲーム・イベントなどの市場が多く含まれています。

こうしたバーチャルエコノミー市場で、日本の強みである下記3点を活かすことを想定すると、どのような戦略があり得るでしょうか。
  1. IT業界のみならず、IoT活用によるサイバー空間とのインタラクションが期待される製造業(遠隔操作ロボットなど)が発展している
  2. センサーデバイスなどフィジカル空間からのインタラクションを担うデバイス産業を有している
  3. 健康・介護など世界に先駆けて直面する社会課題が存在しており、サイバー空間を活用した事例創出(課題解決策)の素地がある

これらの日本の強みを踏まえた本調査では、「センシング等によって身体情報や環境情報(街の情報など)をサイバー空間に持ち込み、さらに触覚提示技術などを通じてフィジカル空間に価値を還流する領域」が諸外国との差別化戦略の一つになる、と結論づけています。同領域は、サイバー空間内にとどまる形での価値生産・消費・所有を目的とした従来の主なバーチャルエコノミー形態を拡大したものと言えるでしょう。この「サイバー空間での価値をフィジカル空間に還流する」バーチャルエコノミー形態およびそれにまつわる技術を「インターバース※7」と呼びます。
図表1 バーチャルエコノミーの市場定義・規模
バーチャルエコノミーの市場定義・規模
出所:内閣府「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP) バーチャルエコノミー拡大に向けた基盤技術・ルールの整備 社会実装に向けた戦略及び研究開発計画(案)」(https://www8.cao.go.jp/cstp/gaiyo/sip/sip_3/keikaku/12_virtualeconomy.html(閲覧日:2023年3月24日))を基に三菱総合研究所作成
なお、*1~3については下記の通り。
*1:Citi GPS「METAVERSE AND MONEY(2022.3)」
https://icg.citi.com/icghome/what-we-think/citigps/insights/metaverse-and-money_20220330(閲覧日:2022年10月28日)
*2:Bloomberg Intelligence「Metaverse may be $800 billion market, next tech platform(2021.2)」
https://www.bloomberg.com/professional/blog/metaverse-may-be-800-billion-market-next-tech-platform/(閲覧日:2022年10月28日)
*3:GRAND NEW RESEARCH「Metaverse Market Size, Share & Trends Analysis Report By Product, By Platform, By Technology (Blockchain, Virtual Reality (VR) &Augmented Reality (AR), Mixed Reality (MR)), By Offering, By Application, By End Use, By Region, And Segment Forecasts, 2022 - 2030(2022.3)」
https://www.grandviewresearch.com/industry-analysis/metaverse-market-report (閲覧日:2022年10月31日)

「サイバー空間での価値をフィジカル空間に還流する」インターバースに勝機

本調査はインターバースの領域を中心に行われました。では、インターバースとは具体的にどのようなものなのでしょうか。例えば、インターバースが身体情報および環境情報にもたらす将来イメージは、次のようなものです(図表2、3)。
図表2 身体情報に関するインターバースの将来イメージ
身体情報に関するインターバースの将来イメージ
出所:内閣府「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP) バーチャルエコノミー拡大に向けた基盤技術・ルールの整備 社会実装に向けた戦略及び研究開発計画(案)」
https://www8.cao.go.jp/cstp/gaiyo/sip/sip_3/keikaku/12_virtualeconomy.html(閲覧日:2023年3月24日)
図表3 環境情報に関するインターバースの将来イメージ
環境情報に関するインターバースの将来イメージ
出所:内閣府「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP) バーチャルエコノミー拡大に向けた基盤技術・ルールの整備 社会実装に向けた戦略及び研究開発計画(案)」
https://www8.cao.go.jp/cstp/gaiyo/sip/sip_3/keikaku/12_virtualeconomy.html(閲覧日:2023年3月24日)
産官学連携によるインターバースの大型プロジェクト事例について国内外を見わたしてみると、製造業IoTを除いて、事例数はそこまで多くはありません(図表4)。

また、サイバー空間上にフィジカル空間の街や建物などを再現するデジタルツインに関するプロジェクトは国内外で行われているものの、実証実験を含む技術開発系プロジェクトに代表される萌芽的なものが多いのが現状です。フィジカル空間への価値還流の文脈において、日本が世界を今後リードしていく機会はまだまだあると考えられます。

それは、インターバースの社会実装においても同様です。特に重要となるのはフィジカル空間とサイバー空間の間をつなぐ情報基盤(ハードウエア・ソフトウエアの両方)ですが、この分野に注力しているプロジェクトは国内外どちらも手薄です。取り組みを通じて国際的に優位なポジションを獲得する余地は十分に残されていると考えられます。
図表4 国内外のバーチャルエコノミーに関する取り組みと次期SIP注力領域
国内外のバーチャルエコノミーに関する取り組みと次期SIP注力領域
出所:内閣府「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP) バーチャルエコノミー拡大に向けた基盤技術・ルールの整備 社会実装に向けた戦略及び研究開発計画(案)」(https://www8.cao.go.jp/cstp/gaiyo/sip/sip_3/keikaku/12_virtualeconomy.html(閲覧日:2023年3月24日))を基に三菱総合研究所作成
以上、連載第1回では、拡大するバーチャルエコノミーにおける日本の競争戦略について紹介しました。次回は、国内外のバーチャルエコノミーの市場規模を推計します。

※1国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO:New Energy and Industrial Technology Development Organization)

※2戦略的イノベーション創造プログラム(SIP:Cross-ministerial Strategic Innovation Promotion Program)

※3Grand View Research,”Metaverse Market Size, Share & Trends Analysis Report By Product, By Platform, By Technology (Blockchain, Virtual Reality (VR) & Augmented Reality (AR), Mixed Reality (MR)), By Application, By End-use, By Region, And Segment Forecasts, 2023 – 2030”, 2022

※4内閣府「Society 5.0」
https://www8.cao.go.jp/cstp/society5_0/(閲覧日:2023年3月13日)

※5:国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構「「第3期「戦略的イノベーション創造プログラム」課題候補に係るフィージビリティスタディ」に係る公募について」
https://www.nedo.go.jp/koubo/NA2_100166.html(閲覧日:2023年3月13日)

※6:内閣府「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)第3期 14課題の「社会実装に向けた戦略及び研究開発計画」案に関する意見募集について」
https://www8.cao.go.jp/cstp/stmain/20230201sip.html(閲覧日:2023年3月13日)

※7:国立研究開発法人産業技術総合研究所 人間拡張研究センター ビデオ
https://unit.aist.go.jp/harc/video.html(最終閲覧日2023年3月13日)